第127話、心配

「おや、グロリアさん、その足は一体どうしたんですか?」


 何時もよりゆったりとした口調で、とても優しい声音でリーディッドさんは問いかけて来た。

 けれど何故だろう。とても怖い。びっくりするぐらい怖くて声が出ない。

 返事をしなければいけないと思っているのに、頭が真っ白で言葉が出て来ない。


「聞かせて頂けませんか。窓から飛び降りて、態々騎士の詰め所に向かった後の事を」

『まあ見られていたのだから、何処に向かったかはバレているか』


 そうだった。あの時リーディッドさんは見ていた。蹴れどそのまま向かったんだ。

 でもガライドは大丈夫だって言ってたのに、物凄く怒ってる。笑顔だけど絶対怒ってる。


「ご、ごめん、なさい・・・」


 兎に角謝らなければと思い口にすると、彼女は俯いて大きくため息を吐いた。

 顔を上げると笑顔が消えていて、けれど怒りが下がった様に見える。

 そして困った様な目で私を見た後、ジロリとキャスさんを睨んだ。


「すみませんグロリアさん。私が怒っているのはそこの頭の軽い女に対してであって、グロリアさんに対してではありませんから」

「頭が軽いはひどくなーい?」

「では何故グロリアさんが謝って、貴女が平気な顔をしているんですか」

「だって私悪い事してないもーん」

「ほう・・・ねえキャス、それは本気で言っていますか?」

「本気で言ってるけど?」


 怒りが消えたと思ったら、またリーディッドさんが怖い笑顔になってしまった。

 ただその笑顔を向けられているキャスさんも、何故か少し怒っている様に見える。

 普段の陽気な表情は消え、何処かつまらない物を見る様な表情だ。

 何時もと違う様子の二人に、私はただオロオロするしか出来ない。


「私今回仕事でここに来てる訳じゃないから、リーディッドの言う事聞く理由は無いんだよね。じゃあ怒られる謂れも謝る理由も無いよ。私は自分の考えで自分の身を晒しに行ったんだから」

「・・・貴女が命を張る必要は無いでしょう」

「そんなの私が決める事で、他人が決める事じゃないでしょ。それにもう遅いでしょそんなの。私が城に来た時点で手遅れじゃん。私はもう当事者で、その自覚も有るんですけどー」

