第100話、侮り

 躱せないと思った攻撃を、拳に力を入れて弾き上げる。

 紅と青の光がぶつかり合って、少し遅れる様に衝撃が響く。

 ついでに打ち込んだ反撃は完全に空振り、彼は私の死角に潜ってから距離を取る。


「ふぅっ・・・あっぶねー」


 彼は足を止めると息を吐き、少しだけ緩い様子で力を抜く。

 それが私には隙に見えて、踏み込んで拳を振るうも当たらない。

 振るった際には既に私の死角に体を沈め、受け難い角度から光剣を振るう。


「っ!」


 けれどこれは躱せると判断し、上体を逸らすだけで躱しながら蹴りを放つ。

 ただそこで「しまった」と思ったもののもう遅い。この蹴りは止められない。

 不味い。当たればガンさんが死んでしまうかもしれない。


 いやだ。待って。止まれ。止まって。お願い!


「ふうっ!」


 けれど私の紅を纏った一撃は止められず、代わりに私が想像した未来も起こらなかった。

 彼が腕の一点に青い光を集中させ、最低限の対処で蹴りを受け止めた事で。


「いってぇ・・・!」


 ただし無傷とはいかなかった様で、顔を顰めながら距離を取る。

 腕を痛そうに振りながら、けれど痛みなど無かったかの様にすぐに構えた。

 そしてさっきと同じ様に一旦力を抜き、ゆるっとした雰囲気からまた突っ込んで来る。


 また私の死角に潜るつもりだと、流石に三度目ともなれば解る。

 彼の動きに付いて行くように、その場で体を回して正面で迎えようとした。

 けれど彼は更に私の後ろに回り込み、私の動きを超えて死角を取る。


「―――――っ」


 視界の端に映る青い光を頼りに、その光に向けて拳を振るう。

 また力がぶつかり合う感覚が拳に響き、魔道具の腕が痺れる様に震える。

 躱せなかった。今のも受ける事でしか対処できなかった。


 彼の攻撃を受けるつもりはあった。元々はそのつもりでお願いしていたのだから。

 けれど一撃目も三撃目も、単純に受ける事しか出来ないだけ。

 躱せない。彼の動きが目え終えない訳ではないのに。

 見えている。最初の一撃だって見えていた。なのに上手く躱せない。


 凄く、やり難い。


「ぶねっ!」


 反撃を打ち込むも躱された。一撃目を打ち込んだ時と同じ様に。

 彼の動きが上手く捉えられない。当たると思った一撃が当たらない。

 二撃目の蹴りこそ当たったけれど、今思えばわざと受ける為に足を止めた様に思う。


『・・・グロリアとここまで打ち合えるか。やはり侮れんな『魔道具使い』は』


 距離を取ってまた息を吐くガンさんに、ガライドがそんな感想を漏らす。

 侮れない。ガンさんを。そうか。私は彼を侮っていたのかもしれない。


「・・・自惚れるな」


 私は何故両手足を失った。負けたからだ。あの光に勝てなかったからだ。

 なら同じ恐怖を感じさせる彼に、何で簡単に勝てると思った。

 こんな事当たり前だ。躱されて、受けられて、当たり前の事だったんだ。


 私は彼を気遣う立場じゃない。彼に胸を貸して貰う側なんだ!


「――――――いき、ます!」


 今度は全力で踏み込む。一撃目の時の様に、彼の事を気遣うのは止めだ。

 何時も通り力を込めて、何時も通り魔獣を打つように、彼めがけて紅い拳を振るう。

 その光は彼の残像だけを打ち抜き、外した確認をする前に全力で横にとんだ。


 私が立っていた所を走る青い煌めきと、私の移動に付いて来るガンさんを視認。

 踏み止まりつつ蹴りを放ち、躱されたかどうかの確認前に体を捻って追撃の蹴りを放つ。

 体を宙でコマの様に回した二段蹴り。どうやらその二段目は躱せなかったらしい。


「ぐっ!」

「っ!」


 足に強い衝撃が走り、力がぶつかり合う音と共に吹き飛ばされた。

 躱せないと判断して即座に光剣での迎撃に切り替えたらしい。

 転がりながらガンさんの動きを確認し、バンっと手で跳ねて構え直す。


「っ、ああああああ!!」


 声を張り上げる。闘技場で戦っていた頃の様に。まだ全てが全力だった頃の様に。

 そういえば最近声を上げた一撃何て、殆ど放った覚えがない。

 手加減の訓練をいっぱいして、それなりに加減を覚えたからだろうか。


 魔獣相手でも、どの程度力を籠めれば良いのか、というのが最近は解っている。

 今の私は全力を出さなくて良い。力を振り絞らなくても魔獣を倒せる。

 その一瞬に全力を注がずとも生きていけるから。けれど、今は――――。


「があっ!」

「うおっ!?」


 足に、腕に、体に、全身に力を込めて動く。そこで初めて彼に付いていけた。

 当たり前だ。何で加減して付いて行けると思っていた。

 私がガライドを手にした時間と、彼が光剣を手にしていた時間の差を考えろ。


 彼は『魔道具使い』として私の遥か先を歩いていた人だ。

 そんな人に気を遣う? ふざけるな。自惚れるな。馬鹿にするな。

 何で勝てると思った。力を抜いてなんで戦えると思った。


 体に力が漲る。紅い光が強く輝く。光が私の体全てに力を与えて来る。

 これでやっと互角だ。ここまでやって初めて私は彼追いつけるんだ。


「ああああぁぁあぁあぁぁああああああ!」

「はあっ!」


 紅い光を纏った拳を全力で振り抜き、青い光に上手く弾かれた。

 ただしその一撃で青い光は吹き飛んで、けれど私の拳には力が残っている。

 単純な力比べなら私の方が上だ。けれど彼の動きは力だけじゃ対抗できない。


 彼の戦い方は人間を相手にした戦闘じゃない。魔獣を相手にした戦闘方法だ。

 極力正面に立たず、出来るだけ死角を取り、攻撃を悟られない位置から打つ。

 最初から真正面の戦いをする気が無いんだ。


 真正面からしか戦ってこなかった私には、これ以上ない程に戦い辛い。

 私が反撃をする事も込みで動き回り、気が抜けた様で冷静な目が余計に怖い。

 怖い。やっぱりこの人は怖い。ガンさんの事がとても、とても怖い。


「があっ!」

「うおおお!? っぶねぇ!」


 だから紅い光を塊で振り回した。彼ならきっと避けると信じて。

 死角を全て潰す様に紅い光をぶちまけ、私の死角に回れない様に。

 そして彼は私の意図にすぐ気が付き、すぐさま距離を取った。


「うわぁ・・・羨ましい。俺がそんな事したら、一瞬で動けなくなるんだよなぁ」

「これしか、私がガンさんに、勝つ方法が、ない、ので」

「けどそれやられると今度は俺に勝ち目が無いな。困った。どうするかな」


 ガンさんは軽く答えながら、けれど構えを解く気配はない。

 それに多分、彼はまだ加減をしている。だって彼は一撃毎に威力を上げている。

 そう思って警戒をしていたら、彼は何故か構えを解いた。


「すまん。一回休憩させてくれ。ちょっときつい」

「あ、は、はい・・・」


 それどころかドスンと尻もちを搗く様に座り、完全に力を抜いてしまった。

 もう怖さを感じないから、本当に休憩なんだろう。

 魔力が切れた、のかな。いや、切れる前に休憩して再開、かな?


『・・・休憩か。ふふっ、まあ、危なそうだったら手を出すか。お互い大変だな、保護者は』

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