第70話、他の街のギルマス

「どこの馬鹿よギルド内で刃物振り回してる野郎は!!」


 バァンと音を立てて奥の扉が開かれ、物凄く大きい男性が飛び出て来た。

 一瞬魔獣かと思った程の気配と大きさに、無意識に構えてしまう。

 ただ大きな人は私達を見て、それから周囲を見回すと困った様な表情を見せる。

 そして暫く動きが止まっていたけど、唐突に受付の人達へ顔を向けた。


「・・・えーと。暴れてるのは男、って話よね?」

「は、はい、そこで伸びてる方、ですね」

「・・・まさかあの可愛らしいお嬢ちゃんにやられた、なんて事は無いわよね?」

「その、まさか、です」

「あらそう・・・んー、取り敢えずこの馬鹿はちゃっちゃと拘束して、どうせ見てるだけだった腑抜け共に衛兵の所まで持っていかせなさい」

「は、はい」


 物凄く大きな男性は受付の人に指示を出すと、ひょいっと受付を飛び越えた。

 いや、飛び越えたというよりは、単純に跨いだだけだろうか。

 そしてスタスタと私達に近付きつつ大きなため息を吐く。


「ったく、また傭兵の評判が下がっちゃうじゃないの。ホント、馬鹿の集まりなんだから」


 物凄く大きな男性は頬に手を当て、くねっとした動きをしつつ呟く。

 その様子を見ていたガンさん達はボソボソと話していた。

 あ、ガライドをキャスさんが拾ってくれている。


「ねえガン、あれがギルマスかな」

「多分、そうなんじゃねえの? 態度は兎も角すげぇ強そうだし。つかでけぇな」

「ギルマスは濃い人しかなれない規則でも有るんでしょうかね」

『3メートル近く有るな。彼も普通の人類、になるのか?』


 あの人もギルマスさんなのか。そういえばギルマスは仕事の名前だったっけ。

 ならトカゲのギルマスさん以外にも、他にギルマスさんが居てもおかしくないのか。


 近付いて来るとその大きさが改めて解る。今まで出会った人の中で一番大きい。

 私は基本的に見上げないと駄目だけど、この人は近いとほぼ真上を見ないといけない。

 何て思っていると、ギルマスさんは私の前で膝を突いた。それでも私より頭が高い。


「ふーん、成程、見た目通りの普通のお嬢ちゃんじゃないわね」

「・・・良く、言われる、気が、します」


 トカゲのギルマスさんにも言われたし、さっきの男性にも言われた。

 友達にも似た様な事を言われたし、きっと私が普通じゃないのは事実なんだろう。

 なので素直に答えたつもりだったのだけど、何故かギルマスさんは楽し気に笑い始めた。


「ふふっ、ごめんなさい。こんな可愛らしいお嬢ちゃんに失礼だったわね。けど強い女は魅力的なのだから胸を張って良いのよ。その証拠に私は何時だって美しく胸を張って生きているわ! 普通の家屋だと大体猫背になっちゃうんだけどね! 魅力的な体の弊害よね!」