「・・・そうですか」

『やり方が正しいとは思えんが、類は友を呼ぶと言わんばかりの捻くれた気遣いだな』


 リーディッドさんは大きな大きなため息を吐くと、怒りを完全に消した様に見えた。

 けれどキャスさんはまだ怒っている様で、ふんっと鼻を鳴らしている。

 ガライドは気遣いだと言っているけれど、二人の様子はとても心配になる。

 ただそんなキャスさんから視線を切って、リーディッドさんは王子様に目を向けた。


「それで、殿下方はキャスが起こした面倒の仲裁をした、といった所ですか?」

「半分正解、半分不正解かな」

「・・・そちらの王子殿下とは手合わせをした結果、靴が壊れて送って頂いたという事ですか」

「正解。凄いな、見てないのに」

「お二人を知っていれば大体想像は付きます」

「ははっ、貴女ならばそうなのだろうね。お姫様」

「お姫様は止めて下さいと言ったはずなんですけどね・・・」


 どうやらキャスさんは、私達が何をして来たのか大体解っているらしい。

 実際彼女が口にした通り、私の片足は手合わせでこうなった。

 お兄さんに運んで貰っているのも靴が壊れたからだし。

 流石だなぁと感心していると、キャスさんが横から口を出した。


「・・・リーディッドー。まだ謝罪を聞いてないんですけどー」

「なぜ私が謝る必要が?」

「さっきのどう考えても八つ当たりじゃーん。心配だから怒ってた、なんて聞かないからねー。そんな事言い出すなら、私はもっとリーディッドに怒って良いはずなんだから」

「・・・すみませんでした。これで良いですか」

「心が籠ってませんねー、リーディッドさーん?」

「はいはいすみませんでしたー」

「更に棒読みになってんじゃん!」


 ギャーギャーとキャスさんは怒りだしたけど、もう全然怒っている様に見えなかった。

 そしてリーディッドさんも適当な様で、本当に申し訳なさそうにも見える。

 さっきから二人共、言動と態度が合っていない気がする。


『全く、仲の良い事だ。お互いがお互いを案じているだけなのだからな』


 さっきの怒りはキャスさんの言う通り、本当に心配してだったのかな。

 キャスさんもリーディッドさんを想って、何かしらの行動をしていたと。

 私に二人の真意は解らないけど、それでも二人が仲違いしていないなら良かった。

 ホッと息を吐いていると、リーディッドさんがお兄さんに顔を向けた。


「グロリアさんを送って頂いて感謝いたします、殿下」

「礼は必要無い。俺のせいなのだから」

「そうですか、解りました。グロリアさん、部屋でリズが待っています。替えの靴と靴下は有りますから、交換して貰うと良いでしょう。ああ、壊した事を気に病む必要はありませんからね」

「は、はい、わかり、ました」


 リーディッドさんの言葉に頷き返すと、お兄さんが部屋へと歩を進める。

 降ろすつもりは無いみたいだ。部屋に入るとリズさんが居て、綺麗な礼をして来た。

 多分私にじゃなくて、お兄さんにだと思う。お兄さんも王子様だし。


 お兄さんは私をそっとベッドに降ろし、頭を撫でると部屋を出て行った。

 そこでリズさんは私に向き直り「心配しましたよ」と告げてから足に目を向ける。


「ごめん、なさい・・・」

「いえ、謝る必要は無いのですよ、グロリア様。貴女が強い事は重々存じています。これはただの勝手な心配です。貴女が悪い訳ではありません。むしろ謝らせて申し訳ありません」

「・・・でも、心配は、かけちゃ、だめ、ですよね?」

「いいえ。心配ぐらいさせて下さい。私にはそれぐらいしか出来ないのですから。グロリア様にはご迷惑かもしれませんが、私は貴女の身を案じる事を止めたくないのです」

「・・・わかり、ました」


 正直に言うと、心配はかけたくない。けど彼女はどうあっても心配がしたいと言う。

 この問答は前にもした事が有るし、心配しないでと言っても無理なんだろう。

 申し訳ない気持ちなのだけど、それが嬉しいと思う自分が居るのも困る。


「では壊れた靴と靴下は脱いでしまいましょう」

「はい」


 言われた通り靴を脱ごうとして、けれどそれは出来なかった。

 リズさんが靴も靴下も脱がし、そして履かせて来たので私は何もしてない。


「同じ作りの靴ではありますが、立ってみて左右の違和感などは有りませんか?」

「・・・はい、大丈夫、です」


 ベッドから降りて軽く歩いてみたけれど、特に問題は無い。

 むしろ私は皆が履いている、踵の高い靴の方が大変そうだと思う。

 一度履いてはみたけれど、その時の私は踵を降ろすのを諦めた。


「えと・・・外に出たいん、ですけど、良い、ですか?」

「はい。私もご同行して宜しければ」

「大丈夫、です。じゃあ、行きます、ね?」

「はい。参りましょう」


 リズさんの許可を取って、彼女と一緒の部屋を出る。

 すると部屋の外ではキャスさんがリーディッドさんに何時も通りの様子で絡んでいた。

 もう完全にさっきの怒っている様子は無い。まだ少し心配だったから良かった。


 ただお兄さんの姿は無く、もう何処かに行ってしまったようだ。

 少し残念だなと思いながら、ただ王子様はまだ残っている。

 そして彼の横に、何か小声で語り掛けている男性が居た。


『・・・王女の元婚約者殿が到着したらしいな。さて、ガンはどうするのやら』

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