第94話、森の入り口

「リーディッド様、今度は本当に、本当に見せて頂けるんですよね?」

「王女様は疑り深いですね。そう言ってるじゃありませんか」

「疑り深くもなります。貴女の言葉は信用出来ません」

「それは良い。私も王侯貴族の言葉を信用しておりませんので」

「・・・意趣返しにしても、こんな小娘に対してつまらないとは思いませんの?」

「ええ、つまらないですね。こんな事を意趣返しなどと捉えている時点で」


 半眼で詰め寄る王女様に、同じように半眼で返すリーディッドさん。

 違いがあるとすれば、前者は怒りで後者は呆れという雰囲気な事かな。

 何でこうなっているのか、最初は解らなかった。

 けど二人の会話を聞き首を傾げる私に、ガライドがとある会話を聞かせた。


『リーディッド様、騙しましたね』

『一体何の事でしょうか』

『惚けないで下さい。貴方が言ったのではないですか。魔獣退治の大半はグロリアさんが受けると。彼女に付いて行くというのはそういう事だと』

『それのどこが嘘なのでしょう。グロリアさんが魔獣退治しか受けない、等とは一言も言っておりませんよ?』

『あ、貴女が真剣な表情で、守る余裕などないと告げたから・・・!』

『事実です。魔獣退治の依頼で貴女を守る余裕など私にはありませんよ』

『~~~~~っ!』

『納得して頂けたようで何よりです』


 という会話が昨日の夜にあったらしい。どうやら彼女は魔獣退治を見たかったようだ。

 けれど実際に付き合ってみれば、やった事は街中の平和なお仕事ばかり。

 リーディッドさんに騙された、と思っているらしい。


「それに貴女の目的は彼女を見定める事でしょう。私の言葉がどうあれ、付いて来る事が貴女の仕事では? 思っていた事と違う等、些細な話でしょう。違いますか?」

「それ、は・・・」

「それに、昨日は何の成果もありませんでしたか?」

「・・・いえ、とても良い、判断材料でしたわ」

「そうでしょうね。であれば責められる謂れは有りませんが。私は貴女の目的が達せられる様に手を貸しても、邪魔だてなどは一切やっておりませんので。違いますか?」

「・・・ええ、そうですね。その通りです」

『実際リーディッドは王女の邪魔はしていない。むしろ協力している節すらある。発言自体は確かに辛らつだし、わざと伏せている場合も有るが・・・ふむ』


 王女様は少し不服そうな表情だけど、納得の言葉でリーディッドさんに返した。

 彼女の目的が私を見定める事なら、常に私と一緒に居る必要が有るんだろう。

 そう考えれば、実際リーディッドさんは邪魔なんてしていない。


 ただちょっとした誤解・・・この場合は確認不足になるのかな?

 それで少し言い合いになってしまっただけで、そこまで問題は無い様だ。

 そう認識してホッと息を吐き、喧嘩にならなくて済んだ事に安心した。


「それで、話が付いたと判断して良いのか?」

「もめてる状態で森に入っても危ないだけだからねー」


 ガンさんとキャスさんも私と同じ認識なのか、そこで二人に声をかけた。


「揉めていませんよ。私が言いがかりをつけられただけです」

「いやー、だって全部リーディッドの性格が悪いせいじゃーん。ねえ、ガン」

「間違い無いな。コイツの性根の曲がり具合は初対面の人間にはきつい」

「貴方達、後で覚えていなさいよ・・・」

『こいつら何時も思うが、仲間内で容赦が無いな。まあ私も否定しないが』


 性格、悪いのかなぁ。私には優しい人なんだけどな。

 勿論色々注意もされるから、厳しい面もあるのは知ってる。

 相手によっては嫌味とか、私にはわかり難い攻撃的な言葉も使ってる。

 けど周りの事を本当によく見ていて、必要な事をちゃんと言ってくれる人なんだけどな。


「んじゃまー、いこっか王女様。まあ何かあったらガンが盾になってくれるから大丈夫大丈夫」

「さらっと人を盾にしようとするな。お断りだ」

「ガンはこんなか弱い乙女達を守らないって言うの!?」

「達? 俺に目には二人しか乙女が見えない。可愛いドレスの着てる二人しか」

「リーディッド。コイツ森の木に縛ろう」

「良い案ですキャス。そのまま魔獣の餌にしましょう」

「怖い怖い怖い。目がマジで怖い。そういう所だよお前等」


 ドレスの二人。私と王女様かな。乙女って若い女性って意味だよね。

 なら四人とも乙女だと思うんだけど、ガンさんには違うのかな?

