第103話、補給薬

 ガンさんとの訓練後は風呂に入り、その後はやる事も無くのんびりを過ごした。

 ただ何時もと違った事といえば、屋敷の中にガンさんとキャスさんが居た事だろうか。

 キャスさんは帰るつもりだったらしいけど、ガンさんに頼まれて残ったそうだ。


『キャス待ってお願い助けて置いてかないで。俺あの王女様怖い』

『ガン・・・あのさぁ・・・はぁ、解ったよ。もー、貸し一だからね』


 という感じの会話が在った。でも一体王女様のどこが怖いんだろう。

 私も最初は『偉い人』という事で私も警戒してたけど、王女様は違うと思う。

 ちゃんと話を聞いてくれるし、子供たち相手にも優しい感じだった。


 そんな訳で何時もと違い、風呂もキャスさんと一緒に入った。

 風呂を上がった後は皆で過ごし、夕食も皆で食べる事に。

 これは夕食前には帰るといったガンさんを、王女様が引き留めたからだけど。


『もう少し、お時間を頂けませんか?』


 そう言って彼の袖を握り、ウルウルした瞳でお願いしていた。

 ガンさんは狼狽えて周囲に助けを求めていたけど、誰も助ける事は無かった。

 そもそも何であんなに狼狽えているのか、それが私には良く解らないし。


 夕食後も部屋に誘われていたけど、結局どうなったのかは知らない。

 ただキャスさんが面倒くさそうに間に入ってたから、行ってないんじゃないかな。

 どちらだとしても私が口を出す事でもない。ガンさん達が判断する事だ。


 彼をあんなに褒めていた王女様なら、ガンさんが酷い目にあう心配は無いし。


「はふ・・・おいし、かった・・・」


 なので私は、今日も美味しく食べさせて貰った夕食の幸せを部屋で噛み締めている。

 そうして暫くポヤッとしていると、窓の傍にいたガライドがふわっと近付いて来た。

 何となくガライドを捕まえ、そのまま膝の上に置く。意味はない。


『今日は有意義な一日だったな』

「そう、ですね」


 この手足の紅い力が有れば、ちゃんと魔道具の攻撃を防げると解った。

 それどころか上手く力を使えば、生身の部分で防げる事も。

 彼が生身の腕で私の蹴りを防いだ技は、私も覚えるべき技術だ。


 それに一番学ぶべき所は、魔力の消耗を極力減らす技術だ。

 彼は使うべき所で一気に力を注ぎ、必要のない時は最低限で抑えていたんだと思う。

 更にその動きをフェイントに使う事で、尚の事余裕を作っていた様に見えた。


 もし私と彼に『魔力量』という絶対の壁が無かったら、立場は逆だったと思う。


「私も、ガンさんみたいに、上手く力を、使える様に、ならないと」


 ガライドを抱きしめながら、ふんすと気合を入れて言葉にする。


『・・・それは、どうだろうな』

「え?」


 けれどガライドは私の言葉を否定し、思わず下に顔を向ける。


『確かにガンの技術は素晴らしかった。自身の魔力量を考えた魔力配分に、鍛え上げた技術と観察力。アレは成程素晴らしい。だがあの技術がグロリアに合うかといえば、私は首を傾げざるを得ない。いや、首など無いのだがな』

「そう、なん、ですか?」

『・・・うん、そうなんだ・・・下手な事を言うべきではないな』

「? どう、しました?」

『いや、何でも無い。うん、技術についてだったな』


 ガライドは何故かコホンと咳をするような音を立て、私の手から離れて浮かび上がる。


『確かに君が技量を持つのは良い事だ。魔力量の調整も覚え、戦い為の技術の幅を広げ、きっと君は今より強い闘士になれるだろう。けして悪い事ではない。むしろ良い事なのだろう』

「なら、何で、首を傾げるん、ですか?」

『君の技術はガンとは別方向で完成されている。ガンの動きに技術のみでついていけなかった事を不覚と捉えている様だが、実際はガンにはあの戦い方しか手段が無かっただけだ』

「手段?」

『そうだ。ガンは君と真正面から打ち合うのを避けた。それは不可能だと解っていたからだ。真正面からの戦闘という技術では、君にけして敵わない程の差があるからだ。ガンの技術を身に着けるのは成程悪くはない。だがけして君が技術で劣っている訳ではない』


 言われてみると、ガンさんは一度だって真正面から打ってこなかった。

 そもそも打ち合ったと言っても、彼は大体の攻撃を逸らしていたと思う。


『グロリア。君の最大の長所は何だと思う?』

「私の、ですか? 私の、長所・・・皆より、頑丈な体、でしょうか」

『確かにそれも君の大きな長所だ。だが今回は魔道具使いとしての長所だな』

「魔道具、使い・・・」


 私の魔道具使いの長所。それは・・・。


「魔力量、でしょうか」

『そう。君の総魔力量は桁が違う。それは過去の適正者・・・私が制作された時代で考えても同じ。そして君はその膨大な魔力量を持つ事で、大出力攻撃を連発出来る事が最大の強みだ』

