閑話、王女の認識

 遊ばれている。正直そう思う所は大きい。


 最初に恐怖を植え付け、そして負い目を作り、下手に動けない様に枷を付けられた。

 スタートはマイナス。頑張ってプラマイゼロ。そんな状況を余儀なくされている。

 だからといって彼女に、リーディッドに本気で訴える行為は悪手だ。


 古代魔道具使いの少女が彼女の事を信頼していると、この短い間に理解させられたのだから。


 グロリアの前であっても、リーディッドという女は自分を崩さない。

 悪態を吐きたい時は平然と吐くし、何なら基本的に不遜で辛辣で性格が悪い。

 グロリアにだけ優しいかと言えばそんな事も無く、彼女も厳しい言葉は口にされていた。

 けれどそれでもグロリアは、リーディッドに不満な顔を絶対に向けない。


『それに、昨日は何の成果もありませんでしたか?』


 無い訳が無い。有った。むしろ判断材料になる物の方が多い。

 昨日の野良仕事は辛かったが、それでも得られる物は多くあった。

 彼女がこの街を好きな事も、街の住人に好かれている事も、あの三人を信頼している事も。


 だからこそ遊ばれていると思ってしまう。見て良い物だけを見せられていると感じる。

 そして何よりも、何故かリーディッドは私と彼女の仲を取り持っている。

 余りに不自然過ぎる程に、私と彼女の距離が近くなる様に動かされているんだ。


『王女様、頑張り、ましょう・・・!』


 嫌がらせではなく、本心からの応援。彼女は私に不快感を持っていない。

 表情が乏しいだけで、そこにはほんの少しの好意が見える。

 勿論彼女の演技が上手いのであれば、私の目が節穴なだけだろう。


 けれど、アレは演技には見えない。むしろ演技が出来る人間にも見えない。

 なら何故、リーディッドは私とグロリアを近づける。一体何を企んでいる。

 いや、そもそもこれは彼女の案なのか。もしかしたらあの頭首の思惑が在るのでは。


 不利益どころか利になるからこそ、一体何を考えているのか全く解らない。

 彼女達にしてみれば、私達が近付かない方が都合が良いはずなのに。


「魔獣が、来ます」

「ええ、グロリアさん、お任せしても宜しいですか? 倒した後は食べて構いません」

「はい」


 二人の会話が耳に入り、はっとして何時の間にか下がっていた視線を上げる。

 余りに何事も無さ過ぎて、平和過ぎる道行きで思考に耽ってしまっていた。


「――――――っ」


 ただそんな緩い思考は一瞬で凍り付く。眼前に迫る化け物の存在で。

 大きな森の木を超える程ではない。けれど大木を体当たりで薙ぎ倒せる体躯。

 家屋がそのまま走って来るかの様な大きさの魔獣に、足の力が抜けた。

 ヘタリと座り込んでしまい、死が迫って来る感覚を覚える。


 逃げなければ。戦ってはいけない。逃げなければ死ぬ。殺される。食われてしまう。


「いき、ます!」


 そんな息が出来ない程の恐怖の中、良く通る声が響く。

 次の瞬間には言葉を発した少女の姿がブレて、魔獣の頭が弾け飛んだ。


「・・・はぇ?」


 思わず、変な声が漏れた。一体今彼女は何をやった。

 いや、解っている。結果を見れば解らない訳が無い。

 彼女がやった事は単純明快な手段。



 近付いて、殴った。ただそれだけ。



 魔道具を使った気配は無かった。勿論四肢が魔道具な事は解っている。

 普段からその四肢で生活している以上、魔道具の使用自体はしているんだろう。

 それでも戦闘の為に使うならば、魔道具特有の力の流れが発せられるはず。


 彼女にはそれが無い。つまり彼女は、戦闘で魔道具を使用していない。

 アレはただ四肢を動かし、自らの実力のみで魔獣を打倒したんだ。

 当たり前の様に。何でもない事の様に。あの程度『敵』とすら認識しない力で。





 ――――――――――――――――本物の、化け物。





 心の底からそう感じた。アレは化け物だ。人間の形をした化け物だ。

