第119話、鍛錬の成果

 キャスさんがニッコニコで戦う事を告げるも、騎士さん達は困った様子のままだ。

 まあ良いか。一番近くの人に声をかけて、相手をして貰おう。

 そう思い足を踏み出そうとすると、またキャスさんの声が響いた。


「あ、少女に負けるのが嫌、って人はやらなくて結構ですよー。そりゃ嫌ですよね、こんな可愛らしい女の子に負けるなんて。認めたくないですよねー、騎士さん達は」

「「「「「――――――」」」」」


 キャスさんの発言が不愉快だったのか、何人かの騎士さんが不愉快そうな顔をした。

 するとさっきまでの笑顔を消したオジサンが、彼女に声をかける。


「――――お嬢さん、今の発言は取り消しなさい」

「何故ですか?」

「流石にそこまで馬鹿にされては、相手をしない訳にはいかん。ですが気を付けていても万が一は有る。可愛らしいお嬢さんに嫁げないような傷はつけられん」

『ふーむ。保身なのか、それとも善人なのか、まだ判断がつかん所だな』


 むしろ睨みながら低い声で、おそらく怒っているんじゃないだろうか。

 ガライドはその様子に、彼という人物の判断を悩んでいた。

 私はちょっとだけ不安になっていると、キャスさんはすっと表情を消す。


「先にグロリアちゃんを馬鹿にしたのはそっちですよね。 小娘に何が解る、って態度でしたよ。なら実力で解らせるしかないじゃないですかー。馬鹿にされて怒るなら、まず最初に相手を馬鹿にしないで欲しいですよねー。それとも、本当に負けるのが怖いんですか?」

「・・・良いでしょう。その言葉、彼女が怪我をしてから後悔しても遅いですよ。貴女の言う通り簡易の誓約書でも作りましょうか。良いですな、お嬢さん方」

『ああ、これは善人では無いな。女子供が生意気な、叩き潰してやると言わんばかりだ。いや、挑発された以上気持ちは解るが、少なくとも身を案じる気はゼロだな』


 オジサンもキャスさんと同じ様に無表情に近い顔になると、騎士の一人に声をかけた。

 何か紙を持って来いと告げ、急いで持って来た騎士さんから奪って何かを書き出す。

 そして最後にインクを指に付けて、紙に押し付けてキャスさんに渡した。


「押して頂きましょうか。ただし押せば、後戻りはできませんぞ」

「私は全然構いませんよー。あ、でも彼女は諸事情あって手袋が外せないんで、私が代わりに押しますねー。良いですよね?」

「構わん」

「はいはいーい。じゃあグーーっとお」


 キャスさんは誓約書の文面をさらっと見ると、おじさんに言われた通り誓約書に指を押す。

 そしてオジサンに紙を返すと、その紙は騎士さんの一人に預けられた。

 ただ渡された騎士の人は、少々困った顔をしていたけれど。少し心配そう、かな?


