第122話、国王
「流石に国王陛下にこの態度は不味いよねー・・・」
テクテクと歩きながら、顎に指をちょんと当てて呟くキャスさん。
その様子に王子様がクスクスと笑って応える。
「さて、どうだろうね。私は構わないと思うが」
「・・・えぇー、絶対本気で大丈夫とは思ってないでしょー」
「いいや、大丈夫なんじゃないかなと本気で思うよ。妹の評価する通りの人間であれば、君達の機嫌を損ねるのは国益にならない。ならば寛容さを見せて許すのが最善だろうさ」
『先程からずっと思っていたが、随分王女の事を買っているんだな』
王女様の評価って、ちょっと気になる。私はどう思われているんだろう。
それにしてもこの王子様、ガライドの言う通り王女様の事を信用してる感じがする。
迎え入れてくれた時は仲が良さそうには見えなかったけど、本当は仲良しなのかな?
「公的な場で在れば流石に多少の礼儀は考えてくれ、とは思うが、私的な場で在れば君達に下手に礼儀を求める事こそ失礼だろう。君達は貴族では無いのだからね」
「そういうもの?」
「真面な貴族ならそう思うかな。平民に貴族の礼儀を求める方が馬鹿だよ」
王子様の言葉に、少しだけほっとしている自分を自覚する。
色々教えて貰ったとはいえ、まだまだうまく出来てる自信が無い。
礼だけは綺麗だって言われたけど、それ以外は不安だらけだ。
でも余り気にしないでいてくれるなら、これほど安心する事は無い。
だってリーディッドさんに迷惑をかけないで済むんだから。
「んー、でも流石に私もただの礼儀知らずにはなりたくないし、ちょっと気を付けるー」
「私にはその態度なのに?」
「だって王子様にはそれで良いって許可貰ったし」
「普通はそれであっさり態度を崩せないと思うがね。くくっ」
王子様は愉快気に笑いながら、のんびりと廊下を進む。
その道中で何人かの使用人さんや、兵士さんに挨拶をしながら。
皆気楽に話すキャスさんと、楽しそうに応える王子様に少し驚いている。
そうして進むこと暫くして、とある通路で兵士さん達に道を塞がれた。
「殿下、申し訳ありませんが、ここから先に素性の知れぬ者を通す訳にはまいりません」
「酷いな。私は正真正銘この国の王子なんだが」
「惚けないで下さい。貴方の後ろに居る者達の事です。勿論護衛の事でもありませんよ」
「彼女達の素性は私が保証する、と言ってもダメなのかな」
「・・・陛下にご判断を仰ぎます。少々お待ち下さい」
「よろしく頼むよ」
王子様がそう言うと、兵士さんの一人が通路の奥へと向かう。
その様子を見届けていたキャスさんは、少しだけ不思議そうだった。
「王子様の言う事でも通らないんだねー」
「当然だろう。私は王子。そしてこの先に居るのは国王陛下。ならばどちらの命令が優先されるかは考えるまでも無いし、きちんと優先順位が解っている彼らは優秀な者達だと思うよ」
王子様の言葉を聞いた兵士さん達は、少し嬉しそうな顔を見せた。
ただその後「堅物過ぎると役に立たないけど」とポソリと言ったのは聞こえていない様だけど。
そうして待つこと暫く、兵士さんが戻って来て「お通り下さい」と告げた。
「では許可もおりたようなので行こうか」
「はーい」
「はい」
王子様はゆるりと歩を進め、私達もその後ろをついて行く。
そしてとある扉の前で足を止め、近くに居た兵士さんがその扉を開いた。
中に入ると使用人さん達と兵士さんが居て、前に行った城の客室みたいな感じだ。
奥に扉が在るので、多分この奥に国王様が居るんだろう。
その予想通り使用人さんが奥に声をかけると、通せという声が聞こえた。
とてもよく通る声だ。不思議と心地良いと感じる声音だと思う。
中に入ると、鋭い目をしたオジサンが二人。どっちが国王様なんだろう。
片方は椅子に座っていて、片方はその横に静かに立っている。
