第68話、役目
エシャルネさんの要望通り、この街の傭兵ギルドへとやって来た。
私が知ってるギルドの倍ぐらい大きい建物が今目の前にある。
街に人が多いから、その分建物も大きいのかもしれない。
「ああ、やっと傭兵ギルドに入れる日が・・・! これでお姉さまの事を少しでも知る事が出来るんですね! さ、はやく、早く入りましょう!」
『解らん、この娘。本気なのか演技なのかサッパリ解らん・・・』
鼻息荒く急かして来るエシャルネさんに、ガライドは困惑した呟きを漏らす。
どうもリーディッドさんと話し合っている時と違い過ぎるからだとか。
私としては今の彼女の方が楽し気で良いと思うんだけどな。
「微妙に中央からそれた所に在るのは、この街のギルドはそういう所、って事だろうねー」
「そうだな。立地条件でギルドがどういう扱いなのか何となく解るよ。もっと治安悪そうな所に建ってる街も有るらしいから、まだこの街はマシな方なんだろうけど」
「確かに逸れ者の吹き溜まりみたいな所も無い訳じゃないですけど、基本的にはそこまで酷い所は滅多に無いですよ。まあ、見る人によっては全員同類でしょうけど」
キョロキョロと周囲を見て語るキャスさんに、ガンさんも同意で返していた。
ただ最後にリーディッドさんが訂正をしつつ、けれど全て間違いでもないらしい。
私にはちょっと難しい話だ。そもそも立地の悪さの点も良く解っていない。
確かにこの辺りは屋台が有った辺りと比べると、人通りはかなり減ってる気はする。
とはいえ『少ない』と言う程じゃない。これで少なかったら魔獣領は『居ない』と言える。
そう考えれば人の量は多い訳だし、立地はそこまで悪くも無い様な?
「あ、あの、は、早く、入りませんか・・・?」
「ああ、すみません。行きましょうか、エシャルネ様」
「はい!」
中に入らずに外観を眺める私達に、少し困った様な顔を向けるエシャルネさん。
すぐにリーディッドさんが謝りつつ手を引き、ギルドの中へと入って行く。
その彼女達の後ろを私達も付いて行き、全員建物の中へと入って行った。
「わぁ・・・! ここが傭兵ギルドの中・・・!」
中に入ったエシャルネさんは、感激した様子で周囲を見回している。
見るもの全てが楽しい。そんな感じだ。
『注目されているな。まあ無理も無いか。出来るだけ目立たない様に私を抱えて貰っていたが、完全に無意味になったな。ま、変にグロリアが注目されずに済むと思っておこう』
ガライドの言う通り、ギルドの人達の視線が集まっている様だ。
大半はエシャルネさんに向いてから、私達に向いている様に感じる。
中には私が抱えるガライドを不思議そうに見る人も居るけど。
ただその後は大体ガンさんに冷たい目が向いている気がして、少し気になった。
「・・・ガンさんが、睨まれてません、か?」
『睨んでいる連中が男で固まっているのを察するに、もてない男の嫉妬だろう。ぱっと見は美女の集まりだからな。その中に男が一人となれば、僻みの目を向ける奴も居るだろう』
そういう物なのか。でもあんな目を魔獣領で向けられた事は無いんだけどな。
ガンさんには皆優しい目だったし・・・ああ、そういえば一人違ったっけ。
名前も覚えていないけど、一度戦った傭兵見習いの男の子。あの子の視線に似ている。
「お姉さま、あちらが受付ですよね! あら、あれは何でしょう。お姉さま見て下さい!」
「解りました。解りましたから少し落ち着いて、もう少し声量を下げて下さい」
『・・・うん、やっぱり演技に見えないな』
エシャルネさんはそんな視線に気が付いていないのか、さっきからずっと楽し気だ。
興奮しているせいか声が大きく、パタパタと動き回るのでリーディッドさんが困っている。
「ちっ、きゃんきゃん騒がしいな・・・ガキの遊び場じゃねえんだぞ・・・」
ただそんな彼女に向けて、大きな男性が咎めて来た。
心底気に食わないと言いたげな表情で私達を睨みつけている。
当然エシャルネさんも聞こえていたらしく、ビクッと動きが止まった。
「す、すみません・・・騒ぎ過ぎました・・・」
「ふんっ・・・不自由の無さそうなお嬢様には、下々の暮らしが珍しいんだろうな。こっちは毎日生きるのも必死なのにお気楽なこった。不愉快だぜ」
「・・・すみません」
エシャルネさんが二度謝ると、咎めた男性はまた鼻を鳴らして去って行く。
と言っても建物内の端にあるテーブルに向かったみたいだけど。
