閑話、貴族の家

「何なんですか、あの無作法な小娘は!」


 部屋から人が居なくなったのを確認すると、母が金切り声を上げ始めた。

 今後の話をする為にと父に集められた部屋だから、どれだけ大声でも聞かれる心配はない。

 内容はさっきの食事の事。もっと言えば古代魔道具使いの小娘、グロリアの事だ。


「無作法? ふふっ、お母様はただ子娘の迫力に呑まれた事が気に食わないだけでしょ」


 あの時母はグロリアの迫力に完全に呑まれていた。

 戦場になんて立った事の無い母には、グロリアの殺気に指も動かせ無い程に。

 それが歴戦の大男でもあれば別だったのだろうけど、相手は年端も行かない平民の小娘。


 そもそも母は元々が良い所のお嬢様だ。そして今は大貴族の奥方様。

 母に下手な事を言える人間なんて滅多におらず、当然平民の小娘なんて虫と変わらない。

 そんな虫に呑まれて何も言えなかった事が悔しくて堪らないのだろう。私は愉快だけど。


「黙りなさい! もう貴女に大口を叩ける立場は無いのよ!」

「あら怖い」


 図星を突かれた事に更に怒り、ただでさえ高い声が更に高くなった。

 良くあそこまで耳障りな金切り声を出せるものだ。私とどちらが淑女らしくないのか。

 まあ私は当然自分を淑女らしい、なんて一切思っていないけれど。


「あんな小娘に良い様にやられるなんて・・・全て貴女が馬鹿な事をしたせいよ! もし魔道具を持つ事が条件に含まれてなければ、今すぐにでも処刑してやるのに・・・!」

「ふふっ、それは残念でしたわね、お母様?」

「このっ・・・!」


 母が今にも掴みかかって来そうに睨むも、実際に動く事は無い。

 だってその『魔道具』は未だ私の手に在るのだから。

 母は無駄に矜持は高いけれど馬鹿ではない。私に手を出せばどうなるかは解っている。

 とはいえ私も自ら動くと魔道具が止まるから、こうやって口で揶揄うしか出来ないけれど。


「その辺りにしておけ。怒りは解るが叫んでも状況は変わらん」

「あなた・・・はい、すみません」


 父は母と正反対に静かで、その様子に母も気を落ち着かせる。

 だからといってこの父が本当に表情通りな訳が無い。

 おそらく先の出来事は、母以上にイラつきを覚えているはず。


「私も予想外だった。あの娘は終始静かで周りの顔色を窺っていたからな。馬鹿娘に詳しく聞いて強い事は解っていたが、性格自体は丸め込みやすいと思っていた。アレを事前に伝えなかったのはわざとだな。田舎貴族の小娘が、よくよくコケにしてくれるものだ」