「大出力、ですか・・・」

『ああ。実際ガンとの戦いでは、そうやって対処していただろう?』

「でも、無限じゃ、ないです。何度もやったら、きっと私も、魔力が、切れます」

『そうだな。無限じゃない。だが君の魔力量の多さには理由がある。ならば無限ではない魔力を、無限に近く出来る方法が在ると私は踏んだ。実はその為の実験をずっと行っていた』

「実験、ですか?」

『ああ』


 首を傾げる私にガライドが応えると、腕が勝手に動き出した。

 左腕が右腕の手袋を外し、腕の途中からバキンと折れる。

 私は驚いてビクッと跳ねてしまい、ドキドキしながらそれを見つめていた。

 この両腕はあくまでガライドの魔道具なのは解ってるけど、勝手に動くとやっぱり驚く。


『グロリア、これを見てくれ』

「これは・・・瓶?」


 右腕から出て来た物は黒い小瓶。それを左手で掴むと、右腕がバキンと戻った。

 それと同時に右腕に感覚が戻り、自分の意志で動かせるようになる。


『変異獣。魔獣は魔力を多く有している。だが過去の人類も現代人も、魔獣の血肉を新鮮なまま取り入れる事はない。それは魔獣が有している魔力が、人類の魔力とは質の違う物だからだ。故に体に不調が出るが、君だけは違う。君はその力を自分の力に変換出来る』

「そうみたい、です、ね?」


 それは前に説明して貰ったから解っているけど、この小瓶は何なんだろう・・・。


『ならば君に必要なものは何か。補給だ。手軽な補給こそが課題。魔獣が何時でもどこにでも居れば良いが、魔獣領を出るとそうでもない事が良く解った。あの植物の魔獣は、領主やギルドの対処を鑑みるに確実な例外だろう。となれば君がこの土地から下手に離れるのは危険だ』

「危険・・・確かに、お腹が空くのは、危ない、ですね」


 魔力が足りなくなったら、ガライドを自由に使う事が出来ない。

 紅い光を纏えないどころか、下手をすればまた倒れてしまうかもしれない。

 今の私が魔獣に会えないっていう事実は、それだけ問題の有る事だ。


『そうだ。私はその危険を随分前から考慮し、その対処の為の実験を行っていた。上手く行かずに何度も失敗してしまったが、幸い実験の為の素材は大量にあった。君が魔獣を狩りに行く時に幾らでも手に入る物で行えたからな』

「素材なんて、何か、残して、ましたか?」


 殆どの素材はギルドに持って行っていたはず。屋敷に持ち帰った覚えは無い。


『その素材は魔獣の『血』だよ。魔獣はその体に多くのエネルギーを持っているが、血抜きをすると肉に含まれるエネルギーが極端に落ちる。だが流れ落ちる血にはまだまだエネルギーが含まれていた。ならばその血を保存し加工すれば、君の補給薬になるのではと思ったのだ』

「魔獣の、血・・・補給薬・・・」

『その瓶は前日やっと実を結んだ完成品だ。理屈を語った所で君には解らないだろうし、説明の必要もないだろう。魔力を圧縮した薬と思えば良い。だが、飲めるのは君だけだ』

「私、以外が、飲んだら、どうなるん、ですか?」

『死ぬだろうな』

「っ、それは、危ない、ですね・・・!」


 びっくりな返事に思わず瓶を握りしめ、ブルリと震えてしまった。

 これは絶対に手放さない様にしないと。万が一誰かが飲んだら大変だ。


『本当は君が倒れた時に完成していれば一番だったのだが、間に合わせられなかった。保存している血液でも君の回復の助けにはなったのだろうが、どうしても劣化は免れない。加工を成しえていない以上、ガンに魔獣を狩らせる方が良いと判断した。あの時はすまなかった』

「あ、謝らないで、下さい。ガライドは、悪く、ないです」


 ガライドは私に力を貸してくれている。この瓶も私の為に作ってくれた物だ。

 何に間に合わなかった事を責めるなんて、そんな事絶対にしたくない。


『ありがとう、グロリア。だが申し訳ないついでに、この薬に関して問題が一つあってな』

「な、なん、ですか?」


 人が死んでしまう以上の問題って何だろう。私には思いつかない。


『それは今は一つしかないんだ。至急追加を作りたい。君が食べる際に零れた血や、腕に付着した血で実験していた。それは実験の為の量には十分だったが、補給薬にする為の量には足りていないんだ。作成時間も考えると早めに欲しい。即座に作れる物ではないのでな』

「言ってくれたら、今日は、魔獣を倒しに、向かいましたよ?」

『解っているさ。だがなるべくグロリアの予定を崩したくなかった。本当はこの話も森に入ってから告げるつもりだったんだ。気にしなくて良い』

「そう、ですか・・・解り、ました。じゃあ明日は、頑張り、ます」


 今日はいっぱい魔力を使ったし、その為に明日は森に行く事に決めている。

 なら明日はガライドの為に頑張ろう。あれ、でもこれは私の為なのかな?


『下手に予定を変えると、何かあると思われかねないからな・・・今はこれで良いだろう』

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