このギルドは子供が入っちゃ駄目な所だったのか。魔獣領のギルドと大分違う。
あそこの職員さんは何時でも遊びにおいでって言ってくれるし、少し騒いだって怒られない。
でも向こうでお酒飲んで騒いでる人達が沢山居るけど、何であれは良いんだろう。
「まあ、今のは怒られても仕方ないかなー。実際騒ぎすぎて注目されてたし。子供相手に威圧するみっともない大人とは流石に返せないよねー。酒飲んで騒いでる人は良いらしいけどさー」
「止めとけ止めとけ。子供相手に余裕ねえなぁとは思うけど、別の土地の人間が口を出す事でもないだろ。自分の生活が苦しいからって理由で人に文句言うのがここのやり方なんだろ」
「二人共、そういうのはちゃんと聞こえない様に言いなさい。丸聞こえではまるで相手を馬鹿にしている様ではありませんか。私達が騒がしかった事は事実なんですからね。明らかな僻みでの文句にしか聞こえなくても、正直に言ってはいけませんよ」
「「はーい」」
『・・・お前達、意外と喧嘩っぱやかったんだな』
ただその男性が奥に向かう途中で、キャスさん達が『大きな声』でそう言い始めた。
声音は和やかなんだけれど、若干怖い雰囲気がある。
エシャルネさんは落ち込んだ顔が消え、驚いた表情でリーディッドさんを見ていた。
そして当の男性はピタリと止まり、明らかに怒った顔で戻って来た。
周囲の人達は「何だ何だ」と興味深げに様子を見始めている。
「おう、喧嘩売ってんのか? ああ? 舐めんなよクソガキ共・・・!」
「あらあらあら、私達そんな事したの? 自覚が無かったけどごめんねー?」
「あー、悪かった。俺達ちょっと都会の礼儀ってのが苦手でさー。すまないすまない」
「ええ、何分田舎者なので、都会の規則が解っておらず申し訳ありません。今度から何も知らぬ子供をギルドで見た時は舌打ちを致しましょう。地元に帰ったら恥ずかしくて出来ませんが」
『・・・こいつ等、謝りながら煽りよる』
男性が怒った様子で話しかけるも、三人はニコニコしながら謝っている。
けどそんな彼らの事が気に食わないのか、男性は更に怒りが増したように見えた。
「おう、そうかそうか。やっぱ喧嘩売ってんだな。買ってやるよ。どうせ良い所のお嬢さんとその従者って所だろうが、喧嘩売る相手を間違えるとどうなるか教えてやる。流石にお嬢さんに手を出すと面倒そうだが・・・小僧、半殺しで勘弁しておいてやるから感謝しろ」
男性は指をバキバキとならし、軽く私達を見まわしてからガンさんを睨みつける。
睨みつけられたガンさんはつまらなさそうな目で、特に何も言い返さなかった。
ただ少し足を開き、肘を少し曲げている。警戒している体勢だ。
エシャルネさんはオロオロしつつも、何を言って良いのか解らないという様子に見える。
「おー! 喧嘩だ喧嘩ー!」
「やれやれー!」
「おい、どっちが勝つか賭けるか?」
「勝負になんねえよ! あんなひょろっちい小僧じゃよ!」
すると今まで私達をうかがって居た人達が、楽しげに騒ぎ始めた。
それは、まるで、あの時の様に感じた。私が、闘技場に、居る時の様に。
『殺せー!』
『早く潰しちまえー!』
『何時も通りミンチにしてやれー!』
一瞬、自分があの闘技場に居る様な、錯覚を覚える程に。
そんな中、男性がガンさんの胸倉を掴んだ。
「―――――っ」
「あん? なんだ嬢ちゃん、止めて欲しいのか?」
思わず男性の腕に手を伸ばしてしまった。ガンさんが殺されると思ってしまって。
すると男性はニヤついた笑みで私の手を払おうとして―――――その笑みが消えた。
「な、なんだ、これ・・・腕が、動かねぇ・・・!」
「その人に、手を、出すのは、止めて、くだ、さい」
「っ、てめえ見た目通りの小娘じゃねえな! ざっけんな、ここまでコケにされて引けるか!」
男性は腕を引くのを諦め。蹴りを私に向けて放って来た。
それを軽く受け止めて、そのまま足も握る。ミシリと少し音が鳴った。
「ぐあっ・・・い、いづっ・・・!」
「私が、やります、よ」
「ぐ、な、何なんだよ、何なんだよお前!!」
この人は半『殺し』と言った。つまりガンさんを殺す気だという事だ。
回りは止める気配が無い。なら万が一にもそんな事は私が起こさせない。
「殺し合い、は、私の、仕事、です」
闘技場で殺し合うのは、私の役目だ。敵は、私が、殺す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます