第121話、些細な用事

「ねえ王子様、何処まで行くの?」


 暫く王子様に連れられて、テクテクと廊下を歩いていた。

 けれど途中で気になったらしく、キャスさんが疑問を投げかける。

 すると王子様はニコッと笑って立ち止まった。


「いや、何処まで、と明確な目的地があった訳ではない。取り敢えずあの場から離す為に、適当に連れて来ただけだからな。ああでも私自身は用が有るが・・・付いて来るかい?」

「付いてって大丈夫なの?」

「構わんよ。対した用ではないし、離れてまたどこかで暴れられるよりは良い」

「なら付いていこっかなー。グロリアちゃんもそれで良ーい?」

「はい、構いま、せん」


 コクリとキャスさんに頷くと、王子様は「そうか」と言って歩を進めた。

 キャスさんは私の手を握ると、鼻歌を歌いながら彼の後ろをついて行く。

 当然私は引かれるままにテクテク歩き続け、ガライドは私の腕の中だ。


 騎士さんとの試合中もキャスさんの腕の中だったし、飛ぶ気は無いみたい。

 あんまり目立たない為にと言っているけれど、どうしても多少は目立つ気もする。

 だってお城の中を歩いても、街中に居ても、こんな球体は無かったもん。


 本当に「玩具か何か」に見えているのかな。ちょっと首を傾げてしまう。


「そういえば、その球体は空に浮かぶと聞いているのだが、本当か?」

「えと・・・ガライドの事、ですか?」

「ガライド?」

「はい、ガライド、です」


 王子様はずっと腕の中に居るガライドが気になったのか訊ねて来た。

 ただ名前に疑問を持ったらしく、これがガライドだと両手で前に突き出す。

 突き出された球体を見ている王子様は、少し目を見開いてガライドを見つめる。


「魔道具に名前を付けているのかい? それともその魔道具の『ガライド』には何か意味でも在るのかな。名前が魔道具の性能を表しているとか?」

「ガライドは、ガライドが名乗った名前、です」

「ふむ、ガライドか・・・まるで人名の様だな。古代魔道具が名乗る時は『型番』と『機能』を名乗るはずなのだが、私達が知らない古代の言葉の可能性も有るか?」


 王子様は少し思案する様に呟きながら、ガライドの事を観察している。

 ただ私は『型番』という言葉に聞き覚えがあった。

 確かガライドと初めて会った時に、そんな事を言っていた気がする。


『確かに普通であれば答えるのは型番だろう。そういう風に作られるからな。だが私には私という高性能な会話機能の付いた学習型AIが搭載されている。型式通りの受け答えはしない。まあ私の元になったAIが存在するので、どこかに私の様な道具が存在する可能性も無くは無いが』

「そうなん、ですか?」

『そうだな。だが型番などどうでも良い。私は私しかシリーズが存在しない特別性だからな。型番を名乗る意味も無ければ、機能は多岐にわたる故に名称が雑だ。故に私は『ガライド』だ』

「そう、ですか」


 ガライドには型番があるらしく、名乗る機能も存在するらしい。

 けれどガライド自信が名乗りたくないなら、私はそれで構わない。

 そう思い頷き返すと、王子様が首を傾げて私を見ていた。


「えと・・・どう、しました、か?」

「ああいや、本当に古代魔道具と会話しているのかと観察していた。だが正直な所、見ているだけでは全く解らんな。子供が人形と一人遊びしている風に見える」

「ガライドは、会話出来ます、よ?」

「そう、なのだろうな。妹もそう言っていたし、きっと事実なのだろう・・・魔道具の声が君にしか聞こえないという点は大きな利点だが、難点にもなるな。馬鹿共は喋らぬ古代魔道具など、古代魔道具だとうそぶいているだけだと言い出しかねない。まあ私には関係ない事だが」

『忠告か? いや、どうも状況を楽しんでいるだけの様に見えるな』


 王子様はフッと笑い、ガライドから視線を切ってまた歩き始めた。

 なので私もガライドを抱え直して、キャスさんと一緒に歩を進める。

 浮くかどうかって話はもう良いのかなと、少し疑問を抱えながら。


「王子様は、私達の態度が無礼だー、とか言わないんですねー」

「そうだな。何せ君がわざとそういう態度を取っているのが解っているのでな。そんな茶番に付き合うほど愚かなつもりは無い。この返答で満足かな、お嬢さん」

「あや、バレてましたか。こりゃー、すみません」


 たはーっと言いながら、キャスさんは王子様に謝った。

 けれど彼は気にした風は無く、護衛の人も得に気にしていない様だ。


「むしろ解らないあの男が阿呆なのだ。全く、血筋さえなければ騎士団から追い出しているよ。あれは騎士達が愚弄された事よりも、自分が恥をかかされた事に腹を立ててるだけだった」

