第120話、兵士と騎士

「何をぼーっと突っ立っているんだ貴様等! この小娘を潰せ!」


 動かない騎士さん達に、オジサンが更に怒鳴る。

 それでも指示された彼らは動かず、けれど一人だけすっと前に出た。


「私どもはそちらの女性の挑発的な言葉に、確かに多少の腹立たしさは有りました。アレは我々を愚弄する言葉であった事は間違いありません。ただ最初に何と話をしていたのかを聞けておりませんが、彼女の技量を疑った事で起きた事なのではないのですか」

『ふむ、キチンと物が見えている者がいるな。いや、動かなかった者は全員か』


 前に出た騎士さんは静かに語り、ガライドが言うには他の騎士さんも同じ意見らしい。

 確かにキャスさんの発言でむっとしてる人は居た。ガライドも挑発してるって言ってた。

 なら失礼な事だったのかな。ただ兵士さんが強いって信じて欲しかっただけなんだけどな。


「ですが彼女の技量は証明されたでしょう。あの動きはただ者ではなかった。刃引きをしている剣とはいえ、その剣で本気で斬りかかった者達がなす術無くやられた。その結果だけでも相当の実力者と判断出来るはず。彼女を認めなければ、恥をかくのは我々ではないかと」

『真っ当な意見だな』


 ガライドが満足そうに呟き、キャスさんもうんうんと嬉しそうに頷いている。

 けれど騎士さんの発言を聞いたオジサンは、一層顔を険しくして叫んだ。


「阿呆が! そんな事は解っている! この小娘の技量が高い事も、その腕に何かを仕込んでいる事もな! でなければ鎧を砕けるものか! そこの軟弱者共を倒せるものか! そんな判り切った事を言う為に前に出たのか貴様は!! どこまで阿呆なんだ貴様は!!」

「で、では、どういうおつもりですか」

「この小娘の技量が幾ら高かろうが、我々を愚弄したのだ! 騎士を愚弄したのだ! 国に仕える我等王国騎士を『弱い』と断じたのだ! ならばたとえこの小娘の技量が高かろうが、無事に帰す訳にはいかんと言っているのがなぜ解らん! 我等はこの小娘を認めてはいかんのだ!!」


 鬼気迫る勢いで叫ぶオジサンに、騎士さんが仰け反る様に気圧されている。

 そして私は私で、弱い事が愚弄になる、という点がどうしても不可解でならない。

 弱い事は認めないといけないと、兵士さんは何時か言っていた。


『自分が弱いからこそ、弱いと認めるからこそ、鍛錬をするんです。未熟な自分を磨くのが鍛錬です。そしてそれは何も戦闘技能に限った事ではない。何事においても自身が『出来ない』と認める事は大事な事でしょう。グロリア様。貴女は素直に認めて育って下さいね』


 私の頭を撫でて、彼はそう言っていた。認める事は大事な事だと。

 正確な自分の状況を理解して、そこから成長に繋がるって。

 このオジサンの言ってる事は、彼の言葉を否定している気がする。


「お、お言葉ですが、その場合一切の加減は出来ません。彼女は明らかに強者です。手合わせではなく殺す気でなければ話になりません。ですがそれは問題でしょう」

「何の問題が有ると言うのか!」

「か、彼女達は、ご令嬢で―――――」

「本気で阿呆か貴様等は! そこの女を見ろ! こんな日焼けした令嬢が本当に要ると思うのか! あんな作業慣れした手をした令嬢が本当に居ると! その小娘も誤魔化してはいるが同類だ! 動きに令嬢としての教えが身に付いていない! こやつらはそこいらの平民だ!!」

『この男、見えていないのかと思っていたら、結構しっかり見ているんだな』


 この発言にはキャスさんもガライドも驚き、そして私は少し申し訳ない気持ちになった。

 アレだけ教えて貰ったのに、全然成果が出せてなかったらしい。

 でも言われてみると、大人しくしていれば令嬢には見えるでしょう、って言われた気がする。


「我等を愚弄したこの平民女共が死んで何の問題が有る! 平民が死んだところでどうとでも出来る! その為にもあの誓約書を書かせたのだからな! それにもし本当に令嬢だとしても、この娘達は明らかに見覚えの無い下位の者だ! 何の問題も無い!!」