「では・・・おい、お前。彼女の相手をしてやれ」

「わ、私ですか!?」

「ああ。なに、怪我をしても構わんと本人達が言うのだ。実力を見せてやれ」

「で、ですが・・・」

「貴様等はあのような小娘にも勝てないと馬鹿にされたのだぞ。女子供にも勝てないとだ。大人を、男を、騎士を舐めたる事がどういう事か、あの小娘どもに教えてやれ」

「・・・はっ」


 指示された騎士さんは応えたものの、何処か不満そうというか、不安そうだ。

 けれど指示通り剣を持って私の前に来たので、ぺこりと頭を下げて挨拶をする。


「よろしく、おねがい、します」

「あ、ああ、よろしく」


 彼は困った様に頭を掻き、けれどその後ゆるりと構えた。

 私も彼に応える様に軽く構え、そしてとくに合図は無く手合わせが始まった。

 彼は既に打ち込む気配を見せていて、ただどう打ち込むか悩んでいる様だ。


 なら私から行った方が良いんだろうか。でも本当に合図が無い訳じゃない可能性もある。

 偶に気合が入り過ぎているのか、初めの前に打ち込む気配を出す人っているみたいだから。

 何て思いながらじっと待っていると、彼はその剣を上段から振り被って来た。


「っ!?」


 ああやっぱり合図は無しで合ってたのか。そう思いながら剣を避けて懐に踏み込む。

 彼は驚愕の表情を見せていて、既にその眼前に私の拳があった。

 これで私の勝ちだと思うんだけど、彼は剣を止めた状態から動かない。


 続けるつもりだろうか。その場合は当てるべきなのだろうか。

 何て悩んでいると、彼は剣を降ろして「負けました」と口にした。


「ありがとう、ござい、ました」


 なので私も腕を降ろしてぺこりと頭を下げ、終わりの挨拶を返す。

 彼は始めの時とは違って、すっと綺麗な礼をしてその場を離れた。

 ただその表情は、とても悲しげだった気がする。


「な、なにをやっている! 騎士の恥さらしめ!」


 ただそこで突然オジサンの声が響き、驚いてビクッと背筋が伸びる。

 目を向けると物凄く怒った表情で、さっきの騎士さんを睨んでいた。

 ただ手合わせに一回負けただけで、そんなに怒る事無いと思うんだけど・・・。


「じゃ、貴方がやればよかったんじゃないですか? まさか今みたいな事を言っておいて、自分は負けるのが怖いからやらない、何て言わないですよね?」

「・・・小娘、そろそろ冗談ではすまんぞ」

「最初から冗談で済ませる気が無いんですけどー。誓約書まで書かせといて何言ってんの」

「・・・良いだろう。お前等、そこの少女の気が済むまで、全員で相手してやれ」

『うわぁ・・・なりふり構わないな。むしろそんなので勝って誇れるのか、騎士よ』


 オジサンの指示に彼等は戸惑う様子を見せ、中にはオジサンに苦言を呈す人も出た。

 けれどオジサンは「馬鹿にされたままで良いのか!」と怒鳴り、譲る気は無いらしい。

 別に私は馬鹿にしたつもりは無くて、ただ事実を言っただけだったんだけどな。


「良いじゃないですか。小娘本人がやるって言ってるんでしょう? 多少の怪我は承知の上でしょう? じゃあちゃんと一人前として相手してやらなきゃ、失礼ってものだ」


 ただそんな中、何人かはそんな風にオジサンの言葉に頷き、剣を私に構えた。

 どうやら対複数でやるらしい。止めようと声をかける人も居るけど、別に構わない。


「次は、貴方達を、倒せば良いん、ですね」

「っ!」

「そうだね、お嬢さん。倒せるならね」

「舐めるなよ、小娘が」

「少々お灸を据えてあげよう。この後もお仕置きが必要だな・・・!」


 事実確認をしただけなのに、皆怒った様子で返して来る。

 言われた通りに行動してるだけなのに、少しだけしょんぼりした気分だ。

 でも彼らは私が構える前に斬りかかって来て、ただし今度は止める気配がない。


 とはいえ遅い。そして息も余りあっていない。これなら魔獣領の兵士さん達の方が上手い。

 複数の剣を躱しながら、止めないという事は当ててなきゃいけないのかな、と結論付ける。

 見た所簡易な鎧は来てるけど、そこまで頑丈では無さそうだ。きをつけないと。


「がはっ!?」

「げほっ!!」

「ぐっ・・・!」

「ぎゃ!?」


 大怪我をさせない様に、大きく吹き飛ばさない様に、最悪粉々にしない様に。

 細心の注意を払って、鎧を砕く程度の威力で彼らに打撃を突き入れる。

 ただ少し予想外だったのは、全員一撃で終わってしまった事だろうか。


 一人も私の攻撃を躱さなかった。ちょっと隙だらけ過ぎると思う。

 全員私に打たれた所を抑えて蹲り、立てなさそうな様子にぺこりと頭を下げた。

 ちょこっと嬉しい。鍛錬の成果が出てる。ちゃんと加減出来た。


「これで、信じて、貰えます、か?」

「――――――、ふ、ふざけるな! ふざけるなよ小娘! ここまで舐められてただで返してなるものか! お前達、この小娘を潰せ! 絶対にただで帰すな!!」

『まあ、そんな気はしていた』


 ガライドは彼の反応を予想していた様だけど、私は「えぇ・・・」と困惑している。

 だって戦って勝てば信じてくれるって、このオジサンが言ったのに。

 何故か私が良くない事をした、みたいな感じになってる気がする。


 ただオジサンの怒り具合とは裏腹に、残った騎士さん達が動く様子は無かった。

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