閑話、王女の苦悩

 父から重大な仕事を言い渡された。

 新しく現れた古代魔道具の使い手と、確たる友好を築いて来いと。

 これは王家にとって千載一遇の好機であり、失敗は出来ないと。


 我が国は平和だ。ただそれは、周辺国全てが平和主義だからではない。

 国に『古代魔道具』という圧倒的な力が存在するが故の平和だ。


 勿論他国に古代魔道具が一切無い訳ではない。

 けれど古代魔道具を複数持っている国など稀だ。余程の大国でも3つも有れば多い方か。

 その上使い手も必ず確保できる訳じゃなく、物によってはかなりの素質が必要になる。


 なのに過去古代魔道具の使い手同士がぶつかって、国ごと消えた事も有った。

 消えた国はとてもとても小さい国だったけれど、それでも国ごと吹き飛んだのだ。

 片方ではなく、どちらもの国と魔道具使いが。こんな無意味な事は無い。


 なら貴重な魔道具と人材を潰す様な真似は避けるのが当然の思考。

 結果として古代魔道具を持つ国同士の争いはほぼ無いのが今の時代。

 帝国や小競り合いしている小国も存在するけれど、大体の国はそんなものだ。


 ただ我が国の古代魔道具は、我が国の物であって我が国の物ではない。

 国を興した時に国王を支えた者の末裔が、今も古代魔道具の保持者として生きている。

 けれど何時からかあの家は、その力をちらつかせて優位に立つ為の動きを始めた。


 王家としては無下にできず、他の貴族は当然の事だ。

 何せあの家がこの国にあれば、安寧は約束された様なもの。

 だが肝心の古代魔道具使いの家は、権利を主張しても義務をほぼ果たさない。


『古代魔道具による国防。それが我が家の最大の義務。そうでしょう?』


 咎めた所でかの家はそんな事を言い出す始末だ。

 それでもその言葉が全て嘘ではなく、父は譲る事しか出来なかった。

 更にあの狸は腹の立つ事に、父が突っぱねられないラインを見極めて来る。


 絶対に譲れない内容なら父も決別をするのに、アレはそうならない様に気を付けている。

 先代や先々代も少々面倒な相手だったらしいけれど、今代は特に酷い。

 家も、魔道具使いも、どちらもが。本当に質が悪い。


 せめてあの家の妹が古代魔道具使いであれば・・・いや、それはそれで危険か

 あの娘は少々正義感にかられ過ぎて、視野が狭い所が見える。

 姉とは別の意味で扱いづらい人間な事は間違い無い。


 だから新しい古代魔道具使いが保護された先が、魔獣領だという事は幸運だった。

 あの家は政権争いに興味が無い。ただひたすらに義務を果たし続ける家だ。

 その代わり貴族の面倒をかけてくれるな、という貴族らしからぬ家ではあるが。


 あの家に保護されたのであれば、たとえ少女がどんな身分であっても悪い扱いは受けまい。

 それに変に何処かと組んで、おかしな事をやる心配もない。そう、思って、いたのに。


「いえ、あの家のお嬢様が訪ねて来られましてね。後ろ盾になると。こちらとしても少々騒動が有りましたので、それも良いかなーと。あ、機密が漏れた事を責めてる訳じゃないですよ? ええ妹や領民の命が危なかったとか、そういう事も無いですし。グロリアさんも無事ですしねー」


 ニッコニコしながら、魔獣領の頭首はとんでもない事を言って来た。

 怒ってないと言っているけど、これは目茶苦茶怒っている。

 あったのだ。領民や妹の危機が。グロリア嬢が狙われる事態が。


 彼が妹を溺愛している事、領民を大事にしている事は有名だ。

 そして彼としては、グロリア嬢は既に自分の領民なのだろう。

 ならば守るべき人間を危機に陥らせた。その事実は腹立たしいに違いない。

 そもそも政争を嫌う家なのだから、それに巻き込まれた時点で怒りを示して当然だ。


 なのに誰だそんなバカげた事をしてくれたのは。この手でくびり殺してやりたい。

 ああもう完全に出遅れた。これでも早く動いたのに。物凄く速く動いたのに。

 というかあの女が敵対ではなく、取り込みに来るとは思わなかった!


