第133話、紅い女神

 あの後王女様にも心配され、直ぐに近くの医務室に向かう事になった。

 炎の中に突っ込んでいったのだから、どこかに火傷でもないか調べようと。

 怪我は多分無いと思うんだけど、それでも念の為と言われてしまった。


『髪以外は無事だが、それでも診て貰うと良い。それが皆の安心に繋がる』

「そう、ですか・・・」


 なら皆を安心させる為にもと、素直に王女様が紹介したお医者さんに見て貰った。

 女性の医師だから安心して欲しい、と言われたのは良く解らなかったけど。

 そうして全身を確かめられて、一切の怪我無しと判断を貰った。

 女性陣は付き添いで傍にいてくれたので、皆ホッと息を吐いている。


 ついでに髪はその場でリズさんが整えた。ハサミをどこに持ってたんだろう。

 前にちょっと髪を整えて貰った時にも思ったけど、整えて貰うのって気持ち良い。

 シャキンシャキンと音が鳴るのが音楽みたいで、髪を触られているのも落ち着く。


「はい、グロリアお嬢様、綺麗になりましたよ」

「ありがとう、ござい、ます」


 ただあっという間に終わってしまうから、ちょっとだけ残念な気持ちになってしまうけど。

 お礼を言って何となく髪を持ち、毛先が綺麗になっているのを見つめる。

 焼けたのは先の方だけだったから、あんまり長さは変わってないみたい。


 もうちょっと短くても良いんだけど、リズさんが短いの嫌がるからなぁ。

 ガライドも長い方が良いっていうし、でもまた今回みたいな事が起きる気がする。

 体には紅い力を纏うのは簡単なんだけど、髪は覆い切れないみたいだし。


「ドレスの替えも持って来て頂きましたので、お着替えいたしましょうか」

「・・・はい」


 そしてずっと着ていたメルさんの上着を脱ぎ、またひらひらドレスに袖を通した。

 因みに燃やしてしまったドレスに関しては、今回は致し方ない事だと言われている。

 人命の為に動いたのだから叱る気は無いけど、だからといって余り無茶はしない様にと。


 叱られなくてホッとした。でも次も許して貰えるかは解らないから気を付けよう。

 ぐっと小さく手を握って気合を入れて、新しい靴を履いて医務室を出た。

 通路では男性陣が待っていて、今回はメルさんもまだ待っていた。


「大丈夫だったか、グロリア嬢」

「はい、怪我は、無いです」

「そうか、良かった」

「はい」


 ふっと優しく笑って頭を撫でるメルさんに、私も笑顔で返して頷く。

 ガンさんも彼の後ろでホッと息を吐いていたので、彼も心配してくれていたんだろう。

 王子様だけは相変らずの笑顔で、ただ王女様がその様子にイラっとしていた。


「貴方の思い付きでこんな事になったんですよ、お兄様。謝罪ぐらいしても良いのでは?」

「そうだな、流石に見通しが甘かった事は認める。彼女が炎の中に突っ込んでいって、更にその中に包まれた時は少しヒヤッとしたしな。すまなかった、グロリア嬢」

「いえ、気にしないで、下さい」


 別に王子様が謝る事は無い。あれは青年がやり過ぎて、私が勝手に突っ込んで行っただけだ。

 誰が悪いのか無理にでもきめるのなら、多分青年と私が悪いだけなんだと思う。


「この通り、怪我、ないです。大丈夫、です」


 それに多分、皆私の怪我が心配で、こんな風に言っているんだと思う。

 だから無事だと見せる様に、兵士さん達が力こぶを見せる様な動きをして見せた。

 背筋を伸ばして胸を張り、両腕を肩まで上げて『むんっ』と力を入れる。

 すると王子様はキョトンとした顔の後、噴き出して大笑いをし始めた。


 ・・・何か変だったかな。あ、私の両腕ガライドだから、力こぶが無いからかも。

 でも押すと意外とプニプニしてるんだけどな。固いけど柔らかい。


「お兄様、笑い過ぎです。失礼ですよ」

「くくっ、これはすまない。余りにも可愛らしくてな。そうか、そうだな。怪我が無くて本当に何よりだ。君は強くて、優しくて、素直で・・・ああ、罪悪感を思わず抱いてしまうな」

「ならば今後はお控えください」

「気を付けるよ。少なくとも、兄さんを敵に回したくはないしね」


 王子様はチラッとメルさんを見て、けれどメルさんは特に何も答えなかった。


「でも私、怪我しても、多分、治せます」

「いけませんグロリア様。その考えは宜しくない。確かに貴女の魔道具の力は凄まじい。怪我も見る見るうちに治るのでしょう。けれど傷跡は残るかもしれない。後遺症が出るかもしれない。何よりも傷つく事を前提とした戦いは、取り返しのつかない致命傷を受けるかもしれません」

『・・・ふむ。そうだな。王女の言う通りだな』


 治せるから多分大丈夫。安心させたくての言葉は、王女様に咎められてしまった。

 ガライドもその言葉に同意してしまい、思わずしょぼんと顔を伏せる。


「すみ、ません・・・」

「あ、い、いえ、その、出過ぎた事を口にしました。申し訳ありません、グロリア様」

「いえ、その通り、だと、思います・・・」

「・・・そうですか。解りました。貴女が無事で在れるなら、それが何よりですから」


 王女様は言い過ぎたと思ったのか、少し気まずそうになっている。

 けれど私はきっと、自分の身をもっと大事にしないといけないんだろう。

 皆こんなに心配してくれるのだから。もう少し、もう少しだけ、今後は気を付けよう。


 それでも踏み込まないといけないと思ったら、きっと私は踏み込むとは思うけれど・・・。


「所で、彼も先程目を覚ましているんだ。ただ魔力が足りず動けないので、伝言を預かって来た。本人は自分の口で言いたそうだったけど、また意識を失ってしまったのでね」

「要りません」

「残念だが妹よ、お前にではないんだ」

「・・ガン様にですか?」

「それも不正解。グロリア嬢にさ」

「グロリア様に?」


 王女様が不可解と言いたげな声音で聞き返し、王子様は何処か愉快気に応えている。

 私は自分が呼ばれた事で少し顔を上げ、恐る恐るな気分でその言葉を待った。

 そうして王子様は私に視線を向けると、少しお芝居がかかった口調で喋り始めた。


『美しい少女が私に救いの手を差し伸べてくれた事を覚えている。死を予感した。目の前が真っ暗だった。そんな体に暖かい力が流れ込み、意識を失う寸前に紅い女神を見た。きっと古代魔道具使いの少女が助けてくれたのだろう。だがあの瞬間は、私の目からは、貴女は救いの女神に様に見えた。私を救ってくれた事に心からの感謝を告げたい。私の女神様へ』


 まるでそれを言った本人かの様に、キラキラした笑顔で王子様は語った。

 聞いている周りの反応は大体「うわぁ」って感じで、私は少し首を傾げている。

 感謝の言葉なのは解るんだけど、女神様ではないんだけどな・・・。


『これはもしや、余計面倒臭い事になったのでは・・・グロリアは変な男にも好かれるのか?』

「・・・グロリア嬢は譲らん」

『貴様の物でもないわ! 何を彼氏面しているんだこの筋肉は!!』

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