第138話、駄目な夢
声をかけて来た男性が去っていた後、一度部屋に戻る事になった。
と言ってもそれぞれの部屋に戻るんじゃなくて、ガンさんの部屋に集まる形だ。
部屋の間取りは私が使っている部屋とさほど変わらず、広いので全く狭苦しさは無い。
「どうぞ、ガン様」
「あ、ありがとうございます・・・」
そして王女様自ら入れたお茶を、皆の前に置いている。
お湯は使用人さんが持って来てくれたみたいだけど。
いや、侍女さん、だっけ。仕事内容がどう違うのかは良く解らないけど。
気になって少し聞いてみると、リズさんが私にしている内容とほぼ一緒だった。
となるとリズさんは侍女になるのだろうか。でも私が雇ってる訳じゃないから違うか。
あくまで彼女は領主さんの指示で、私の面倒を見てくれてるだけだし。
「グロリア様、皆さんは相変わらず元気に走り回っていますか?」
「うん、王女様は、また何時か、来るのかなって、この前話して、ました」
「そうですか・・・嬉しいですね」
王女様は魔獣領の様子を色々訊ねて来て、子供達の事も気にしていた。
皆の事を話すととても楽し気で、何だか私も少し嬉しい。
ただ話している途中で、王女様はふと寂しそうな顔を見せた。
「・・・魔獣領に居た間、私は王女で在りながら、王女ではありませんでした。それがとても気楽で、楽しかった。だから夢を見てしまったんです。本当ならみてはいけない夢を」
「夢、ですか?」
魔獣領で寝泊まりしている間、何か悪い夢でも見ちゃったんだろうか。
「ええ。最初は頭首様の対応に腹を立てましたし・・・いえ、未だに根に持ってますが、それはそれとして。初手で問題は起こるし、王都じゃ絶対受けない扱いを受けるし、とんでもない所でとんでもない仕事をやるはめになった、と思っていたんですよ。最初はですよ?」
『あの領主、王女には完全に嫌われているな。まあ騙された事があれば致し方ないか』
そこで少し笑みを見せた彼女の言葉に、ガライドが納得した様子を見せた。
領主さんそんなに騙す様な事してたかな。私には余り覚えが無いんだけど。
でも二人が話しているとちょっと怖かったから、私の知らない所で何かあったんだろう。
「でもね、楽しかったんです。途中から、仕事を忘れそうになるぐらい。王女でも何でもない子供として遊べてしまって、楽しくて仕方がなかった。ただの子供になっていたんですよ、私」
「・・・王女様は、子供、です、よね?」
『いやグロリア、今のはそういう事ではないと思うぞ・・・』
まさか実は大人だったんだろうか。
私と同じか、ちょっと上ぐらいと思っていた。
小さい大人の人も居るから、別におかしくはないけれど。
そう思っているとガライドに否定され、王女様にはクスクスと笑われてしまった。
「ふふっ、ええ、年齢は間違い無く子供です。ですがその前に私は王女です。だから王女として在らねばならない。けれど魔獣領に居る間は、そんなもの全て投げ捨てなければいけなかった。目的の為に。国の為に。王家の為に。そして気が付いたら、それを楽しんでいた」
「・・・楽しかったなら、良かった、です、よね?」
『・・・どうなのだろうな』
何か駄目なのだろうか。そう思い首を傾げる。
だって彼女の言葉からは、そうせざるを得なかったという風に聞こえた。
そしてそれが楽しかったなら、苦痛じゃなかったなら、きっと悪い事ではないと思う。
私は苦痛だった。何時も空腹だった。辛かった。
でも生きる為にはその苦痛を耐えるしかなかった。
彼女がそんな思いをするのは、何だか、とても嫌だ。
「はい。良い事です。けど悪い事でもありました。あれを楽しいと思ってしまったら、今後の生活を苦痛に感じてしまうと。だって私を王女として見ない人は、ここに居ませんから」
「・・・王女様は、魔獣領でも、王女様でした、よ?」
「ふふっ、皆そう呼んでいましたからね。けど違うんですよグロリア様。あの子達は王女様とは呼んでいても私を見ている。グロリア様も、リーディッド様も、キャス様もです。王女である私ではなく、私を見てくれていた。それは大きな差なんですよ」
「まー、そーだねー。少なくとも私はそうだったかなー」
『王女ではなく、自分をか・・・それは、良いとも悪いとも判断が難しいな』
キャスさんは頷いて返し、ガライドも理解した様子を見せている。
でも私には良く解らないのが、ちょっと申し訳ない。だってそれは一緒なのでは。
王女様は王女様だし、どう見たとしても彼女だと思うんだけど。
けれど首を傾げる私に対し、彼女は怒りもせずクスクスと笑った。
「良いんですよ、グロリア様は解らなくても。私が楽しかった。楽しく思ってしまったから大変な事もあった。ただそれだけの事です。それに、言ったでしょう、夢を見たと」
「・・・夢、さっき、言ってました、ね」
夢の話が何処かに行ってしまったから、話す気が無いのかと思った。
けれど今の話と夢が、一体どう繋がるんだろうか。
「王女である事を必要としない人の元へ嫁げるかもしれない。有事の際は私は王女の務めを果たせと言われるでしょうけど、そうでない限り私を見てくれる人達と暮らせるかもしれない。そんな夢を見てしまったんです、私は。ガン様を見つけてしまった事で」
