第125話、申し出の理由

 お兄さんの婚約発言に首を傾げていると、どうも周囲の人達も困惑しているのが解った。

 そして王子様も同じく困惑している様で、怪訝そうな顔をしながらお兄さんに近付く。


「兄さん、今の冗談じゃないんだよね?」

「冗談でこんな事は言わん」

「・・・兄さん、こういう子がタイプだったの?」

「彼女は俺の理想だ」

「そっかぁ・・・」

『殴れグロリア! こいつは殴らなければいけない! 子供を相手に何をぬかしている!』


 そ、そんな事言われても、別にお兄さん嫌な事して来た訳じゃないし・・・。

 大体私には、ガライドが何で怒ってるのかも良く解らない。

 だって王女様がガンさんに申し込んだ時は、そんな風に怒ってなかったし。


 この場に居る全員が困惑している。騎士さん達も今のお兄さんの発言が信じられない様だ。


「嘘だろ」「そういう趣味だったのか」「だから婚約者が今まで」「でもあの子は将来美人になると思う」「いや将来はそうかもしれないが今のあの子が理想って言ったんだぞ」


 という感じで、お兄さんの発言に否定的な人が殆どだ。

 私自身は自分の美醜は良く解らない。自覚的な物は余り無い。

 でも褒められた事は解るので、お兄さんもそう思っているのだろうか。


「兄さんがグロリア嬢を見初めた事に関しては、私としては別に良いんだけどさ。もし彼女が受けた場合、絶対に手放しちゃいけない事は理解しているのかい」

「無論だ」

「でも今の彼女が兄さんの理想なんだよね?」

「ああ。彼女は俺の理想だ。そして今後も理想であり続けるだろう。彼女は闘士なのだから」

「・・・ん?」

『待て、何を言っているんだコイツは』


 そこで周囲の人達が、何か様子がおかしい、という表情でお兄さんを見た。

 私は終始良く解らないので、さっきからずっと首を傾げている。

 ただキャスさんだけは「あー、そういう事」と納得したように呟いていた。


「彼女の四肢が魔道具であろうと、彼女の身体能力がその魔道具の力であろうと、そんなものは関係が無い。彼女の技量は本物だ。俺の攻撃を容易くいなし、それ所か加減をして気遣う技量の高さ。アレは身体能力だけでは成し得ない。まさに理想の体現者だ」

「・・・兄さん、まさか理想って・・・理想の闘士って事、じゃないよね?」

「そうだが?」

「そうだが? じゃないよ・・・」

『さっきまでの怒りが疲れに変わったんだが・・・』


 ええと・・・私がお兄さんより強くて、その強さがお兄さんにとって理想って事かな。

 多分そういう事だよね。今話を聞く限りは。間違ってないよね?


「伴侶に迎えるならば君のような強い女性が良い。常々そう思っていた。俺を完膚なきまでに負かした君はその理想だ。どうかこの婚約を受けて頂けないだろうか」

『それで受ける女が居るか阿呆が。脳みそを洗って出直してこい。いっそ私が洗ってやる』


 ガライド、そんな事したら多分死んじゃうと思う。絶対やっちゃ駄目だよ。


「まーまーまー。お兄さんちょっと落ち着いて。グロリアちゃん困ってるから。ね?」

「そうだな、そのようだ。すまない。困らせるつもりは無かった」


 そこでキャスさんが割って入り、私を抱きしめながらお兄さんに声をかけた。

 お兄さんは素直にその言葉を受け取り、謝りながら私の手を放す。

 けれど膝は付いたままで、私を見つめて彼は続けた。


「ただ想いは伝えておかねば、伝える事が出来なくなる日が唐突に来る。平穏に毎日を享受する者ですら事故で唐突に死ぬ。戦いの場に身を置く人間はそれよりも死ぬ可能性が高い。伝えるべき事は、伝えられるときに伝えておくべきだ。我が儘かもしれないがな」

「伝えられる事は、伝えられる時に・・・いいえ、我が儘じゃ、ないと、思います」


 きっとそれは大事な事だと思う。だって言葉は生きてないと伝えられないのだから。

 相手も、自分も、どっちも生きているから、想いは伝えられる。

 お兄さんの考え方は、何にも悪くはないと思った。むしろ好きだと思う。


「私も、そう、します。気を、付けます」

「そうか。それは良かった」


 お兄さんはまた優しく笑い、多分この人はとても優しい人なんじゃないかなと思う。

 婚約はちょっと解らないけど、この人は闘士の私を求めていたのは解った。

 なら結婚や、そう思える程の好きな人、という事が解らない私でも応えられる事が有る。


「私、婚約が、良く、解らないん、です。好きな人は、いっぱい、いるけど、特別な人も、居るけど、結婚とか、好きな男性とか、解らないん、です」

「そうか。そうなのだろうな」

「はい。でも、貴方と手合わせなら、出来ます。強い人が、良いんです、よね?」

「・・・そうか。ありがとう。ああ、今はそれで十分だ」


 お兄さんは私の答えに嫌な顔はせず、それ所かとても優しい笑みで頭を撫でてくれた。

 大きな手は私の頭を簡単に包めてしまいそうで、けれど壊れ物を扱う様に優しい。

 その手の優しさを感じながら、この人の事も好きだなと、少し嬉しい気持ちになっていた。


『・・・こいつはグロリアが好むタイプの人間だな。それは解るんだが・・・気に食わん』


 ただどうにも、ガライドは彼の事が嫌いみたいだけど。何でかな。

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