第126話、一旦戻る

 お兄さんは私から手を放すと、すっと立ちあがって騎士さんの一人へと目を向ける。


「団長。彼女の靴を壊してしまったので、お送りしたいのですが」


 お兄さんの言葉で足元を見ると、蹴りを放った側の靴が無くなっていた。

 上側は残っているけど、下半分は綺麗に無くなっている。

 ついでに言えば靴下も破けていた。やってしまった。やる前に脱ぐんだった。


「解った。許可する」

「ありがとうございます。グロリア嬢、失礼する」

「ふぇ?」


 団長と呼ばれた人が許可を出すと、お兄さんはすっと私に手を伸ばして来た。

 その動きがとても優しかったので動きはせず、そのままひょいと抱えられてしまった。

 腕に座って、お兄さんの胸を背もたれにする形だ。視界が凄く高い。


「部屋までお送りする。他に行きたい所が在るのであれば、最後までお付き合いしよう」

「おー、お兄さんかっこいー」

「私は女性を抱えるならもうちょっとあると思うけどなぁ・・・」

『・・・扱いは普通の子供扱いだな。婚約を望んだくせにコイツの頭はどうなっている』


 お兄さんの行動にキャスさんは褒めているけど、二人の反応は鈍い。

 私は彼の腕疲れないか少し心配だ。この両手足以外と重いみたいだし。

 付けてる私は重みを感じないから、重さが解らないんだよね。


「んじゃ、どうしよっかな・・・んー、ってもその足で歩き回るのも良くないかなぁ。一回お部屋にもどろっか、グロリアちゃん」

「そうだね。ご令嬢を靴が無いまま連れ回すのも良くは無いだろうしね」

「解った。ではお送りしよう」


 お城では靴が無いままは良くないらしい。次は壊さないように気を付けないと。

 お兄さんはキャスさんに部屋が何処かを聞き、直ぐに場所を理解して歩を進める。

 ただその一歩が体の大きさの割に小さく、キャスさんがのんびり歩けていた。


 それに私は彼の腕に乗っているはずなのに、殆ど揺れを感じない。

 視線の上下がほぼ無いから、多分本当に揺れていないんだろう。


「ふむー。お兄さん、やるねぇ。思ったよりいい男だね?」

「そうか。お褒めの言葉ありがたく頂こう」

「そのそっけない所さえなければ完璧だと思うんだけどなー」

「そうか、善処する」

「する気なさそー、あははっ」


 キャスさんはどうやらお兄さんの事が気に入ったらしく、ご機嫌に話しかけていた。

 ただお兄さんは殆どを短く返していて、けれど別に機嫌が悪い様には見えない。

 むしろちょっと楽しそうに見えるのは、私の気のせいなんだろうか。


「キャス嬢、忘れているかもしれないが、一応兄さんも王子だよ?」

「へ? うん、忘れてないけど?」

「君は図太いのか緩いのかどっちなんだろうな」

「どっちかって言うと緩い方じゃないかなー。楽しい事が好きだし、面倒な事嫌いだしー?」

「面倒が嫌いとはどの口が言う。面倒に自ら首を突っ込んでいたじゃないか」

「まあそれはそれ? 人間言う事とやる事が違う時も有るさー!」

「くくっ、そうだな。確かに人間はそんな生き物だ。間違い無い。あははっ」


 ただ王子様も楽しそうだから、単純にキャスさんの会話が上手なのかもしれない。

 思い返してみると、彼女と話している人は大体笑顔だった。

 ガンさんだけが例外で、偶に嫌そうな顔していたけど。

 そんな事を思い出していると、お兄さんが何かを思い出した様な顔を見せた。


「そういえば、名乗り忘れていたな」

「ああ、そういえば私も名乗ってはいなかったっけ。では改めて」


 王子様は私達の前にトトッと軽やかに出ると、くるっと振り向いてから綺麗な礼をする。

 そして顔をあげるとニコリと微笑み、キャスさんの手を取って甲に唇を付けた。


「私の名はレヴァレス・D・ヴァリエル。この国の第四王子だ。お見知りおきを、お嬢様」

「俺はメルヴェルス・D・ヴァリエルだ。今後も宜しく頼む」

「えっと・・・レヴァレス王子と、メルヴェルス王子・・・合ってる? 間違えてない?」

「あはは。何ならレヴァで良いよ。兄さんの事はメルで」

「えー、流石にそれは不味くない? お兄さんも嫌でしょ?」

「良いんじゃないかな。昔は私もメル兄さんって呼んでたし」


 ね、と王子様が声をかけると、お兄さんはコクリと頷いて返した。


「構わん」

「だってさ」

「そーう? なら良いけど。じゃレヴァとメル、今後もよろしくー」

「あっはっは! 本当に緩いな! いやはやもう何だか君の事が好きになって来たよ!」

「あ、それはご勘弁を。ごめんなさい」

「真面目に返されると結構心に来るものがあるな・・・そういう意味じゃないんだが」

「うん、解ってて言った」

「本当に良い性格してるよ君は」


 ははっと笑う王子様と、ニマっと笑うキャスさん。とても仲が良さそうだ。

 そこでふとお兄さんの様子を見ようと顔を向けると、彼は私の事をじっと見ていた。


「・・・えと、どうか、しました、か?」

「君も、俺の事はメルで構わん」

「あ、えと・・・メル、さん?」

「ああ、それで良い」


 お兄さんの言葉通りメルさんと呼ぶと、彼は嬉しそうに優しく笑った。

 その笑顔を見ていると何だか胸の奥がむず痒い。少し不思議な気分だ。

 私の言葉でこんなに嬉しそうにされると、何だかもっと言いたくなってしまう。


「・・・メルさん」

「何だ?」

「メルさん」

「ああ」

「メルさん」

「ん」


 呼ぶたびに嬉しそうな顔をするお兄さんに、何だか何度も名前を呼んでしまう。

 その笑顔につられてしまったのか、自分も笑っているのが解った。


「グロリアちゃんってば、微笑ましいねぇ」

「どう見ても恋人同士って感じじゃないけどね。優しい人に懐いた子供だ」

『恋人同士であって堪るか。そもそも婚約は許可していない』


 優し人に懐いた子供。多分それが今の私の正しい認識なんだろう。

 そう考えるとちょっと迷惑をかけている気がして、名前を呼ぶのを止める。

 それでもお兄さんは優しく笑っていて、特に何を言うでもなく歩を進めた。


「ま、良かったじゃないか兄さん。取り敢えず嫌われてはいない様で」

「そうだな」

「まーお兄さんはレヴァと違って腹黒そうじゃないしねー」

「腹黒いとは心外だな。思慮深いと言って欲しい」


 キャスさんはリーディッドさんの事も『腹黒い』と言うから、彼女も思慮深いという事かな。

 確かにリーディッドさんは何時も色々考えているし、思慮深いって表現が合う気がする。

 何て考えながら皆の会話を聞いている内に、見覚えのある通路に差し掛かった。


「あ゛」

「え?」

『あー・・・』


 そこで先頭を歩いていたキャスさんが固まり、首を傾げつつも視線の先を見る。

 するとそこには腕を組んで壁に寄りかかり、こちらを見ているリーディッドさんが居た。


「お帰りなさい。キャス、グロリアさん」


 笑っているのに、目が笑っていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る