閑話、王女の兄

 古代魔道具使いの少女の実力は私には解らない。私は武人ではないからね。

 けれど実際に見た妹は『化け物』と称し、絶対に敵に回してはいけないと言った。

 古代魔道具は確かに強力だが、強いのは魔道具ではなく彼女自身だと。


「もし彼女を敵に回す判断を下すのであれば、私は国も王家も捨てて彼女に付きます。それでも宜しいというのであれば、お父様のお好きになされば良いのでは。忠告はしましたよ」


 婚約破棄などと何をとち狂ったのかと、疑問を投げた父に妹はそう言った。

 妹は王族をしっかりやっていたし、今の王族の力を理解している。

 その妹が父に歯向かった。歯向かえると判断した。


 つまり、妹が見て来た世界は、この国が無くなる様な出来事だと。


 そう判断した私は妹の側に付く事を決め、妹の居ない所で父に進言をした。

 妹の好きにやらせるべきだと。アレは根拠もなくあんな事は言わないと。

 アレがあそこまで言うのであれば、言う通りにした方が国にとって良い事だと。


 とは言いつつも多少の疑問を自分も抱え、けれど妹の判断は正しかったのだと解った。


 さてはて、妹が見初めた相手はどれだけの者か。

 婚約破棄などという、王家の信用を落としてまでの相手なのか。

 まさかあの妹に限ってとは思うが、本気で脳が茹った判断をしたのだろうか。


 そんな疑問を抱えてはいたけれど、実際に会ってみてやはり妹は妹だったのだ。


「ガンさんを、殺すつもりなのは、誰、ですか」


 そう告げた少女の目は、何の恐れもない純粋な敵意と殺意だけが宿っていた。

 妹の婚約者を、ガンという青年を害する相手を、容赦なく排除する意思が。

 そして彼女にとってその行為は当たり前で、かつ何の問題もなく出来る事なのだろう。


 つまりだ。古代魔道具使いの少女は、彼の事を慕っている。

 彼女の視線の運びや、表情を伺う様子から、おそらく他の二人も同じか。

 後は確実とは言い切れないが、彼女の傍に控えていた使用人もそうではないだろうか。


 グロリアという少女は、ずっと傍にいる4人の様子を見ていた。

 アレはおそらく彼女達を守る為に、万が一敵対すれば殲滅する為に構えていたんだろう。

 となれば妹の判断は正しい。余りに正しすぎる。やはりアレは何処まで行ってもアレだ。


「古代魔道具使い本人を御すよりも、彼女が大事に抱える物を手にするか。確かにあの魔道具使いと夫婦になれば、古代魔道具使いにとって『身内』に数えられる。となれば完全に操縦する事は無理でも、多少の融通は利くだろう。最悪の場合、少なくとも妹だけは生き残るな。ははっ」


