第134話、自己判断

「・・・私との婚約解消をアレだけ渋っていたのに、心変わりの早い事で」

「その方がお前にとっても良いだろう。何をそんなに不機嫌になっているんだ」

「・・・呆れているだけですよ。アレだけの事をしでかしておきながら、あっさり心変わりする程度の想いで、私の手間を取らせてくれたのかと。愛を囁いていたのかと」

「丸く収まったのだから良いじゃないか」

「・・・そう思う事に致します」

『王女は何と言うか、普段からあの兄に振り回されているのか。そう思うとやはり不憫だな』


 王女様は青年の伝言を聞いて、とても不機嫌そうに溜め息を吐いている。

 でも王子様は丸く収まったって言ってるし・・・違うのかな?

 色々と解らない事が多いから、下手に口を挟まない方が良い気がする。

 ガライドにはちゃんと分っているみたいだけど。


「やはり、アレに処分は下らないのでしょうね、王子殿下」

「リーディッド嬢は過激だな。王族の見ている前故に張り切り過ぎて、少々無茶をしてしまっただけじゃないか。処分なんてそんな事を言い出す様な事は何も無いだろう。皆無事なのだから」

「・・・そう言うと思いましたよ。結局貴方の都合の良い様に事が運んだだけですか」

「何の事やら。私はただ成り行きを眺めていただけだが?」

「はっ、良く言う」

「君のそういう所、私は昔から好きだよ」

「私は貴方の事が嫌いですけどね」


 リーディッドさんと王子様は二人共ニコニコしているけど、笑っている様に見えない。

 なんだか怖いので少し離れて、ガンさんとメルさんの背後に隠れる。

 メルさんはそんな私の頭を優しく撫でて、途中でガンさんへを目を向けた。


「貴殿とは挨拶がまだだったな。俺はメルヴェルス・D・ヴァリエルだ。よろしく頼む」

「あ、は、はい。どうも、ガンです。ええと・・・王子様、なんですよね?」

「王位継承権などほぼ無い第三王子だ。畏まる必要はない。俺よりも第四王子の弟の方がまだ王になる可能性がある。俺も弟も王座には余り興味が無いがな」

「そうは言われても・・・王子様ですし・・・」

「・・・貴殿は剣を振るっている時とは別人だな。あの時の貴殿は恐ろしかった」

「あー・・・まあ、気を抜くと危ないんで、魔道具って」

「そうか・・・そういう事にしておこう」


 ガンさんの応え難そうな様子見てか、メルさんは話を終わらせてまた私の頭を撫でる。

 大きな手が私のの殆どを包んで、けれどその温かさが心地良い。優しい手が落ち着く。

 ぽへーっとしながら身を任せていると、背後からキャスさんが抱き付いて来た。


「ガンはもうちょっと会話を膨らませるべきだよねー」

「無茶言うなよ・・・むしろ何でお前は普通に話せるんだよ・・・」

「だって王女様は信用出来ると思うし、腹黒王子は多分グロリアちゃんの敵に回る気は無いだろうし、メルちゃんはグロリアちゃんに夢中だし、変に気を遣うだけ無駄じゃない?」

「メルちゃ・・・お前、流石にそれは、駄目だろ」

「え、可愛くない? ね、可愛いよね、グロリアちゃん」

「メルちゃん、ですか」


 頭の上に相変わらず手をのせているメルさんの顔を見ようと、顔をほぼ真上に向けた。

 少し笑っている様な気もする静かな表情で、私の事をじっと見下ろしている彼。

 メルさん。メルちゃん。どっちが良いとかあるのかな。


「メルさんは、どっちが良い、ですか?」

「グロリア嬢が望むのであれば、俺はどちらでも構わん」

『自分の意志が無いのか貴様は』


 メルさんはフッと笑って答えるも、ガライドが気に食わなかったらしい。

 でも私も良く同じ様な事を言うけど、普段もそんな風に思われていたんだろうか。


「・・・ガライドは、私の返事も、嫌、ですか?」

『む!? と、突然どうしたグロリア!? 私はグロリアの事を否定したつもりは無いぞ!?』

「でも、私も、メルさんと同じ、様な事、良く、言います・・・」

『ぐっ・・・そ、そうだな、私が狭量だった。少々不機嫌が故に言葉も悪かった・・・うん、何も問題は無い。ああ、そうだ。グロリアは何も悪くない。その男もだ。ああ、そうだとも』

「そう、ですか・・・?」


 ガライドは何も悪くない、という割に、何時もよりちょっと言葉に詰まっている。

 やっぱりあまり良く思ってなかったのかな。でも私には判断できない事も多いしな。

 どう判断するべきか悩んでいると、メルさんがトントンと私の肩を指で叩いた。


「グロリア嬢、その魔道具は何と?」

「え、そ、その、自分で、呼ばれ方を、決めろって、言ってました・・・」

「自分でか・・・なればこそ、俺はグロリア嬢の呼びたい名で構わん。それが俺の判断だ」


 私の呼びたい様に。それがメルさんの判断。そうか、そういう考えも有るのか。

 なら私も彼と同じだ。私に拘りが無い事は、私以外の人の判断で良い。

 それが私の判断と思って良いんだよね。それならガライドも嫌じゃない、かな?


「ガライド、今ので、良い、ですか?」

『・・・そうだな。構わん。グロリアが心安らかに居られるなら、私もそれが一番だ』


 良かった。ちょっと返事が遅かったけど、何時もの穏やかなガライドだ。

 思わず笑顔になって顔を上げ、メルさんにガライドの言葉を伝える。


「良い、みたい、です」

「そうか。認めて頂けたなら何よりだ。お互いな」

「はい。良かった、です」

『認め・・・ぐうっ・・・!』


 でもやっぱり何だか気に食わなさそうだ。うーん、メルさんとは違う事でなのかな。

 さっきも不機嫌だったからって言ってたし、別の事で怒っていたのかも。

 聞いたら答えてくれるかな。でもガライドが言わない以上、言う気が無い気もする。


「殿下」

「ん、ああ、準備が出来たのか。すぐに行くと伝えてくれ」

「はっ」


 腕の中のガライドの機嫌を心配していると、そんな会話が聞こえて顔を上げた。

 どうやら使用人さんが王子様に声をかけ、指示を受けてまたどこかへと去って行く。

 通路の向こうへ消えていくのを見つめていると、王子様がパンと手を叩いた。


「さて、グロリア嬢には怪我も無い様子だし、このまま謁見の間へ向かおうか。国王陛下がお待ちかねだ。今度は公式の場だから、流石にちゃんとしてくれると助かる」

「はーい!」

「キャス嬢、ほんとに解ってる?」

「大丈夫! まっかせて!」

「わー、頼りにならない。すっごく不安。今初めて妹の気持ちが解ったかも」


 ・・・国王陛下? 国王様、だよね。あれ、でも、さっき一回会った、よね?

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