 ただしその怒りはグロリアにではなく、リーディッドにだけれど。

 いや、小娘に良い様に遊ばれた事が不快なのは結局同じかな。


 だからと言って、あの場で二人に何が出来たとも思えない。

 当たり前だ。グロリアは古代魔道具の使い手。それも私より上のだ。

 ついでに私をまた『馬鹿娘』と呼ぶのも、それぐらいしか攻撃出来ないからだろう。


「あの女といい、馬鹿娘といい、誰も彼も邪魔ばかりしてくれる・・・」


 あの女とは多分リーディッドの事じゃないな。先代の古代魔道具使いの事だろう。

 父にとって古代魔道具使いは家の利益であり、個人的には腹立たしい存在だ。

 なにせ家長が自分であっても、正式登録者の意向はないがしろに出来ない。


 だから父はいずれ使い手になる私に、自分の駒になる様に教育をしようとした。

 私は勿論素直に受け入れた。だって黙っていれば『力』が手に入るんだから。

 そして先代が死んで私が『古代魔道具使い』になり、その時の父は本気で喜んだはず。


 やっと邪魔な存在が消え、自分に都合の良い駒が手に入ったと。


 けれど蓋を開けてみれば、先代の方がマシだったと言わざるを得ない状況だ。

 魔道具を手に入れた私は賢い娘を止め、自分の生きたい様に振舞うのだから。

 父の言葉も母の言葉も一切聞かない。気に食わなければ魔道具をぶっ放す娘にね。


 勿論私が自由に振舞えるのは、この国と家が在ってこそ。その辺りは弁えていた。

 だから身を滅ば差ない程度を見極めて、けれど楽しく生きる様になっただけ。

 その時の父の怒りっぷりは、記録出来る魔道具が在れば残しておきたい程滑稽だったね。


「ふふっ、お父様は呪われているのかもしれないわね。古代魔道具使いに振り回され続けるって呪いに。まさか先代や私だけでなく、他国の魔道具使いにまで遊ばれるなんて。ふふっ」

「・・・貴様、解っているのか。貴様とて崖っぷちに居るという事を忘れるな」

「忘れてませんわお父様。お父様はこの家と自分が大事。その為には気に食わない田舎貴族の小娘に従わなければいけない。なら私が媚びる相手は、その田舎娘ですわよね?」

「くっ・・・本当に、なぜこの家の女は扱い難い人間しか生まれんのだ・・・!」


 先代に私に妹。三人しか女はいないけれど、どれもが父にとっては扱い難い。

 それぞれ扱い難さの方向は違うけれど、扱えないのであれば全て同じ事なんだろう。

 私としては、父と母がそんなだから誰も言う事を聞く気が無い、のだと思うけど。


 本当に私達を駒にしたいなら、優しく甘やかして味方で在り続ければ良いだけなのに。

 好きに言う事を聞かせたいって欲が漏れ過ぎで、子供ながらに呆れのため息が出てたっての。


「けれど良かったじゃありませんか。その扱い難い娘が有効に使えそうで」

「ああそうだな。出来ればその上で扱いやすければ尚良かったが」


 母の言葉に父が頷き、けれどその本質は変わらない事が気に食わないらしい。

 それはそうでしょうとも。私より面倒な性格の妹が一番使えそうなのだから。


 私は父にとって腹立たしい人間だけれど、それでも家が潰れない様に動いて来た。

 あくまで私は気分よく生きたいだけだもの。家を潰す様な真似はしない。

 それと同時に、家に害を与えようとする連中も悉く始末してきた。


 けどもし妹が私の立場であれば、確実に操縦は不可能。

 あの馬鹿妹は『真の貴族として!』とか叫んで魔獣領に行くのが目に見えている。

 だから色々と諦められていた妹だけれど、ここに来て一番役に立つ。


「あの腹立たしい小娘も純粋な好意を持つ相手には弱いらしい。明らかに態度が違う。それに食堂での一件で古代魔道具の娘に一層興味を持ったようだからな。せいぜい仲良く成って貰って、我が家に害を与え難くなって貰おう。機嫌を損ねて殺されても、交渉材料になるしな」


 本当に、この父にして私が在ると思う。原因が誰か本気で気が付いてないのかね。

 自分の娘を『家族』ではなく、ただの生きた『駒』としか見れない両親。

 そんな人間の言う事を、子供が何時までも聞く訳が無いのに。


 特に私の様に力を持てば、下手をすると家を潰すと思うんだけどね。


「・・・初めて妹に同情するかもね」


 今この家で一番危険な所に立っているのは妹だ。

 何かが間違えば殺される。そして両親はその上であの子を向かわせた。

 本当に碌でない家だね。私が言えた義理じゃないけど。


 ま、私が死ぬ訳でも立場が悪くなる訳でもないから、どう転んでもどうでも良いかな。

 二人は足場の悪さを受け入れ難いんだろうけど、私は余り変化は無いしね。

 両親が地味な嫌がらせをして来る可能性は大いにあるけど、グロリアが居る間は無いでしょ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る