ただ立っている方のオジサンは、物凄く私達を警戒している気がした。
「父上、ご報告に参りました」
「ああ・・・だがその前に、後ろのお嬢さん方を紹介して貰えるか」
王子様の言葉に応えた座ってる方が国王様かな。父上って言ってるしそうだよね。
「彼女達は妹の客人です。こちらはキャス。こちらはグロリアです」
王子様に紹介され、キャスさんは静かに礼をして、私もそれに倣う。
すると国王様と隣のオジサンは、少しだけ目の鋭さが増した気がした。
「貴殿が古代魔道具の使い手か。よく来た。歓迎しよう」
「え、えと・・・ありがとう、ござい、ます」
歓迎するという言葉に、少し慌てながらもう一度礼をする。
ただ声をかけられたのが私だけなのが少し気になった。
けどキャスさんは一切気にしていない様で、王子様の後ろで静かに控えている。
「ではご報告を」
「・・・その二人を下げずにか」
「何か問題がおありで?」
「はぁ・・・解った、続けよ」
「御意に」
ため息を吐く国王様に対し、王子様は終始楽しげな様子だ。
でも本当に私達ここに居て良いのかな。今のって部屋から出せって意味だよね?
「妹の言う通り、とまではまだ判断できませんが、ガンという男が使える事は確認できました。少なくとも元婚約者殿との婚約を破棄するだけの価値はある、と私も判断しました」
『堂々とこれを私達に語るのか。いや、計っている事に気が付いてはいたが』
けれど話題に出た人物に、私もキャスさんも少し驚きながら王子様を見る。
報告ってガンさんの事だったんだ。王女様の事が心配で確認してたのかな。
ガライドは王子様の真意に気が付いていたらしい。流石だなぁ。
「そうか。ならば良い」
「おや、他の事は訊ねないのですか?」
「・・・お前は、全く・・・はぁ、それで、後ろに居る二人はどうなのだ」
国王様はまた大きなため息を吐き、頭を抱えながらじろりと私達に目を向ける。
思わずキャスさんの手を握り、彼女の後ろに隠れてしまった。
「グロリア嬢は聞いた通りの高い技量の持ち主ですね。その上で相手を気遣う優しさもあるし、そこそこの自制心と周囲の注意を聞く耳も持っている。友好で接すれば友好で返してくれる相手かと。少なくとも私は友好的に接して行きたいと思っております」
王子様は私の事を、多分褒めてくれたんだと思う。
でも自制心が有るという部分には、自分でも疑問を覚えた。
最初に迷惑かけちゃったんだけど、注意を聞いたから甘めに見てくれたのかな。
「・・・含みを持たせるな」
「失礼。父上であれば言わずともご理解されると思いましたので」
『・・・暗に下手な態度はとらない方が良い、と伝えた訳か。暴れたら手が付けられんぞと』
あ、そ、そうなんだ、てっきりちゃんとしてるって、言われてるのかと思った。
そうだよね。最初にあんな事しちゃったら、暴れるかもって言われるよね。
もうちょっと、静かにしているように気を付けよう・・・。
「キャス嬢は自分の立場と使い方を良く解っている。だからこそ妹は彼女の事も招待したのでしょう。彼女をただの平民と侮る阿呆は、何時か別件でも害になりかねないかと」
「・・・解った。こちらでも警戒をしておく」
「それが宜しいかと。では報告も終わりましたし、失礼致します」
王子様はそう言うと踵を返し、部屋を出て行く気配を見せた。
けれどそんな王子様を、国王様は静かに呼び止める。
「待て。魔獣領の娘の様子はどうした」
「彼女は何時も通りですよ。ご自分でも確かめられては?」
「・・・ふん、解った。行け」
「はい、失礼します」
そして今度こそ王子様は部屋を出て、私達も彼に付いていく。
ただ途中でふと背後を振り返ると、扉が閉まるまで国王様の鋭い目が私に向いていた。
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