第65話、小娘

 エシャルネさんと部屋の前で会った後、一緒に連れて行って欲しいとお願いされた。

 何故かその判断を私に委ねられ、けれど別に断る理由も無い。

 構わないと答えて返し、彼女と彼女の侍女さんも一緒に街に出る事になった。


 彼女達と一緒に城を出ると、先ず街中の人の量に驚いた。

 広い道が人で埋まるかと思う程、沢山の人が行き交っている。


「人、多い、ですね・・・」

「私達の住む街に比べたらねー。魔獣の森が有るから街の体を保てる程度の設備や店、人員は居るから田舎にしてはそこそこ大きい街だけど、本当の街に比べたら人の数がねぇー」


 思わず口から出た言葉に、私と手を繋ぐキャスさんが笑顔で返して来た。

 本当の街。街っていうのは、本当はこれぐらい人が居るものなのか。

 けど私としては、のんびりした空気の方が好きだな。魔獣領の方が心地が良い。


「人が多けりゃ良いってもんでもねえと思うけどな。人が多けりゃ仕事も多いが、その分仕事にあぶれる人間もまた増える。そういう人間を使った商売や、治安の良くない区域も出来るしな」

「あー、そういう子でも見つけた?」

「カモになりそうな奴狙ってる小僧が少し付けて来てた。一瞬俺達に目を付けて、駄目だと思って引き返したけどな。俺が気が付いた事に気が付いてたから、ありゃ相当慣れてるぞ」

「はえー。ガンってば魔獣の索敵出来ない癖に、そういうのは良く見てるねー」

「頼むから感心するか貶すかどっちかにしてくれない?」


 私達を狙うって・・・そんな気配は一切感じなかった。

 けどガンさんが嘘をついているとは思えない。少し気を付ける必要が有る。


「ガライド。危なそうな人が、居たら、教えて、下さい。私も少し、警戒、します」

『勿論怪しい者が近付けば注意はしよう。だがグロリア、今の話は我々の命を狙う者が居た、という話ではないぞ。そこまで警戒をせずとも問題は無い』

「え・・・そう、なん、ですか?」

『ああ。狙われていたのは・・・そうだな、グロリアで言えばその財布だ。金になる物なら何でも良いのだろうが、金銭を持っている人間を狙っていたんだろう』


 金銭。財布。服の中に入れているこれを狙っている人が居た。

 それは確かに私の思っていた事とは違う。けど、それは。


「なら、やっぱり、警戒、しないと・・・!』

『・・・例に出す物を間違えた。グロリアはその財布に大分思い入れが有るんだったな』


 この財布は大事な物だ。リーディッドさんに貰った私の物だ。

 絶対に持って行かせない。誰が相手で何があろうと絶対に防ぐ!