「あの男って、さっき怒鳴り散らしてた人ですよね」

「ああそうだ。それと、さっきと同じ喋り方で構わんよ」

「じゃあお言葉に甘えてー」

「・・・言っておいてなんだが、切り替えが早いな」

「それが取り柄なんで!」


 へへっと笑いながら言うキャスさんに、王子様も釣られた様にフッと笑う。


「面白いな。度胸がある。いや、怖いもの知らずなだけなのか?」

「どっちでもないですなー。度胸は基本無いし、怖いものだらけだよ、私」

「ならば何故態々騎士に喧嘩を売りに行った。あれでは彼女だけではなく、君も標的にされてしまったぞ。あの男は執念深いからな。あれで大人しく引く気は有るまい」

「最初は別に、喧嘩とか売るつもりじゃなかったんですけどねー」

「そうなのか?」

「はいな。単純に気になったんですよねー。友達が嫌う騎士達がどんなものか。実力とか人間性とか色々。グロリアちゃんには迷惑かけちゃったから、謝らなきゃだけど。ごめんね?」

「気に、しないで、下さい」


 キャスさんの言う友達とは、多分リーディッドさんの事じゃないだろうか。

 彼女は『貴族』と呼ばれる人達を、偉い人たちを嫌っている様な事を言う。

 だからキャスさんは気になって確かめに行って、私がその役に立ったならむしろ嬉しい。


「役に、立てたなら、なにより、です」

「んー! グロリアちゃんってば、本当に何ていい子なの! でもだからこそごめんね! 後で謝る気だったんだけど、王子様にばれてるしもう良いや! 本当にごめんね!!」


 キャスさんは私をギューッと抱きしめ、大きな声で謝って来た。

 けど本当に良いんだけどな。私は貴女達の役に立てる事が嬉しいのだから。

 いっぱい幸せを教えてくれた貴方達になら、私はどう使われても構わない。

 そう思いながら、抱きしめられる体温を噛み締める様に、彼女の背に手を回した。


「・・・馬鹿を釣り出すには確かに良い人間だ。本人もその自覚が有る辺りが余計にか。全く、リーディッド嬢はいい友人をお持ちな事だ。羨ましいね」

『そんな気はしていたが、キャスは自ら『エサ』になりに行っていたのか。危ない事をする。グロリアやリーディッドが守ってくれると確信あっての事だろうが、それでもどうなんだ』


 良く解らないけれど、キャスさんは危ない事を自らやっていたらしい。

 ただ私が守る事を前提というのであれば、私は全力で彼女を守ろう。

 誰にも、何からも、彼女に害を与えさせはしない。


「私、ちゃんと、キャスさんを、守り、ます」

「んふふ~。ありがと~」


 ふんすと気合を入れて告げると、キャスさんは嬉しそうに笑いながら私を抱きしめる。

 そして離れると髪型が崩れない程度に私の頭を撫で、最後に「ごめんね」と静かに言った。

 謝らなくて良いのに。そう思ったけど、少し悲し気な彼女の表情に何も言えなかった。

 けれど彼女はすぐに表情を切り替え、笑顔で王子様に声をかける。


「ところで王子様、用が有るって言ってたけど、一体どこに行くつもりなのー?」

「君は本当に切り替えが早いな・・・なに、父に会いに行くだけだ。たいした用じゃない」

「へ? 父って・・・」

「国王陛下だね」

「たいした用じゃん!」

「そうかい? 肉親に会いに行くだけだよ。そう考えれば些細な事だろう?」

「いや、そうかもしれないけど! ん、確かにそっか?」

「ぷっ、くくっ、君は本当に面白いな。本当にただの平民なのかい?」

「いやー、生まれてこの方ずっと平民でごぜえやすよ」


 国王陛下・・・えと、この国で、一番偉い人、だよね?

 偉い人に会うのは不安だけど、キャスさんが楽しそうだから大丈夫、かな?


『・・・この王子も王女と一緒で、かなり癖があるな。まあ苦労性な王女と違って、享楽家な気配が見え隠れしているがな。一応敵ではない様だが、信用できるかは疑問だな』

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