「ふん、問題無い。魔道具使いの女が帰って来た時に、俺の提案を聞けば話は変わるさ」


 全部この馬鹿兄のせいだ。途中で付けて来ている事に気が付いて撒こうとした。

 けれど撒く事が出来ずにただ時間を使い、更に口論でまた時間を使った。

 自分を差し置いて仕事を貰うなど烏滸がましい、とかたわけた事を言って聞かない。

 それ以上時間を無駄にする事も出来ず、連れて来る事になってしまったのも痛い。


 ああもう、今すぐ王族の地位を剥奪して城に送り返したい。

 何処かの塔に幽閉して一生を悔いて暮らして欲しい。

 でも出来ない以上は何か考えないと。今回の件で失敗する訳にはいかない。

 この馬鹿と鉢合わせる訳には絶対にいかない!


 そう思い誠心誠意機密漏洩の謝罪をして、魔獣領の頭首に相談をした。

 コレと接触する前に、これの事情を話して少しでも王家に不快感を与えない様にと。

 彼女が帰って来るという日に、帰還ルートを教えて貰って待ち構えた。


「・・・来ないわね」


 人の邪魔にならない様に端に避け、のどか過ぎて誰も通らない道でひたすら待つ。

 けれど一向に彼女は現れない。それらしき車は全く見えない。

 在るのは偶に通る農民の犬の魔獣車ぐらいだ。もうあの子達と戯れたい気分になる。


 私の車を引っ張る子は地竜とか呼ばれてるけど、大きなトカゲにしか見えない。

 竜と言うならせめて立って欲しい。四足で地を這わないで欲しい。

 後目が怖いの。何を考えているのか解らない目が。あの目凄く苦手。


 物凄く速いし言う事もちゃんと聞くんだけど、どうしても苦手なのよね。

 まあ子供の頃に手を出して、ばくっと右手を噛まれたせいもあるのだけど。

 噛まれたというか、咥えられたというか、怪我がなかったから良かったわ。


「・・・っ、誰か街の、領主館の様子を見て来て!」

「はっ!」


 トカゲとにらめっこしている途中で、引っかかりを覚えて指示を出した。

 何かがおかしいと、勘でしかないけれどそう思って。

 いや、街の方が騒がしい気がしたから、というのが一番の理由だろうか。


 護衛の一人がトカゲに乗って走っていく。早いんだけどやっぱり犬の方が良い。

 ドレスに毛が付こうがあの可愛さの前には些細な事だ。


「ひ、姫様! 古代魔道具使いが街に戻っています!」


 果たしてそれは正解だった。彼女が別の道から屋敷へ帰っているという。

 しかもあの馬鹿兄が出迎えに待っている。それは絶対に不味い!

 あの頭首、完全に王家と敵対するつもりなの!?


 いや、流石にそれは無いはずだ。きっと何かしらの意図があるはず。

 でも今はそんな事を考えている暇は無い。早く戻らないと!


「直ぐに屋敷に戻って!」


 急いで車を飛ばす様に指示をするも、間に合わない事は確実だ。

 それでも急いだ。少しでも急いで、傷口を少しでも小さくする為に。

 そしてその途中で、アレは現れた。


「―――――――っ」

「姫様、あれは、まさか」


 空に立ち上る紅い光。綺麗で見ほれる様な鮮やかな光の柱。

 けれどアレは魔力の塊だ。背筋が震える程の膨大な魔力の柱だ。

 アレは、アレが、まさか、古代魔道具の一撃。


「急いで! 飛ばして!」


 アレが放たれたという事は、確実に兄は彼女の機嫌を損ねている。

 だってあの光で呑まれた車は、兄が乗って来た物なのだから。


 いや、もうあれを兄とは思わない。アレはもう王家に要らない。

 あんな事が出来る存在の機嫌を無駄に損ねるなんて、最早お話にすらなりはしない。

 むしろあの攻撃で死んでいる方がせいせいする。その方がまだ役に立つ。


 いや、まさか、頭首はそれが狙いか。愚昧な者を排除する為に私を遠ざけたのか。

 良い機会を貰ったかもしれないが、その分あの力を持つ者の怒りを買っている。

 どうせ怒りを買わせて排するなら、私との顔合わせを優先して欲しかった。


 それとも他にも思惑が在るのだろうか。あの頭首はいまいち考えが読めない。

 解るのは今回王家に対し腹を立てているという事実だけだ。

 ああもう、どうせ間に合わないのであれば、一旦城に帰って拘束して出直すんだった!

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