第110話、王都へ

 王女様の招待状を貰った数日後、王都へ向けて出発する事になった。

 貰ってすぐじゃないのは、お誘いに答えますと告げる人を先に向かわせる為らしい。

 でもどうせその数日後に出るなら、そんな事しなくても良い様な気がするんだけどな。


 王都へ行く事を友達に言ったら、皆かなり羨ましがっていた。

 この街は田舎だから、都会に憧れがあるとか何とか?

 私にはちょっと良く解らない。私はこの街が一番良いと思う。


 そんな訳で私は出発の準備を済ませ、車の前でのんびり待っている。


「グロリアさん、お待たせしました、では行きま・・・」


 リーディッドさんに声をかけられ、彼女へと振り向く。

 すると彼女は「あーあ」と言いたげな表情で私を見下ろしていた。

 私はそのまま視線を降ろして自分の状態を確認し、何か駄目だっただろうかと首を傾げる。


「いえ、まあ、今は普段の服ですから、構わないと言えば構わないんですけどね」

『グロリア、今から出発なのに毛だらけなせいだと思うぞ、彼女の視線の意味は』


 二人にそう言われて、先程からずっとわしゃわしゃと撫でる手を止めた。

 手を止めると犬の魔獣はすり寄って来て、私の体に頭をこすりつける。

 もっと撫でて、という事らしい。なのでまた撫でる手を動かす。

 すると気持ち良さそうに目を細めた。可愛い。


「だめ、でした、か?」

「いえ、今言った通り構いませんよ。ただ王都の傍に付いたら以前の様に着替えるので、その時は毛だらけになるのは少々控えて下さいね。世の中面倒臭い連中がいますので」

「わかり、ました」


 リズさんの言葉にコクリと頷き、また犬の方に向いてわしゃわしゃと撫でる。

 今回も移動はこの子達にして貰うから、その分を労う意味も込めて。

 偶にベロンと顔を舐められるけど、その度にリズさんが濡らした布で私の顔をふく。


 布からは何かツーンとした匂いが在って、消毒の薬を付けているらしい。

 犬達はその匂いが苦手なのか、拭かれた後の私の顔の臭いを嗅ぐともう舐めなくなる。

 それでも撫でろと頭をこすりつけて来るので、匂いより味が嫌いなのかもしれない。


「おっまたせー! ぐっろりっあちゃーん!」

「うーっす・・・」


 そこで元気の良いキャスさんの声と、正反対に元気のないガンさんの声が響く。

 項垂れたガンさんは死んだ表情で、今にも倒れそうに見えて少し心配だ。


「なあリーディッド、やっぱり俺いかなくて良くない? あくまで招待だろ?」

「私はそれでも別に構いませんよ?」

「え、ほんとに? じゃあ―――――」

「その代わり貴方だけに招待状が届いたり、それどころか王都から使者がやって来たり、一番最悪なのは王命で召喚が来たりしても、私もキャスも貴方に付き添いませんがそれで宜しければ」

「行きます。一緒に行かせて下さい。お願いしますリーディッド様」

「そうですか。つまらないですね」


 ガンさんはどうしてそんなに王女様が苦手なんだろうと思い、そこでふとリズさんを見た。

 彼女はにっこりと笑顔で私を見ているけれど、何故かその目が少しだけ怖い。

 毛まみれになったせいかな。後で多分時間をかけて落とされるんろうな。


 今更そのこと気にがついて、少しだけ気まずさを感じる。

 ガンさんが王女様に感じているのは、これと似た様なものなのかも。

 嫌われてはいない。多分好かれている自覚はある。けど何だがかちょっと苦手。


 ただリズさんの事は苦手でも、大事な人の一人だとは思っているけど。


「もう諦めて婚約したら? 王女様の旦那様なんて凄い話だよ?」

「お前気楽に言うけどな、俺に貴族の世界で生きて行く事が出来ると思うのか。リーディッドみたいなのが何人も居る世界なんだぞ。胃が破れて早死にしちまうっつの」

「確かに!」

「そこの二人。一体私を何だと思ってるんですか」

「「腹黒」」

「よし、二人共ちょっと車につないであげましょう。なに、ちゃんと犬達も繋ぎますから力はそこまで要りませんよ。ただちゃんと走らないと引きずり倒される事になりますけどね」

「逃げるぞキャス! アレはマジの目だ!」

「言い出したのガンだから! 私はちょっと悪のりしただけだから!」


 車に犬を繋ぐ紐を手に持ち、二人を追い回すリーディッドさん。

 結構本気で追いかけているので、二人も本気で逃げ回っている。

 まさか本当に繋いでしまうんだろうか。それは大変な事になると思うんだけど・・・。


「はいはい、おふざけはその辺りにして、出発しなさい」


 そこでパンパンと手を叩く領主さんがやって来て、リーディッドさんは不服そうに止まった。

 キャスさんとガンさんはホッと息を吐いている。でも流石に本当につないだりはしない、よね?


「申し訳ありません領主様。ではすぐに出発いたします」

「ああ、気を付けてね、愛しの我が妹」


 リーディッドさんは領主さんの返事を無視して、自分が乗る予定の車に乗り込む。

 キャスさんとガンさんも苦笑して乗り、私も乗り込もうとして、領主さんに呼び止められた。


「グロリア」

「はい、何、ですか?」

「もし何か有れば、リーディッドを守ってやってくれ。どうか、宜しく頼む」

「勿論、です」

「そうか、勿論か・・・ありがとう。気を付けてね」

「はい。行って、きます」


 ペコリと頭を下げて、車に乗り込む。そして扉が閉まり、犬の鳴き声と共に走り出した。

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