第85話、紅の一撃

「ふぅーーーーー」


 リーディッドさんが顔を俯け、とっても大きなため息を吐いている。

 そして顔を上げると面倒臭そうな表情で、少年に向けて口を開いた。


「貴方、本当に何しに来たんですか」


 ただその声音はとても冷たくて、隣で聞いている私がビクッとしてしまった。

 それは言葉を向けられた本人も同じだったらしい。

 あんなに騒がしかったのに、ビクッと怯むと静かになった。


「何しに、など、決まっているだろう。そこの古代魔道具使いを城に連れ帰る為だ」


 それは、多分、そうなんだろうなとは思った。

 私から魔道具を取り上げて、どこかに連れて行きたいみたいだったし。

 ただ彼が何と言おうと、今の私が彼に従う事は絶対に無いけど。


「でしょうね。そうでしょうとも」

「解っているなら何故聞いた」

「ちっ、は~~~~~」

『・・・この小僧本物だな。怒りが飛んで行く程に呆れてしまうぞ』


 少年は逆に問いかけて来たけれど、リーディッドさんは舌打ちの後にため息を返す。

 応えるのも面倒臭い。私にはそんな風に見えた。

 ガライドも同じ気持ちなのか、さっきまでの怒りの様子が無い。


「貴方の行動が、その目的とは余りにかけ離れているからですよ」

「何だと?」

「どうせ彼女を迎えに来たのは貴方の考えではないんでしょう? 大方どんな手を使ってでも連れて帰って来い、とか何とか言われてきたんでしょうが」

「・・・だったら、何だというんだ」


 少年はリーディッドさんの言葉に嫌な顔をしつつ、静かに話の続きを促す。

 ただ彼女はまた大きなため息を吐き「本当に馬鹿ですねコイツ」と呟いた。

 物凄く小声だったから、少年には聞こえてないみたいだ。


「何でグロリアさんを連れて帰れない手段や、それどころか彼女と敵対しようとしているんですか。余りにも本末転倒過ぎる行動だと少しでも思わないんですか、貴方は」

「だから、俺の女にしてやると最初に―――――」

「それが一体彼女にとって何の利点になると? 貴方、古代魔道具使いがどういう存在か、本気で解っていますか? 特に彼女は『回復魔法』の古代魔道具の持ち主ですよ? 彼女の要望に出来る限り応えこそすれ、大上段からモノを言って聞かせる相手じゃないんですよ」

『・・・少なくともリーディッドは、必ず利点を提示しているな』


 リーディッドさんが無理やり私に言う事を聞かせる、なんて一度もない。

 私がやりたいかを聞いてくれる事が多いし、むしろ私のやりたい事もやらせてくれる。

 何より美味しい食事をいっぱい食べさせてくれるから、彼女にはいつも感謝している。


「自分の家以外に血が渡って古代魔道具を使われない為に、どこぞの大貴族様は王家からどれだけ誘いが有ろうと、一度も血を混じらわせた事が無いんですよ。その辺りの事を考えれば、貴方の馬鹿な誘いに乗る女なんて滅多に居ないと、良く考えなくても解る話ですけどね」

『あの家は血を外に出していないのか。徹底しているな』


 古代魔道具の家って、エシャルネさんの家の事かな。

 血を混じらわせるってどういう意味だろうか。

 多分流石に言葉通りに血を混ぜる、って意味じゃないとは思う。

 私には段々話が難しくなって来たけど、ガライドが解ってるから大丈夫かな?


「後は、そうそう、古代魔道具を取り上げるでしたっけ。私は王家に全て真実をご報告しているはずなんですけどね。何をどう考えたらグロリアさんと敵対しようと思えるんですか」

「魔獣を魔道具で倒した事は知っている。だがそれは魔道具の力だろう」

「仮に貴方の言葉が真実だとして、そんな魔道具を持つ彼女からどうやって魔道具を取り上げるつもりですか。大型魔獣をあっさり倒せる古代魔道具使いを相手にどうやって」

「罪人にしてしまえば、武装を解除せざるを得んだろう」

「いい加減会話が面倒になって来ました。本気で言ってそうなのが本気で疲れます。貴方ね、適当な罪状で罪を被せられた人間が、大人しく武装解除すると思ってるんですか?」

「だが従わねば、それこそただの罪人になるだろうが」

『なぜこの小僧は、一番肝心の部分が抜け落ちているのだ。思考回路が理解不能過ぎる。知識としてそういう人間が居る事は知っているが、実際に合うと困惑してしまうな』


 ガライドは最早怒りなど無く、凄く不思議そうなものを見る様子だ。

 ただリーディッドさんは段々目が死んできている。

 もうこの会話を早く終わらせたいと、彼女の態度が言っている。


「誰が彼女を取り押さえるんですか」

「なに?」

「二度も言わせないで下さい。一体誰が、古代魔道具の使い手を、取り押さえられるんですか」

「そんなもの、兵士共に決まっているだろう」

「どこの兵士がですか」

「貴様は人をどこまで馬鹿にする! 我が国の兵士に決まっているだろうが!」

「馬鹿だからだクソガキ。いい加減にしろ。兵士を何人殺す気だ。死ぬなら貴様一人で死ね」

「っ!?」


 何時もと違う口調になったらリーディッドさんに、私も少年も驚きの表情を向ける。

 少年の傍にいる兵士さんも驚いているけど、それ以外の人は普段通りに見える。

 ただ彼女はすぐにニッコリと笑うと、その笑顔を私に向けて来た。


「グロリアさん、あの車を放り投げて、紅い光で吹き飛ばす事は出来ますか?」

「・・・えっと、あの車、ですか」

『魔力には余裕がある。一撃程度なら何の問題も無いだろう。リーディッドの目的も解るから、乗ってやった方が静かに片が付きそうだ。もしうまく打てない様なら私が補助する』


 彼女の指示で目を向けると、初めて見る車が置いてある。

 アレを吹き飛ばすぐらいなら、ガライドの言う通り多分大丈夫だろう。

 むしろ今は有り余っている感じがする。まだ植物の魔獣を食べた分が残っている。


「大丈夫、です、いけ、ます」

「ではお願いします」

「お、おい、貴様等、何を言っている!」


 少年の言葉を無視して、リーディッドさんの指示通り車に近付く。

 そして車の端を持ち上げると、バキっと割れて持ち上がらなかった。


『グロリア、この辺りを持つと良い。そこでは投げる前に潰れてしまうから投げ難いだろう』

「はい、ここ、ですね・・・」


 ガライドの指示通りの場所を持ち、軽く持ち上げてから反動を付けて放り投げる。

 空高く飛んで行った車に意識を集中して、右腕に思いっきり力を込めた。

 すると右腕が紅く輝き出し、紅い一撃を放てる様になったのが解る。


「っ!」


 そのまま空に向けて拳を打ち抜き、紅い光が車を飲み込んだ。

 欠片も残さず吹き飛んだらしく、空からは何も落ちて来ない。


「段々、意識して、打てるように、なって来ました」

『ああ、上手くなってきているな』


 最初の内は感情が高ぶらないと無理だったけど、最近んコツを掴んできた気がする。

 ただ威力の調整がまだ解らない部分が有るし、今度森で練習してみようかな。


「・・・な・・・あ・・・?」


 上手く出来た事に少し満足して視線を皆に向けると、少年は口を開けてポカンとしていた。

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