『・・・うん、本当に濃いな、この男』


 胸を張って生きる。そう告げたギルマスさんの笑顔は、とても綺麗な物に見えた。

 ただ周囲の人達は何かを言いたげで、ガライドも何だか反応が微妙だったけど。

 周りの反応を不思議に思っていると、ギルマスさんがガンさんに目を向けた。


「で、後ろの貴方達はこのお嬢ちゃんのお仲間かしら?」

「ああ。言っとくが先に絡んで来たのはあっちで、刃物を抜いたのもあっちだからな」

「それに関しては奥で詳しく話を聞かせて頂戴。こっちよ。おいで」

「・・・解った。行こう皆」


 ギルマスさんの誘導に従い、ガンさんを先頭に皆で付いて行く。

 ただその前にガライドをキャスさんから受け取り、ちゃんと胸に抱きかかえる。

 そして奥の扉を開けて廊下をしばらく進み、他より少し大きな扉が開かれた。

 中は書類が積まれた机が奥にあり、その手前にテーブルが一つある。


「好きに座って頂戴。あ、奥の椅子は駄目よ。私はそれしか座れないんだから」


 ギルマスさんがそう言って一番大きい椅子に座り、私達もテーブルを囲むように座る。

 私はキャスさんの膝の上に座らされた。キャスさんは何故か私を座らせたがる。


「で、何であんな事になったのかしら?」

「あの馬鹿が絡んで来たから、ちょっと嫌味を言いかえしたら掴みかかって来た。それをその子にあしらわれ、頭に血が上って刃物を振り回した。説明できるのはそれだけだな」

「まあ、概ね聞いてる話と合ってるわね。悪かったわ。うちの馬鹿が迷惑をかけたみたいで」

「・・・全部信じるのか?」

「信じるというよりも、事実を見れば頷くしかないでしょ。もしアンタ達に悪い所があったとしても、刃物を抜いたのはあの馬鹿よ。素手の喧嘩なら兎も角、刃物はもう駄目でしょ」

「全くだ。ガキに絡んだ上に刃物抜くとか頭がおかしいよ。正直このギルドどうなってんだって思ったぞ」

「耳が痛いわねぇ。私も常々注意はしてるのよ。自分達の首を絞めるだけだから、誰にでも愛想良くしなさいって。傭兵なんて仕事をくれる人が居て成立するんだし、誰が何時依頼主になるか解らないんだから。その辺りが解ってない馬鹿のやった事、ってのは言い訳になっちゃうわね」


 ギルマスさんはまた大きなため息を吐き、そして私に目を向ける。

 ただその目はとても優しくて、何故だろうかと首を傾げた。


「だから無事に制圧してくれたお嬢ちゃんには感謝するわ。もしかしたらうちの職員も怪我していたかもしれないし。万が一人死になんか出てたらどんな問題になっていたか。怪我人もなく終わらせてくれて本当にありがとう」

「は、はい・・・」


 ケガ人も無く、と言う部分には少し疑問は残るけど、ギルマスさんの言葉に頷き返す。

 すると彼はクスッと笑い、それからエシャルネさんに目を向けた。


「それにしても関心しないわね。こんな荒くれ連中が居る様な所に、領主のお嬢様を連れて来るなんて。ねえ、エシャルネ様?」

「・・・やはり覚えておいででしたか」

「それはまあ、この街のギルドマスターですから、領主様には仕事で何度か謁見させて頂いておりますので、貴女様の御姿も城で見た事が有りますわ」

「私も、貴女の姿は印象的でしたので、覚えております」

「あら光栄ですわ。やはり私の美しさは人の脳裏に焼き付いて離れない物なのかしら! ああ、罪な私。きっと他にも私の事を忘れられない方が居るのでしょうね・・・!」

『確かに忘れられないだろうが、間違い無く別の意味だと思う』


 私もこの人の事は忘れられないと思う。凄く大きくて、とても格好良く感じる。

 自分に自信がある人なのだろう。言葉通り胸を張っている様子が綺麗に思えた。

 ガライドは別の意味で忘れられないらしいけど、どういう理由なんだろう?


「ま、古代魔道具の使い手が護衛なら、怖い物なんていないのかしらね」

「グロリア様の事をご存じなのですか?」

「あら、本当に古代魔道具の使い手なのね。道理で強い訳だわ」

「っ、騙しましたね」

「ふふっ、そんなに睨まないで欲しいわ。何処の誰が流し始めたのか知らないけど、新しい古代魔道具の噂はギルドにも流れてるのよ。そして突然やって来た不思議な球体を持った強い少女。更に領主のお嬢様と一緒となれば、関係がありそうと思っておかしくないんじゃない?」


 ガライドの事ってそんなに噂になってるんだ。

 じゃあ別に目立たない様に抱えてなくても良いんじゃないかな。

 今日一日ずっと抱えているけど、抱えていても皆私を見ていた気がするし。


「それにしても古代魔道具ねぇ・・・噂が本当なら、一仕事頼みたいわね・・・」

「仕事、ですか?」


 ギルマスさんの呟きに、リーディッドさんが少し警戒する声音で訊ねる。

 すると彼はニコッと笑い、私に目を向けて口を開いた。


「ええ、その魔道具、回復魔法が使えるんでしょう? 噂が本当ならだけど」

「・・・はぁ、この国の機密の扱いはどうなってるんでしょうね。本当に頭が痛い」

「お、お姉さま、お気を確かに・・・!」


 ギルマスさんの返答を聞くと、何故かリーディッドさんが苦しそうに頭を抱えてしまった。

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