『・・・成程。怪我をしても訴え出ない。つまり怪我をさせる気で攻撃されても訴えない、か』

「平民だから殺していい、ね。これが王国の騎士か。リーディッドがムカつく訳だねー」


 彼の言っている事は、順番がちょっと違う様な。いや、同じ事なのかな。

 難しい。こういうのはリーディッドさんが一番上手なんだけどな。

 キャスさんは今の発言が気に食わなかったのか、半眼でオジサンを見つめている。


「そーれは、不味いんじゃないかなー」


 ただオジサンの言葉が途切れた所で、透き通るような男性の声が響く。

 聞き覚えがある声だと思い目を向けると、出迎えの時に居た王子様が見えた。

 城の三階の窓の淵に肘をかけ、ニコニコ笑顔でこちらを見下ろしている。


『ふむ、静観するつもりかと思ったが、口を出すのか』


 どうやらガライドは彼が居る事に気が付いていたらしい。

 何時から見てたのかな。私は全然気が付いてなかった。


「で、殿下・・・!」


 オジサンは驚きの表情で彼を見上げ、王子様はひょいと窓に乗り出した。

 そのまま飛び出すのかと思ったけれど、一度窓にぶら下がって、それから壁を蹴った。

 彼の後ろに居た兵士さんらしき人は、そんな彼に付いて行くように普通に飛び出す。


「あいてて・・・やっぱり三階からなんて飛び降りるものじゃないな・・・」


 無事着地した王子様は、足を痛そうにさすりながら立ち上がる。

 背後の兵士さんは特に問題無さそうに立っている。


「で、殿下、い、今のは・・・」

「いや、言い訳は良いから。しっかり聞こえてたし、何があったか最初から見てたしね」

「ち、違いますぞ殿下、この女共が我々騎士を弱いと愚弄して―――――」

「だから最初から見ていたと言った。少し黙れ」

「――――っ!」


 オジサンは王子様に黙れと言われ、その通り口を噤んだ。

 ただしその表情はとても悔し気で、不服だと顔を見ているだけで解る。

 王子様相手なのに、物凄く睨み返しているんだけど、良いのかな。


「彼女からすれば君達が弱いのは仕方ない。何せ彼女は魔獣領で、魔獣が跋扈する森の奥で、日夜魔獣を相手に戦い続けているのだから。この場の誰よりも命のやり取りに慣れているはずだ」

「なっ、まさか・・・この娘は・・・!」


 王子様の言葉に騎士さん達が困惑を見せ、けれどオジサンは何かに気づいた様子を見せる。


「そう、彼女は噂の古代魔道具使いさ。さっきの発言を聞いたのが私で良かったね。もし妹が聞いていたら、どんな手段を使ってでも君の首を切っていただろう。物理的にね」

「そ、そんな事が出来る訳・・・!」

「やるよ、アイツなら。今の妹にとって、この国の誰よりも彼女の価値は高い。そんな彼女の機嫌を損ねる相手は敵でしかない。まあ君が妹とやり合いたいなら好きにすれば良いけども、弟が今どうなったか知らない訳じゃないだろう。あ、もう弟ではないけれど」

「っ・・・!」

「まあ今回は彼女達が挑発したみたいだし、仕方ない事だったという事で手を打てるさ。流石に騎士を愚弄されたという理由なら、騎士達が彼女に斬りかかるのも仕方ない。とは、正直全くこれぽっちも思ってはいないけれど、そういう事にしておくから」


 オジサンは物凄く悔し気に顔を歪め、けれど王子様は正反対に愉快そうだ。

 そして王子様は視線をオジサンから切って、騎士さん達へを目を向ける。


「いやはや君達は利口で良かったと心底思うよ。まさかそこで倒れている阿呆共の様に、ご令嬢に容赦なく斬りかかる騎士なんて笑えもしないからね。でもまあ相手が彼女で良かった。彼女は女性である前に闘士らしいから咎めはしないよ」

『・・・まあ、そうだな。グロリアはまず何よりも、闘士だな・・・そこは、譲れんか』


 ニッコリ笑顔で告げる王子様に、騎士さん達がホッと息を吐いた。

 ただ背後に居る兵士さんは、騎士さん達に冷たい目を向けている。

 その様子をじっと見ていると、私の視線に気が付いた兵士さんはすっと表情を消した。

 私がそれに首を傾げている間にも、王子様は話を続けている。


「ま、何より一番の幸いは、本気の殺し合いにならなくて済んだ事かな。もしやっていれば全員死んでいたよ。流石にそれはもう、騎士の面子も何もあったもんじゃないだろう」


 そんな事にはならなかったと思う。だって殺しちゃ駄目ってしっかり注意されてるし。

 その為の鍛錬を何日もしたんだから、ちゃんと加減は絶対するんだけどな。

 ただその、ちょっと、加減を失敗する事は、あるかも知れないけど。


「じゃ、彼女達は私が頂いてくね。君達は鍛錬の続きに励んでくれ」


 最後に王子様はそう言うと、私の肩を抱いて歩き出した。

 慌ててキャスさんに視線を向けると、彼女もご機嫌そうに付いて来ている。

 ええと、このまま付いて行けば、良いのかな。




 ・・・結局あのオジサン、兵士さんが強い事は、信じてくれたのかな。それだけ気になる。

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