「ところでリーディッドお姉さま、お姉さまたちはどちらに向かっておられるのですか?」

「何か土産になる物を買えれば、と思っています。なので明確な目的地は有りませんね」

「お土産ですか? なら良い所が在りますよ! こちらへ!」

「あ、エシャルネ様、走っては危ないですよ」


 ぐっと拳を握って気合を入れていると、エシャルネさんが走り出した。

 リーディッドさんが慌てて付いて行き、気が付いた私達もその後ろをついて行く。

 ただ注意をされたからか、直ぐに走るのを止めはしたけれど。


「失礼しました。どうにもお姉さまと一緒に居られる、という事で気が逸って」


 彼女はそう言ってから『申し訳ありません。こちらです』と言って私達を誘導した。

 言われるがままに進んでいく内に、段々と周囲から人気が無くなって来る。

 勿論全然居ないという訳ではなく、さっきまで歩いていた所に比べたらだけど。


「・・・んー、これ大丈夫か? 治安が悪そうって感じゃないが、貴族様が向かう様な雰囲気じゃないんだが、この辺り。そもそも店とか無さそうだぞ」

「そうだねー。むしろ住宅街って感じだね。何でこんなところ知ってるんだろう、あのお嬢様」

「私は何となく予想が付きますよ」


 皆の会話を聞きながら、私は変わらず警戒をして進んでいく。

 今の所視線を感じるけれど、かかってくる気配は無い。

 それでも油断せずに進んでいくと、子供達の声が響く場所に付いた。


 子供達はそれぞれ畑を耕したり、洗濯物をしたり、何か手元で作っている子も居た。

 けれどエシャルネさんを見つけると、皆彼女の元へと走って来る。


「あれ、エシャルネ様じゃない?」

「あ、ほんとだ、エシャルネ様だ!」

「どうしたのー? 今日は来る日じゃないよねー?」

「ええ。今日はお客様をご案内しに来たのよ。皆作った物を持って来てくれるかしら?」

「「「「「はーい!」」」」」


 疑問をぶつける子供達に対し、エシャルネさんは何かを持って来る様に指示を出した。

 すると子供達は走り出し、とある建物の中へと入って行く。

 その様子を見届ける彼女に、リーディッドさんが声をかける。


「エシャルネ様。ここは擁護院ですか?」

「はい。そうです。行き場の無い子供達の為の場であり、子供達が生きる術を覚える場です。もしよければあの子達が作った物を、少しでも良いので土産物として買って頂けませんか」

「子供達とは顔見知りの様ですが、以前から良くこちらに?」

「はい・・・少々支援をさせて頂いております。偽善にもならない欺瞞のような行為ですが」


 エシャルネさんは何故かそこで、酷く汚い物でも見る様な顔をした。

 その理由は私には解らなかったけれど、リーディッドさんは解ったらしく口を開く。


「お父上のお金だから、ですか」

「はい。私は未だ自分で資金を稼ぐ力が有りません。支援金は私が家で自由に使える金額から出されている物です。家を嫌い、家族を嫌い、なのにその家の金でこんな事をしています」

「どのような理由が在ろうと、ご立派だと思いますよ」

「そうでしょうか。私には自分が滑稽でなりません。何の力も無く、何事も為せず、ただ無力を嘆いて家の事を貶める。父を、母を、姉を嫌っておきながら、その実一番醜いのは私です」

『・・・ただの能天気な娘だと思っていた事を訂正せねばな。この娘は自分がどういう扱いで、どういう立場なのかをしっかりと理解している。無知な小娘では無かったか』


 ・・・私には少し話が難しくて、理解が追い付いていない。

 けど周りの様子を見るに、解っていないのは私だけなようだ。

 キャスさんとガンさんも真剣な顔で話を聞いている。


「ですから何時も思っておりました。何故私が『古代魔道具使い』ではないのかと。何故私が妹で、あの人が姉なのかと。私が先に生まれていればと何度思った事か。ですがそれも所詮言い訳。世の大半の人々は、古代魔道具など持っていないのですから。それでも――――」


 彼女はそこで、私に目を向けた。今までとは全く違う目を。

 真剣で、けれど何処か焦っている様な、必死な様子に見える表情で。


「ここならば人気の無さから監視・・・護衛達は距離を取らざるを得ません。大声を出さない限り話は聞こえない。だからお聞かせ願えませんか。本当の事を。あの姉と父が素直に友好を、等とは信じられません。新たな古代魔道具を魔獣領に持っていかれたままにするなど尚の事」

「エシャルネ様、貴女は・・・」

「リーディッドお姉さま。私は何の力も無い小娘です。無能で無価値な小娘です。ですが、私が手を伸ばせばそこに力が有る。その好機を見逃す気など欠片も在りません。駒が必要というのであれば、姉ではなく私をお使い頂けませんか。どうか、ご一考お願い致します」


 そして、リーディッドさんに告げた彼女の迫力に、呑まれている自分が、居た。


『はぁ、何処が腹芸の出来ない娘だ・・・本当に、私は人を見る目が全く無いな』

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