「え、俺に話飛ぶんですか!?」
突然話を振られたガンさんは、呑もうとしたお茶を零しそうになりながら驚く。
けれど王女様はクスクスと笑みを漏らしながら、反応を余り気にせず続けた。
「当り前じゃないですか。貴方が居なければ私は夢なんて見ませんでした。王家の望むままに婚約をして、王家の望むままに婚姻をして、王家と伴侶の望むままに生きる。きっとそんな生涯でしょう。夢なんて見る事は出来ない。王族の血を持っただけの人形を受け入れるだけです」
「・・・あの婚約者と、ですかね」
「元婚約者です。もう婚約関係は有りませんよ、ガン様」
「あ、はい・・・」
一瞬冷たい目で答えた王女様に、反論せず頷くガンさん。
思わず私の背も伸びてしまった。ちょっと怖かった。
「彼の価値は・・・まあそこそこ高かったんです。王家としては。だから私は彼に何の感情も無かったけれど、言われるままに婚約を結んでいました。彼の方は違ったようですが・・・それでも婚約者であった間、彼が私の心を揺らした事は一度も有りません」
「・・・褒められたりとか、無かったんですか?」
「ありましたよ。美辞麗句を並べた、貴方こそ王女の肩書に相応しい、って言葉でしたけれど。私は王女になりたい訳ではなく、王女だから王女をやっているだけです。なのに王女である事を褒められた所で、そんな私を欲しいと言われた所で、人形が欲しいんだなと思うだけですよ」
王女様は王女様だけど、王女様だから王女様をやっていて、本当は王女様になりたくはない。
彼女の発言を頭で反芻してみたけれど、ちょっと何言ってるのか解らなくて混乱する。
「どうせ同じ人形になるなら、もっと価値のある形で、そして普段は人形でなくてもいい所で生きて行きたい。そんな馬鹿な夢を見てしまった。貴方に夢を見てしまったんです、ガン様」
「・・・自分の生活の為に婚約を申し込んだ、ってことですよね、それ」
「否定は致しません。打算は有ります。けれど貴方を慕う気持ちも本当ですよ。信じては頂けないでしょうし、今の私では貴方に女として見て貰う事も出来ないでしょうけど。それともこの体でも迫ってしまえば、それなりに反応して頂けますか?」
「勘弁して下さい・・・」
「ふふっ、冗談です。やりませんよ」
『もしそんな事をしたら、流石のガンでも拒否すると思うが・・・するよな?』
ガライドが少し自信なさそうに言うけれど、私は何故拒否するのか良く解らない。
だって王女様はどう見ても女の子なんだから、女性として見えると思うんだけど。
でも前にも言ってたけど、反応って何の事だろう。
ガライドが教えてくれないから私には詳しくは解らない。
前に聞いてみたら『まだ早い』って言われたし。
「なので今は、貴方をお慕いしていると、信じて頂く努力をするだけです」
「正直それが一番意味が解んないんですけどね・・・」
「構いません。けれど私には・・・目に焼き付いていますから。それで十分なんです」
目を閉じて笑顔を見せる王女様に、困惑した表情を向けるガンさん。
ただそれは嫌そうとかじゃなくて、良く解らないという感じだ。
もしかして実はガンさんも私と一緒で、好きが良く解ってないのかな。
「姫様、そろそろ・・・」
「ああ、もうそんな時間でしたか。最後は私ばかり話して申し訳ありませんでしたが、この辺りで失礼させて頂きます。では皆さま、ごゆるりとお過ごし下さい」
王女様は唐突に別れの挨拶をして去って行った。
侍女さんに声を掛けられてだったから、元々去る時間は決まってはいたのかな。
「王女殿下は思っていた以上にガンに本気の様ですね。少し予想外でした」
「え、最初からかなり本気だったよ、あの子。ねえねえガン、あれ聞いてどうすんのさー」
「どうすんのって言われても・・・どうしたら良いんだよ・・・」
「「知るか」」
「ちょっとぐらい助言くれよぉ・・・」
『いや、これは助言を求める方が間違っているだろう』
ガンさんは項垂れてしまい、けれど二人もガライドも呆れた様子だ。
私はなにもいえないので、大人しくお茶を飲むしか出来ない。
その後少し雑談して解散となり、私とキャスさんは部屋へと戻った。
「何だかんだ色々あったから、もう日が落ちて来たねー・・・すぐ暗くなりそー」
「そう、ですね」
キャスさんが窓から夕陽を眺め、私もその隣で眺める。
魔獣領で見る夕日は山に落ちるけど、王都では壁に落ちていく。
近くに山や森が無いから何だか変な感じだ。
なんて思っていると、コンコンとノックの音が響いた。
「はいはいー、どーなたー?」
キャスさんが応えると、返事は無く扉が開く。
そしてその向こうには先程声をかけて来た男性と、数人の兵士さんが立っていた。
いや、騎士さん、かな。確かこの格好の人は騎士さんだったと思う。
「アンタ、なんのつも――――」
「騒ぐな小娘。穏便に済ませたければな」
キャスさんの言葉に被せる様に、男性は苛立たし気な言葉をぶつけた。
『・・・ふむ、リーディッドは気が付いておらんな。どうするか』
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