第139話、断り
穏便に済ませたければついて来いと言われ、けれどキャスさんは睨んでいる。
ただ彼女が黙ったという事は、付いて行った方が良いんだろうか。
・・・いいや、駄目だ。それだとキャスさんが嫌な気持ちになる。
彼女はこの人の事を嫌っていた。この人の言う事を聞くのを嫌がっていた。
偉い人が良く使う言い方で、こちらの都合も気持ちも無視する言い方が嫌だと。
なら私の答えは、答えるべき言葉は―――――。
「お断り、します」
「・・・なに?」
「お断り、します、と言いました」
『ああそうだ。この様な男の言い分など聞いてやる必要はない』
断ると訊ね返されたので、聞こえなかったのかと思いもう一度言った。
二度目は最初よりもうちょっとハッキリと。すると男性は眉間に皴を寄せる。
けれどガライドが私を肯定してくれたから、睨まれても余り気にならなかった。
「貴様は何か勘違いをしているな、小娘」
「勘違い、ですか?」
「そうだ。王女殿下に客として呼ばれて勘違いした様だな。平民の小娘ごときが貴族の言葉に逆らうなど、勘違いも甚だしい。私は付いて来いと命じたのだ。逆らうな馬鹿が」
「・・・」
『ふん、見事に高慢で解り易く『貴族的』な言い方だな』
男性の言葉に対し、ガライドは気に食わなさそうに呟く。
私も少し嫌な気持ちだ。最近段々嫌な気持が強くなっている気がする。
前なら全く気にしなかった事も、今言われると胸がもやもやする。
今回もそれだ。付いて行くぐらいなら、別に良いかなと思った。
お前に選択肢は無いと言われても、ならそうなのかと納得するだけだった。
けど何だか嫌だ。この人の言う事を素直に聞くのは、どうにも嫌な気持ちになる。
命令に従わなくて嫌な事をされるかもしれない。けれど従わなくても嫌な気持ちだ。
ならどっちも一緒じゃないだろうか。どちらにせよ嫌なら、聞く必要はないと思う。
何よりここで頷いてしまえば、結局キャスさんを嫌な気分にさせるだけだ。
「・・・お断りします」
そう決めて男性に告げると、今の声は自分が出したのか疑問に思うぐらい低かった。
意識してそんな声を出したつもりが無く、発した自分が驚いている。
「馬鹿な小娘が。おい、こいつらを捕らえて縛れ。骨ぐらいは折っても構わ――――」
男性が一層険しい顔で指示を出そうとして、その言葉は途中で遮られた。
彼の顔に向かって放たれた火球が直撃し、部屋の外へと吹き飛ばされて。
「あっらぁ、直撃しちゃった。防御ぐらいすると思ってたのに」
火球はキャスさんの魔法だ。ただそんなに威力は無かったはず
けれど男性は廊下に転がって倒れ、起き上がってくる気配がない。
騎士さん達はその状況に驚き、そして剣を抜いて私達に向かって構えた。
「抵抗する気か、貴様等・・・!」
「いや、あたりまえでしょ。骨折るとか言って来てるのに無抵抗な訳無いじゃん。後武器抜くのもかかって来るのも良いんだけどさ、グロリアちゃんに勝てると思ってんの?」
「小娘ごときに我らが負けると思っているのか。ふざけるな・・・!」
「あー・・・グロリアちゃんの実力見てない連中かぁ」
キャスさんはボソッと面倒くさそうに呟くと、索敵を使う気配を見せた。
それを攻撃と取ったのか、騎士達が剣を向けて来たので殴り壊す。
「なっ!?」
「・・・キャスさんに、武器を、向けるなら、許しません」
粉々に砕けた剣に驚いた騎士さんは、慌てた様に飛びのいて距離を取った。
とはいえ追撃に行くつもりは無い。だってもう一人武器を構えている。
逃げた人を追撃に行ったら、キャスさんの事を守れない。
するとキャスさんは私の肩をトントンと叩き、とある方向を指さした。
騎士さん達の居る方向じゃなく、そして少し斜め上の方向に。
「グロリアちゃん、あっち。あっちに真っ直ぐ、紅いやつ打てる?」
「あっちに、ですか?」
「うん、あっちなら、誰も居ないから」
『キャスの索敵に間違いはない。思い切りぶちかましてやれ』
「わかり、ました・・・!」
良く解らないけれど、二人の指示に従って力を籠める。
両手足が紅く輝き、力が溢れる。その力を右腕に集めて構えた。
「があっ!」
思い切りぶちかましてやれ、というガライドの指示通り紅を思い切り放つ。
光は壁を打ち抜き、何処までも伸びて行き、城を何処までもぶち抜いて行く。
紅い光が消え去った後は、何処を通ったのか解る様な道が出来ていた。
ただ先の方は建物が崩れてしまっている。
瓦礫が下に落ちてるけど、本当に大丈夫かな。
「―――――ふうっ」
状況を確認してから力を抜き、脱力に合わせて体に力を籠める。
日々の練習の成果もあり、膝を曲げる事無くちゃんと立ったままで居られた。