 あれと万が一戦う? 馬鹿げてる。あんな物と戦う事を想定に入れるべきじゃない。

 それは本当の万が一だ。絶対に避けなければいけない万が一だ。

 手段に含んでいい万が一では、けっしてない。


 私の中の認識を改めていると、彼女は倒した魔獣を掴み―――――かぶりついた。


 口の周りを血に染め、紅いドレスに赤をしみこませ、貪るように魔獣を食らう。

 それはまるで魔獣の命を食らっている様で、そこに居るのが人間なのか自信が無くなる光景。

 だって人間にそんな事は出来ないはずだ。生では食べられないなんて子供でも知っている。


 意味が解らない。何故彼女は魔獣を生で食べているのか。一体彼女は何をしているのか。

 何なんだ。彼女は一体、あの化け物は一体、何なんだ・・・・!


「これが魔獣領です、王女殿下」

「っ、魔獣、領・・・?」


 グロリアという化け物の恐怖に慄いていると、静かな声が私を正気に戻した。

 顔を上げると冷たい目が私を見下ろしていた。同じ人間を見ているとは思えない目で。


「他の領地なら、討伐隊が組まれる様な魔獣が当たり前に居る。ここはそんな土地なんですよ。解りますか王女殿下。我々が、邪魔をしてくれるな、という理由が」

「・・・ええ。ええ、私も、貴女の立場なら、同じ気持ちになります」


 彼女の強さに目を奪われ、その前の魔獣の恐怖を忘れかけていた。

 けれど私が恐怖した魔獣に対して、リーディッド達は最初から恐怖を見せていなかった。

 つまり日常なのだ。これがこの領地の当然。あの程度の魔獣は見慣れている。


 ああ、まさしく魔獣領だ。おかしな魔獣が当然のようにいる危険地帯だ。

 安全地帯から適当な事をぬかす王侯貴族など、不快感しか感じて来なかった事だろう。

 誰も彼も『魔獣領の魔獣』を理解せず、支援をする気すらないのだから。


 何時も魔獣の危険に晒されている面倒な土地。その程度の認識でしかない。

 もしこの領地が壊滅する事が有れば、その時は国が壊滅しかねない事態だというのに。


「ただその危険な土地は、グロリアさんにとって都合が良い土地なんですよ。出来れば彼女の邪魔をしないで頂けると、私達も助かるんですけどね」

「・・・貴女も彼女を利用しているという点は、私達と変わりませんね」


 魔獣領の魔獣を、けが人を出さずに討伐できる。

 そんな存在を抱えていれば、それは当然助かる事だろう。

 だがその発言は、結局の所私達と同じ穴の狢だ。


 都合が良いなんて、都合が良くなる様にしただけだろう。

 彼女がこの街を守りたくなる様に。そう誘導したに違いない。


「ええ。自覚しています。だから私は私が心底嫌いですよ。どう取り繕っても私はグロリアさんの力を有効活用して、この街の平穏を保とうとしている。だからこそ対価は惜しまない」

「・・・その一つが、私と彼女の友好ですか」

「ご名答です。彼女が幸せに生きられる様に。彼女が不幸にならない様に。それが彼女に返せる対価。貴方達ではけして考えない対価でしょう?」

「・・・ふふっ、そうですね。彼女の幸せなど、王家は欠片も考えませんね」


 がつがつと魔獣を食らう少女を見ながら、震える腕を抑えて応える。

 やっぱり私は彼女と近づけられていた。彼女が私へ好意を持つように仕向けられていた。

 それは私の為ではなく、全てはあの少女の為。グロリアという人間への報酬の為。


「最善の選択を祈りますよ、王女殿下」

「・・・ええ」


 信じるかどうかは解らない。けれどこの領地であった事は全て告げよう。

 その上でもしお父様が手段を間違えるのであれば・・・その時は仕方ない。










 父殺しに、国王殺しの謀反になろうと、国を守ろう。

 彼女を国の敵にしない様に。彼女が国を滅ぼす理由を作らない様に。

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