 護衛であり側近である男に対し、半分独り言の様に愉快気に語る。

 だが彼は私の発言に対し眉を顰めた。それも当然だろう。

 なにせそれは、妹以外の王族が全員死ぬ事を想定しているのだから。


 だがそれでも王家の血は途絶えない。国が亡ぶ事はない。

 古代魔道具使いが暴走したとしても、妹は彼女に敵として見られないだろう。

 ガンという男との婚約を急ぐのはその為だ。あの男の価値は単純に本人だけの評価ではない。


「とはいえ、やはり実際闘う所を見てみたいね。あの魔道具使いの実力を知りたいな」


 古代魔道具使いを制御する為の安全装置。あの男の価値は今の所それだけだ。

 ただしそれは今の私の目から見てであって、妹は彼をもっと評価していた。

 つまりあの男は単純なオマケではなく、本人の能力も高いという事なのだろう。


 その為に少々妹に横やりを入れてみたが、上手く行くだろうか。

 出来れば面白い物を見たい身としては、古代魔道具使いが手を出さない様に事を運びたい。

 あの妹をして『彼を評価しない貴族はタダの無能』と言わしめた男の力を見たい。


「あの男は、妹が言う程強そうに見えたかい?」


 ふと側近に訊ねてみると、彼は一瞬の思考も無くフルフルと首を振った。

 つまり見た限りでは弱いと思った訳だ。問題無く排除できると。

 もしこそれが事実であれば、妹の目は節穴という事になる。


「ふむ、では、あの古代魔道具使いの少女は抑えられるかな?」


 ついでに訊ねてみると、彼は考えるそぶりを見せた。

 即答じゃないという時点で、あの少女に何かを見たのだろう。

 私としてはあのふざけた威圧感の魔力は、流石に怖いと思う程度ではあったが。

 魔力の流れを読む程度は出来るが故に、両手足の魔力の大きさは死を感じたよ。


「魔道具を使われれば、勝てない可能性が高いでしょう」


 つまり、使われなければ勝てる自信があると言っている訳だ。

 本当に自信があるのか、相手を少女と侮っているのか、それとも――――――。


「おや?」


 今歩いている通路は、普段ならば騎士たちの訓練の声が響く場所。

 それ故か騒がしい事が嫌いな人間は余り近付かない。

 ただ私はだからこそ好んでこの通路を使い、けれど今日はやけに静かだ。


「何かあったのかな・・・む?」


 三階の窓から見える騎士たちの訓練場を見下ろし、その光景に一瞬眉をしかめた。

 そこには先ほど見た覚えのあるドレスが二つ、騎士たちの傍に立っていたのだから。

 しかもその内一人は剣を構える騎士の前に立っている。アレは古代魔道具使いの少女だ。


「妹よ・・・早速操縦しきれていないじゃないか・・・」


 少々呆れた気持ちを抱えつつも、多少は仕方ないかと溜め息を吐く。

 騎士たちの様子は何処か困惑していて、殺気立った様子は見えない。

 恐らく保護者なのであろうキャスという女は、そんな中「がんばれー♪」と楽し気だ。


「焦るような状況ではない、と判断して問題無いか」


 むしろ万が一にでもあの少女が魔道具で人を殺せば、その方が色々とやり易いかもしれない。

 そう思い静観する事を決め。そして次の瞬間、やはり妹の正しさを思い知らされた。


「――――――強い」


 一瞬。本当に一瞬だった。騎士はおそらく少女を気遣い、当てる気は無かったのだろう。

 剣の速度は遅く、殺意は一切籠っていない。だとしても騎士の剣だ。

 年端も行かない少女が本来躱せる訳もなく、普通なら騎士が直前で剣を止めて終わりだろう。


 だから彼女はその一撃に対し、踏み込んで打撃を放った。

 騎士の振る一撃に綺麗に合わせ、一切の躊躇も恐怖も無く懐に飛び込んだ。

 あんな芸当、常人には不可能だ。刃の間合いに素手で飛び込むなど正気とは思えない。


 たとえ彼女の両手足が古代魔道具だとしても、彼女の体は生身なのだ。

 腕で剣を受けに行かなかった以上、少しずれていれば彼女の体が斬られる。

 けれど彼女は何の危なげもなく、するりと踏み込んで打撃を繰り出したんだ。


 そしてその打撃を眼前で止められた騎士は、彼女の動きに反応出来ていなかった。

 年端も行かない少女がそんな事を出来ると思っていなかった。油断していた。

 そう言うのは簡単だが、そんな情けない事を言えるはずもない。

 大体油断していなかったとしても、今の動きに付いて行けるだろうか。


 騎士は少しの時間少女と見つめ合い、葛藤の末負けを宣言した様に剣を降ろす。

 少女はそれを見届けてから、ぺこりと可愛らし気に頭を下げた。決着はついたらしい。

 今の光景で何より怖いのは、少女の勝ちが決まるまで一切油断をしなかった事か。

 明らかに彼女の心の在り方は、年端も行かない少女のそれではない。


「さて、今のを見てもう一度聞くが、勝てると思うかい?」

「・・・やってみなければ、解りません」


 ははっ、負けず嫌いだね、我が護衛殿は。

 とはいえその発言は既に、アレは相手にしては不味いと言っている様なものなのだが。

 まあ武人ですらない私の背筋が凍った程なのだ。彼には明確な実力が見えたのだろう。


「流石に負けた腹いせに馬鹿な事はしないと思いたいが、いざという時には割って入るか」


 三階程度なら飛び降りれるし、降りずとも声は届く。

 そう判断して暫く成り行きを眺める事にした。

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