ただお腹が空いた。きゅーっと鳴いている。やっぱりここの食事じゃ足りなかったか。
「な・・・あ・・・?」
「ば、ばかな・・・なんだ、これは・・・」
二人は驚いた顔で壊れた通路を見て、そして私を見て恐ろしそうに後ろに下がった。
「馬鹿は貴方達ですよ。古代魔道具使い相手に喧嘩を売って、五体満足で生きていられる事の方が奇跡だと思いなさい。全く、気持ちよく寝ていたというのに」
ただその後ろにはリーディッドさんが立っていて、ガンさんも光剣を手に握っていた。
リズさんも険しい顔で騎士達を見ていて、三人とも臨戦態勢に見える。
でも出来ればリズさんは危ないから下がってて欲しい。
「この馬鹿が無理矢理に連れて行こうとした結果、という所ですかね。あー、流石にこんな事が有れば騒ぎになりますよねぇ・・・まあその方が話が早いですかね」
彼女は気絶している男性の頭を軽く蹴ると、段々騒がしくなって来た方に目を向ける。
バタバタと兵士さん達や、騎士さん達が走って来るのが目に入った。
ただ近くに来ると隊長らしき人が兵士達を止め、一人で前に歩いて来る。
「これは一体どういう事か、ご説明願えるか」
「そこの馬鹿達が古代魔道具使いに襲撃をかけました。それだけの事です」
リーディッドさんの言葉を聞いた人は、倒れている男性と騎士達に目を向ける。
そして少し思案する様子を見せた後、眉間に皴を寄せながら二人に訊ねた。
「事実か、お前達」
「ち、違う、こいつらが突然攻撃してきただけだ!」
「そうだ、先に手を出して来たのはこの女共だ!」
『この状況で言い逃れできると思っているのかこいつらは・・・いや、出来るのかもしれんな。駆けつけてきた連中は城の者達だ。我々よりも、身内の言葉を優先しかねんか』
けれど二人は否定をして、けれど言われてみると間違っていない気がした。
だって先に攻撃したのキャスさんだし。言ってる事は合ってる、よね。
言い逃れというか、単純に事実を言ってるだけだと思う。
「と、言っているが?」
「そうですか。ならその馬鹿共の戯言を信じて私達を捕らえるとでも言うつもりですか?」
「二人の言葉が事実であれば、そうせざるを得んだろう」
「こちらの言い分は信じないという事ですか」
「そうは言っていない。事実を確認しているだけだ。問答無用で捕らえる気は無い」
「・・・どうだか。グロリアさんの実力に腰が引けて、問答無用で動けないだけでしょう」
はっと鼻で笑うリーディッドさんに対し、隊長さんは少し目を細めた。
けれどそれ以上の反応は見せず、静かな様子で口を開く。
「魔獣領の貴族嫌いは知っている。だが誰も彼もが君の思う様な者達ではない」
「知ってますよそんな事。だからといって貴方を信用する理由もありません」
「そうまでして何故敵をつくる。何故味方を作ろうとしない」
「無能な味方なんて敵以上に敵です」
「傲岸不遜だとは思わないか、その考え方は」
『まあ確かに・・・多少毛嫌いし過ぎな気もするな。とはいえ相手によると思うが』
隊長さんの言葉にリーディッドさんは目を瞑り、突然クスクスと笑い出した。
その様子に皆不可解な顔をして、けれど次の瞬間彼女の表情が消えた。
「どの口が言う。私の仲間を問答無用で攫おうとした連中がふざけた事を言うな」
冷たい、どこまでも冷たい声音で、隊長さんに告げた。
その様子に彼は驚き、けれど彼女は全く意に介さない。
「この状況で、こんな所にこいつらが居て、なぜ二人が襲ったと思える。私達は王女殿下の客としてこの城に来て、この客室を与えられてここに居る。居ておかしいのは誰だ。私達か。彼女達か。それともお前達か。よく考えてから物を言えよ、騎士様」
「・・・我等も、こやつらも、君にとっては同類か」
「少なくとも、即座にこの二人を咎めて捕らえなかった時点で」
「・・・そうか。お前達、その二人を捕らえろ。そこの転がっているのもだ」
「「な!?」」
隊長さんが待たせていた人達に指示を出すと、二人の騎士さん達は即座に捕らえられた。
二人は構えても居なかったので、碌に抵抗も出来なかった様だ。
武器をはがされ「ふざけるな! 放せ!」と文句を言いながら何処かに連れて行かれる。
転がっていた男性は騎士さんの一人の肩に担がれていった。
「奴らからはきっちりと尋問を行おう。だがそれでも、君達にも付いて来て貰う。古代魔道具使いの娘よ。君がただ暴力を振るう暴君でないと言うのであれば、ご同行頂こう」
ええと、今度は、どうしたら良いのかな、付いて行った方が、良いの、かな?
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