 何て首を傾げながら、皆で森の方へと歩いて行く。


 ただし今日は何時もの様に、ガライドの指示で森に入る訳じゃない。

 領主さんの指示のもと、壁の向こうの平地から森に入る予定だ。

 普段はそんな事しちゃいけないんだけど、今日は特別って言ってた。


『別の場所から入って死なれても面倒だからね。君は何時もの様に動けないだろうから、面倒をかける形になる。でも出来れば王女の命は守ってくれるとありがたい。お願い出来るかな』


 そう、領主さんから頼まれている。リーディッドさんにもだ。

 なので今日は何時もと違って、あんまり奥まで走って行くわけにはいかない。

 だって王女様体力ないし、走るの遅いし、置いてったら危ないし。

 護衛の人達も一緒に付いては来るけど・・・この人達、あんまり強くないから。


「きを、つけよう・・・!」


 今日は何時もより警戒を上げよう。ふんすと気合を入れて歩を進める。

 壁に付いたら兵士さん達に挨拶をして、中に通して貰って反対側に出る。

 すると傭兵さん達が何時もの仕事をしていたから、彼等にも挨拶をして森へ入った。

 そこで王女様が壁の方を見ながら、怪訝そうな表情で口を開く。


「・・・砦の様子は随分のんびりしていますね。もっとピリピリしていると思っていました」

「今の時期はそこまで警戒をする必要はありませんからね。勿論例外はありますが」

「時期・・・魔獣溢れの時期、でしたっけ」

「ええ。流石にあの時期だけは、空気がひりつきますね」


 魔獣溢れ。一定時期になると森から魔獣が溢れて来る事が有ると聞いている。

 まだその時期からは遠いらしいけど、その際強い個体もそこそこ現れるとか。


「では普段は魔獣の森も警戒対象ではない、という事ですか?」


 王女様のその問いに、リーディッドさんが足を止めた。

 そしてギロリと睨んだせいか、王女様はビクッと身をすくめる。


「貴女の目は節穴ですか。あの砦と人員を見て本気で言っていますか?」

「・・・失礼を口にしました。謝罪いたします」

「結構です。私に謝罪されても意味はありませんので」

「・・・解りました」

『こればかりは、リーディッドが正しいな。今のは迂闊過ぎる発言だ。普段から警戒をする必要が有るからこそ、あの様な砦と、常に人員をあの場に割いている訳だからな』


 暇だ退屈だー、って言ってる人が多いから勘違いしそうになるけど、そうだよね。

 魔獣から街の人を守る為に、ここで兵士さん達も傭兵さん達も待ち構えてるんだし。


 そう私が納得した会話以降、会話らしい会話はほぼ無かった。

 あえて挙げるなら、リーディッドさんが移動指示を出してるぐらいだろうか。

 それは何時もと違って魔獣を避ける指示じゃなく、魔獣に向かう指示みたいだ。


 ただ、向かった先で魔獣が皆逃げてるけど。


『どうもグロリアの力を察知して逃げている様だ。元々入り口に近い個体は、奥の危険な魔獣から逃げて生き延びているのだろう。それを考えればこの結果は自然と言えるな』

「です、か」


 目に映る『マップ』の赤い点を見ると、どんどん離れて行くのが解る。

 これじゃ今日は魔獣を食べるのは無理かもしれない。

 でもそれでも良いかな。今日はいっぱい食べるの諦めてたし。

 王女様を無事に屋敷に帰せたらそれで良いかな。


『お、肝の座っている魔獣か、それとも危機察知能力が無いだけか、一体残ったな』

「です、ね」


 どうやら一体だけは食べられそうだ。

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