第86話、本命

 確かな手ごたえを感じながら、ポテポテとリーディッドさんの元へ戻る。


「リーディッドさん、これで良い、ですか?」

「ええ、ありがとうございます」


 ちゃんと出来ていたと思うけど、念の為確認を取った。

 すると彼女はにっこりと笑い、私の頭を優しく撫でて礼を言う。

 どうやら期待に応えられたみたいだ。良かった。


「で、彼女を取り押さえる、でしたっけ。そちらの護衛の方々に出来るのですか?」

『連中の様子を見る限り、出来そうには見えんがな』


 リーディッドさんが冷たい目を向けると、少年の傍にいる兵士達は怯む様子を見せた。

 ガライドの言う通り、多分彼らは私を取り押さえる事は出来ない。

 だって最初の時点で、私の動きに反応出来てなかったし。


 因みに少年は大きく目を見開き、見覚えのある表情で私を見ている。

 ただどこで見たのかが思い出せない。確かにあの表情を見た気がするんだけどな。

 驚いている様で、けれど何処か怯えている様な・・・。


「ば、化け物・・・!」


 ああ、思い出した。そうだ、私を『化け物』と呼ぶ人があの表情をしていた。

 闘技場で魔獣を食べている時、お腹が膨れて余裕が出た時に何度か見た覚えがある。

 私に声援を送って来る人達の中に混じって、何人かそういう人が客席に居た。


「失礼ですね。こんな可愛らしい子に化け物などと」

「い、今の魔力量を見て、化け物と言わずに何と言うんだ! 明らかに人が放てる魔力量を超えている! なのに何故平然としていられる! どう考えても人間じゃないだろう!!」

「恐怖で錯乱しているとしても話になりませんね。アレを見たらまずやるべき事は謝罪じゃないんですか。貴方はあんな芸当が出来る娘に喧嘩を売ったんですよ?」

「け、喧嘩だと!? 違うだろう! 俺は――――」

「貴方がどう思おうと、貴方は喧嘩を売った。もし彼女が短気なら既に貴方は死んでいます。下手をすればそのまま国が滅びますよ。彼女はそれだけの力の持ち主です」

「っ・・・!」


 少年は言葉に詰まり、私とリーディッドさんの間に視線を往復させる。

 本当に私が国を亡ぼすと思っているんだろうか。私にそんな事は出来ないと思う。


 だって喧嘩を売ったという話であれば、売って来たのは彼等だけだ。

 彼等に反撃をする事があっても、それ以外の誰かにするのはおかしい。

 何も悪くない人が傷つくのは間違ってると思う。だから私はそんな事やらない。


「あ、あんな魔力量の攻撃を、何時までも放てる訳が無い。確かにその力は脅威だか、国を相手に戦い続けられる訳が無いだろう。国を挙げて数で取り押さえれば――――――」

「そこまでーーーー!」


 少年が再度私を取り押さえると言い出した所で、女の子の大きな声が響いた。

 声の主に目を向けると、門の所に可愛らしいドレスの少女が立っている。

 それと彼女の傍に、兵士さんらしき人が数人。


 女の子は険しい顔を領主さんに向け、けれど領主さんはハハッと笑い返す。

 まさか彼女も少年と同じで、この家の人に害を与える人だろうか。


「・・・そういう事ですか。道理で全員馬鹿な行動をとった訳です」

『む、リーディッドが納得しているという事は、彼女は知り合いか?』


 え、そうなの? なら変に警戒しない方が良いのかな。

 私にはちょっと判断しかねると思い、暫くの間黙って成り行きを眺める。


 ・・・何時もそうなんじゃないかなって、今ちょっと自分で思った。


「何故私に嘘を教えたのか、お教え願えませんか、ご頭首様?」

「いえいえ、ちょっとした手違いですよ。嘘なんてそんなそんな」

「解りました、もう良いです。貴方を問い詰めても何の得も有りませんから!」

「それは助かります、王女殿下」

『王女・・・まあ小僧が殿下と呼ばれていた事を考えれば、驚く事でもないか』


 王女殿下。あの少女は王女様って事かな。あれ、王女様ってお城に居る人だよね。

 何でこんな所に居るんだろう。後なんで怒ってるんだろう。

 首を傾げながら様子を見ていると、少女はツカツカと少年へ近付いて行く。


「お兄様、何やら物騒な事を仰られておりましたね」

「ああ、あれは危険だ。俺の言う事に従う気を見せない以上――――」


 この二人兄妹なんだ、なんて思っているとパァンを良い音をたてた平手が入った。

 その衝撃に耐えられなかったのか、少年は尻もちをつく。


「馬鹿だ馬鹿だと思っていましたが、これ程までに馬鹿だとは思っておりませんでした。貴方は本気で国を滅ぼしたいのですか。兄だと思い我慢していましたがもう許せません。今回の件は貴方を王族から排するに十分な理由になります。私は金輪際貴方を兄とは思いません」


 少女はさっきのリーディッドさんと似た、凄く冷たい目と声で少年に告げる。

 その迫力に呑まれているのか、少年は何も言えずに見上げていた。

 彼から視線を切ると、少女は自分の傍にいる兵士さんらしき人達に目を向ける。


「この馬鹿を捕らえなさい。王族として扱う必要はありません。これ以上余計な事を口にされても面倒なので口も封じておくように」

「なっ、は、はなせ、貴様ら俺をだむぐっ――――」


 兵士さん達はさっと動き、少年を拘束して口にも布を撒いた。

 それでまだモガモガ言っていたけど、更に布を撒かれた辺りで大人しくなる。

 彼の傍にいた兵士達は困惑した表情でその様子を見ていた。


「お前達の処遇は後で決めます。もし彼女に無礼を働いている場合は覚悟しておきなさい。最悪その命で贖って貰います。王族の命だから逆らえなかった、等という言い訳が通用すると思わない様に。逃げたらお前達の家族に咎が向くと思いなさい」


 そんな兵士達に向けて、少女が厳しい声で言い放つ。

 兵士達はその言葉に反論する事無く、膝を突いて頭を垂れた。

 それを見届けた少女は小さく息を吐くと、私に申し訳なさそうな顔を向ける。


「ふぅ・・・取り敢えず、これでやっとお話が出来ますね。貴女がグロリア様ですね。アレが大変な失礼を働き、誠に申し訳ありませんでした。アレは私が父に仕事を任せられた事を知り、変な嫉妬で付けて来ていたのです。帰るように何度も言ったのですが言う事を聞かず・・・」


 え、ええと、状況に追い付けてないから、ちょっと待って欲しい。

 そう思っている間も勢いよく彼女の会話は続き、ただ大半が謝罪の言葉である事は解った。

 何度も何度も謝る彼女に、逆に私が申し訳なくなって来る。だって彼女は何も悪くないし。


「アレと先に接触させまいとご頭首に相談して、帰還ルートを教えて頂いたのですが、幾ら待っても現れない。おかしいと思い人を出してみれば、屋敷で待ち構えていると言うではありませんか。本当に慌てて急いで戻ってきました。私、彼には文句を言っても構いませんよね?」


 え、えと、どうなの、かな。私に聞かれても、どうとも答えられない。


『この娘の到着が遅れたのかと思っていたが、元からこの街に居たのか。あの領主は一体何を考えているのやら。グロリアを都合良く使う為の策であれば、少々お灸が必要か』

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