第62話、お姉様


「ふん、貴女が自分で無様を晒すのは結構だけど、お客様が居る事すら気が付かないの?」

「・・・お客様?」


 魔道具使いの女性がチラッと私達に視線を向け、それにつられたように女の子の視線も動く。

 女の子は険しい表情を私達に向け――――――ぱぁっと笑顔を見せた。


「リーディッドお姉様!!」

「は?」

『は?』


 女の子はリーディッドさんを見ると、満面の笑みでこちらに駆け寄って来る。

 その様子を女性はポカンとした顔で見つめ、ガライドは彼女と同じ様な声を漏らしていた。


「お姉さま! リーディッドお姉さまが何故こんな所に!?」

「こんな所とは、貴女のご実家に使う言葉ではありませんよ」

「解っていて言っているのです! 問題ありません!」

「はぁ・・・貴女は相変らずですね・・・」


 女の子は嬉しそうに話しかけるも、リーディッドさんは頭を抱えている様だ。

 これはどう見れば良いんだろう。この人って、あの『怖い妹』さんだよね?


「少々ご縁がありましてね。今後我が家の後ろ盾をお願いする事になったんですよ」

「ほ、本当ですか!? あのお父様が!? 魔獣領の後ろ盾に!? どうしたのかしら。まさか悪い物でも・・・いいえ、体にいい物でも食べ出したのかしら!」

『・・・父親に対し散々な言い様だな、この娘』


 女の子の勢いにガライドが気圧されている。かくいう私もちょっと怖い。

 だって機嫌を損ねたら何をされるか解らない。下手に動けないし、下手な事が言えない。


「ああ、でもまさかお姉さまと会えるなんて・・・!」

「その『お姉さま』は止めませんか。貴女の方が家格は上なのですから」

「いいえ! こんな家大した事は有りません! 古代魔道具を代々扱える家だというだけで、それ以外に大した事など出来ないし、やっていないのですから!」

「ですが、その『古代魔道具』の存在が大きいんですよ?」

「その力を民の為に使わないのであれば無いのと同じ事です! ですがお姉さまは、シジュール家は違います! 代々国民を守る為に魔獣領を治め、ずっと魔獣と戦い続けて来た偉大な家! こんな何もしない家よりも、シジュール家こそが本来高位貴族で在るべきなのです!!」

『・・・成程。確かに説得は難しそうだ。腹芸は出来なさそうだな』


 ガライドは少し呆れた声音だけど、私はこの時点で少し警戒を解き始めていた。

 だって彼女はリーディッドさんを、あの家の人達の事を褒めている。

 それが凄く嬉しくて、悪い人にも怖い人にも見えなくなって来ていた。


「あ、あの、リーディッドさん。妹と、お知合いですの?」

「ええ、彼女は―――――」

「自分の我が儘で社交界に出ないお姉さまは知らないでしょうが、お父様に連れて行って頂いたパーティーでお会いしたのです。貴女と違いとても立派な御方なのですよ」


 女の子はリーディッドさんの答えを塞ぐように、姉の問いに対し胸を張ってこたえる。

 物凄く嬉しそうなその様子は、関係無い私が嬉しくなってしまう。


「いえ、私はそんなに立派な人間では―――――」

「知っていますかお姉さま。リーディッドお姉さまは貴女と違い、日々魔獣を狩っているのです。国の為に、領地の為に、街の為に、民の為にです。自らが前線に赴き、危険を冒して民を守り続けているのです。それこそが本来『貴族』として在るべき姿ではないのですか!!」

『・・・リーディッドが困ってるのもお構いなしなのが凄いな。後そんなに前線には出てない』


 私は女の子の言葉に嬉しくなっていたけど、ガライドの言葉ではっと気が付く。

 リーディッドさんが眉間に皴を寄せ、凄く困った顔で女の子を見ている。


「エシャルネ様。どうか落ち着いて下さい。廊下で大声ははしたないですよ」

「っ! こ、これは、お姉様に会えた喜びでつい。みっともない所をお見せしました」

「いいえ。私の事を慕ってくれているのは大変嬉しく思いますよ」

「は、はい。そう思って頂けるなら感激の極みです・・・!」

「あはは・・・」

『これはファンというよりも、信者という方が正しい感じがするな・・・』


 エシャルネと呼ばれた女の子は、リーディッドさんの注意で少し静かになった。

 いう事を素直に聞く様子を見るに、彼女もリーディッドさんの事が好きなのだろう。

 私の場合は大きな恩も有るから、彼女『も』というのは少し違うかもしれないけど。


「・・・所で、貴女は随分若いけど、お姉さまの・・・侍女見習いかしら? なんて、ドレス姿なんだからそんな訳は無いでしょうけど・・・でもお姉さまに妹なんて居たかしら・・・?」


 静かになった女の子が私に顔を向け、その目はとても優しい。

 姉に向けていた鋭い眼は無く、むしろ穏やかでほっとする笑顔だ。

 ただ質問の内容に対しては、どう答えて良いのか少し悩んでしまう。

 侍女、ではないけれど、じゃあ何と答えれば良いのかと。


「わたし、は・・・えっと・・・」

「彼女は我が家の食客です。これでも凄腕なのですよ」


 あ、そうだった。忘れていた。私は『食客』なんだった。

 暫くその事を話してなかったから、完全に頭から抜け落ちていた。


「まあっ、リーディッドお姉様が認める方なのですね。幼い身でありながら相当の修練を積まれたのでしょう。どこかの古代魔道具に頼り切った方と違い、大変素晴らしい事ですね」

『この娘はいちいち姉を貶さねば済まないのだろうか。仲の悪さが良く解るな』


 古代魔道具に頼り切った、という言葉に少し引っ掛かりを覚えた。

 私の手足は古代魔道具、ガライドが居るおかげで有る。

 つまりそれは、魔道具に頼り切っている、という事になるんじゃないかな。


「魔道具に、頼ってる、のは、私も、一緒、です」


 あの人と同じ、とは思いたくない。けど実際頼っているのは同じだ。

 私はこの力を手放す気は無い。ガライドにずっと一緒に居て欲しい。

 そう思って、少し沈んだ気分で応えてしまった。


『グロリアは頼ってなどいない。君は私を十全に・・・十全以上に使いこなしている。それに君自身の技量も相当なものだ。けしてあの女の様に、道具の性能に頼って戦う真似はしていない』

「ガライド・・・うん」


 けどそんな私を慰めてくれて、思わずガライドを引き寄せて抱きしめる。


「あ、そ、その、え、す、すみません。ご、ご気分を害する気は、なかったのです。ほ、本当に凄いなと、本心からの言葉で・・・も、申し訳ありません!」


 けど私のその様子を見たエシャルネさんは、真っ青な顔で謝って来た。

 物凄く慌てた様子を見て、逆に私がオロオロと慌てだす程に。


『・・・騒がしいというか、慌ただしいというか・・・中々扱いが難しそうな娘だな。ある意味扱いやすそうではあるが・・・これは困った事になりそうだ』

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