第87話、身だしなみ
「それで、ですね――――」
「まあまあ、王女殿下。逸る気持ちも解りますが、彼女は旅先から帰って来たばかり。せめて屋敷の中で落ち着いて、お茶でもしながらにしませんか。それとも立ち話がお好みで?」
王女様が話を続けていると、領主さんが割って入った。
彼女はじろりと領主さんに目を向け、小さな溜息をもらす。
「・・・そうですね。彼女の都合を考えない行動でした。申し訳ありません」
「いえいえ。王族の方に下々の気持ちが解らないのは世の常ですから。致し方ありません。ああ誤解しないで頂きたいのですが、王族の在り方を否定している訳ではありませんので」
「っ・・・精進いたしますわ」
『緩い声音で刺々しい物言いだな。先の馬鹿者の事も有るせいか、王女は言い返せん様だが』
先の馬鹿者って、そこで拘束されてぐったりしている人の事かな。
馬鹿かどうかは私には判断し難いけど、話が通じない人なのは確かだったと思う。
そういう意味では『気持ちが解らない』というのは正しいのかな?
「では、殿下は私がエスコート致しましょう。ああ、そこのモノはどうするおつもりで? 我が家にも牢ぐらいは有りますが、お使いになられますか?」
「・・・ええ、良ければ使わせて頂きたいですわ。お願いします」
「畏まりました。おい、アレを牢へ運んでおけ」
「はっ!」
領主さんの指示で拘束された少年が抱えられ、兵士さんの手で屋敷へと運ばれていく。
屋敷の牢は一度しか見た事が無いけど、地下に幾つかあるのを見せて貰った。
普段は使ってない。私が見た時も入っていなかった。
いや、一度だけ入っていたっけ。前に私を襲いに来た人たちが。
そういえばあの人達って今どうしてるんだろう。まだ牢に居るのかな。
「リーディッド、グロリアの事は君に任せる。殿下との面会も準備が済んでからで構わない。彼女もあの様な不愉快な事の後では、直ぐに対応する気にはならないだろうからね」
「承知しました」
最後にリーディッドさんに指示を出してから、領主さんは屋敷へと入って行った。
ただ私の準備と言われても、右腕の手袋を付け直すぐらいな気がする。
不愉快という点も、別に王女様に嫌な気持ちは持ってない。
少年への怒りを収めてから会え、って事なのかな?
でも今はもう怒りは無い。嫌だなって気持ちが残ってる程度だ。
「リーディッドー。もう終わった感じー?」
「俺達もう出て大丈夫そう?」
あんまり気にする必要は無い様な、と思っているとキャスさん達が車から顔を出す。
「ええ、もう出て問題ありませんよ。いやしかし、貴方達には隠れて貰って正解でしたね。もし出ていたら別の結果になっていたかもしれません。あの男、かなり頭が残念でしたから」
『そうだな。あの調子だとガンとキャスを馬鹿にして、グロリアは更に怒っていたな』
それは・・・多分怒ると思う。二人を馬鹿にされるなんて嫌だ。
自分が馬鹿にされるのは別に良い。実際私は余り頭が良くない自覚が有るし。
さっきの会話も大半理解出来てないから、馬鹿にされても仕方ない気がする。
「ではグロリアお嬢様、先ずは湯あみでも致しましょうか」
「っ!」
ポヤッと話を聞いていると、ずっと黙っていたリズさんが声をかけて来た。
何時も通り綺麗な笑顔だけど、思わず背筋が伸びてしまう。
今回の旅で少し慣れた気がしていたけど、気のせいだったみたいだ。
「お風呂って、何時もは、もっと遅いです、よね?」
「王女殿下とお会いになる訳ですから、身だしなみはしっかりしませんと。ああ、偶には髪を結っては如何でしょうか。王族の方に合うのにそのままでは失礼かもしれません。それにドレスも着替えましょうか。普段のドレスもお似合いですが、少々華やかな物に致しましょう」
「え、その、ええと・・・」
『・・・リズの圧が何時になく強いな』
どう答えるべきか解らず、オロオロしながらリーディッドさんに目を向ける。
すると彼女は呆れた様な笑みを浮かべ、リズさんへと口を開いた。
「リズ、怒りは解りますが少し抑えなさい。グロリアさんが困ってるじゃないですか」
「何の事でしょうかリーディッドお嬢様。私はグロリアお嬢様を王族の方の前に出して恥ずかしくない様に、身だしなみを整えて差し上げたいだけですが」
「その建前・・・いえ本気なんでしょうけど、怒りを隠しきれてないって言ってるんですよ」
『・・・これは怒っているのか。解り難過ぎるだろう』
リズさん、怒ってるの? でも何で怒ってるんだろう。私何かしたかな。
もしかしてこの格好で王女様に会うのって、そんなに失礼な事だったのかな。
「リズ、さん、ごめん、なさい。ちゃんとした、格好じゃ、なくて・・・」
「っ、ち、違いますグロリアお嬢様。お嬢様は何も悪くありません!」
しょぼんとしながら謝ると、リズさんは慌てた様に私に答えた。
違うの? じゃあ何で怒ってたんだろう。
「おお、リズが珍しく本気で慌てていますね。面白い」
「何を暢気な! リーディッドお嬢様が誤解を招く良い方をするからじゃありませんか!」
「でも事実でしょう。違うのであればせめて普段通りなさいな」
「・・・申し訳ありません」
リーディッドさんの言葉に謝るという事は、怒っていた事はやっぱり本当らしい。
「グロリアお嬢様を都合良く使う為の道具としか見ていない。あの様な者が王族かと思うと腹立たしくて仕方ありません。それに王女殿下はお嬢様のご機嫌を取りに来たのです。ならばお嬢様の用意が済む程度の時間は待たせてしかるべきかと」
「その気持ちと判断は構いません。領主様もそのつもりで私に指示を出していましたしね」
『そうだな。アレは間違い無く『待たせておけ』という指示だったな』
そうだったんだ。落ち着いてから話そうという意味じゃなかったのか。
「ですがグロリアさんを慌てさせては意味が無いでしょう」
「はい。申し訳ありませんでした、グロリアお嬢様」
「え、い、いえ、気にしないで、下さい」
道具とかどうこうはちょっと解らないけど、彼女は私の為に怒ってくれていたらしい。
でも謝られる様な事じゃないと思う。むしろ、うん、それは・・・。
「嬉しい、です。ありがとう、ござい、ます」
「っ!」
自然と笑顔になってそう伝えると、彼女は動きを止めた。
そのまま動かない彼女に思わず首を傾げる。
何か間違ってたいただろうか。お礼を言うべきだと思ったんだけど。
「・・・あの、リズ、さん?」
「いえ、お嬢様のご気分を損ねていないのであれば幸いです。では、湯あみに向かいましょう」
何か駄目だったかと声をかけると、彼女は優しい笑みを見せて応えた。
お風呂は本当にするんだ。という事は、髪とか服もやるのかな。
髪はまだ良いんだけど、服は普段の服が良いな・・・。
『くくっ、機嫌が良いのは解り易いな』
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