第69話、実戦

 先に攻撃されたから受け止めたけど、まだ開始の合図は無い。

 それとも何時かの様に、私が聞こえてなかっただけだろうか。

 なら、もう反撃して良いのかな。全力で殴って良いのかな。


『ど、どうしたんだグロリア。誰も殺し合いなどするつもりは無いぞ?』


 ただそこでガライドが声をかけて来て、けれど言っている意味が解らない。


「この人は、闘技場で、ガンさんを、殺すと、言いました。なら、殺し合い、です」

「があっ!? ほ、骨が・・・! は、放せ・・・!」

『と、闘技場? グロリア、本当にどうした、今の君は少しおかしいぞ。落ち着くんだ。な?』


 おかしい? そう、なのかな。そうかもしれない。私はきっとおかしい。

 周りの子供達と私は違い過ぎる。戦わないと生きられない私はきっとおかしい。

 けれどそんなおかしい私だから出来る事が有る。ガンさん達の代わりに戦える。


「グロリアさん、そこまで。その手を放して下さい」

「・・・はい、リーディッド、さん」

『・・・それで止まるのか・・・私の焦りは何だったんだ・・・』


 けれど開始前に止めが入った。指示に従い素直に手を放す。

 男性は後ろに倒れ込み、私が握っていた足を痛そうに抑えている。

 殺し合いをすると言い出した人にしては、余りに隙だらけだ。


 そう思いながらも警戒して男性を見ていると、その間にリーディッドさんが入った。

 彼女は私の前に座り込むと、少し困った様な顔でほほ笑む。


「グロリアさん、ここは闘技場ではありませんよ。傭兵ギルドです。そしてあの男はただのチンピラで、殺しをする様な度胸は有りません。周りをゆっくり見て下さい」

「・・・傭兵、ギルド・・・」


 彼女の言葉を反芻し、ふと周囲が静かな事に気が付く。

 軽く周りを見ると、さっきまで見えていた闘技場の景色が消えている。

 むしろあの熱気など欠片も無く、困惑した表情が私に向いていた。


「・・・あ、ごめ、ん、なさい」


 そこで、意識が唐突にはっきりした気がした。

 私が手を放したから転がったままの、ガライドの言葉の意味も今なら解る。

 ふとガンさんとキャスさんに目を向けると、二人共心配そうな顔で私を見ていた。


「元はと言えば俺達があんなのに絡んだのが悪い。グロリアが謝る事はねえさ」

「そうそう。グロリアちゃんはただ質の悪い奴に対処しただけだからね」

「こらこら、気持ちは解りますが、既に無様を晒した人を追い込んではいけませんよ」

『・・・リーディッドのその言葉も十分酷いと思うのだがな』


 そして皆『私は悪くない』と言ってくれるけど、それでも私は自分が悪いと思う。

 だってリーディッドさんに注意されて、その為の訓練をずっと続けていたんだ。

 人を殺さない訓練を。手加減の訓練を。下手に人を殺してはいけないという注意を。


 もしリーディッドさんが『そこまで』と、止めの言葉を告げてくれなければ。

 きっとあの男性は今頃死んでいる。あと少し遅ければ私は確実に殴っていた。


「くそっ、馬鹿にしやがって! 殺す度胸が無いだぁ!? 上等じゃねえか・・・!」


 その声に目を向けると、先程の男性が起き上がって武器を持っていた。

 さっきまでは持っていなかったけど、近くのテーブルに在った武器を勝手にとったらしい。


「お、おい馬鹿、それはやり過ぎだろ!」

「つーかそれ俺のだぞ! 返せよ!」

「うるせぇ! 邪魔すんならてめえらも殺すぞ! あんなガキ共にコケにされて、何も出来ねまま終わって堪るか! 絶対にぶっ殺してやる!!」


 男性は止めに入った人達に向けて、その武器を振るっている。

 止める気があるようには見えない。避けていなければ当たっていた。


「マジかよあの野郎。流石にそれはヤバいだろ。ここギルド内だぞ・・・っても周りの様子を見る感じ、割って入るつもりの奴居ないみたいだな。ウチなら姐さん方にぶちのめされるぞ」

「あー、完全に頭に血が上って見境付かなくなってるっぽいねぇ。まあ受付の人は急いで奥に向かった人が居たし、ギルマス辺りでも呼びにいってんじゃない?」

「殺す度胸があるというよりも、怒りで突発的にやって、後で後悔するタイプですねあれは。ああいう生き方をすると損をするので、怒りは笑顔に隠すのが一番なんですよね」

「お、お姉さま方、何を悠長な! アレは流石に不味くありませんか!?」

『ここに来てエシャルネが一番常識的に見える。もう何なんだこの状況』


 武器を持った男性に警戒して、周りの人達も武器を構え始めた。

 ただ取り押さえに行く気配は無く、かかって来るなら対処する様子に見える。

 男性もそう判断したのか、周りを見つつも武器を私達に向けて来た。


「お前らが悪いんだ! 底辺の人間を馬鹿にしたてめえらが!」

「いや、お前が勝手に底辺って思ってるだけだろ」

「そうだそうだー。大体私達も傭兵なんだぞー。勝手に底辺仲間にするなー」

「誰も別に馬鹿になどしてもいないのに、勝手な劣等感で貴方が絡んで来たんでしょう。それに私は『底辺の人間』を馬鹿になどしていませんよ。馬鹿にしたのは『貴方』です」

「こ、この、このクソアマ共、全員ぶち殺してやる・・・!」

『この状況になってもまだ煽るんだな・・・ガンが居るから、なのだろうが。こっそり光剣に手を伸ばしている辺り、ガンも中々強かだな。あの刃物が魔道具でもない限り負けんだろう』


 ガライドの言う通り、ガンさんはこっそり光剣を握り込んでいた。

 あの魔道具を使ったガンさんの動きは、私も本気ででやらないと対応できない。

 男性の動きを見る限り、ガンさん負ける事は確実に無いだろう。


 ・・・・けれど、彼の言葉は聞き逃せない。彼は明確に『殺す』と今度こそ言った。

 それも明らかな殺意と、武器を振り回してだ。ならもう私の思い込みじゃない。


「―――――させない」

「は?」


 武器を構える彼の懐に潜り込み、刃の根元を下から殴り付けてブチ折る。

 折れた刃はそのまま天井に刺さり、男性はキョトンとした顔を私に向けていた。

 更にそれどころか何故か腕を上に挙げて、余りに隙だらけな体制になっている。

 その隙だらけな胴に、軽く掌打を打ち込んだ。


「げぶっ」


 男性はそんな呻き声と共に、受付に突っ込んでいく。

 受け付けの一部が粉砕してしまったけれど、ちゃんと手加減はしたはずだ。

 あれなら死んではいない。さっきと違って私の意識もはっきりしているから大丈夫。


 ・・・だと、思う。男性が動かないから、少し、心配になって来た、けど。


「・・・さっきもそうだけど、俺のこの闘志は何処に持って行けば」

「グロリアちゃんの方が男前に見えるね、全体的に。ドンマイ、ガン」

「訓練の成果が出ているようで何よりです。以前なら肉塊が出来ていたでしょうし」

「グロリア様、かっこいい・・・!」

『・・・結局グロリアがやってしまったか。まあ、加減はしていたし問題無いだろう』


 リーディッドさんとガライドにも合格を貰えた。良かった。ホッとした。

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