第63話、必死

「古代、魔道具、使い・・・貴女がですか!?」


 やたら大きな食堂に、エシャルネさんの声が響く。

 彼女と出会った後、近くに居た使用人さんに食堂へ行くように促された。

 そして全員が席に付くと、先程会ったおじさんが私達を彼女に紹介すると彼女が叫んだ。


 正確には彼女だけではなく、彼女のお母さんもこの場に居る。

 顔を合わせた時からニコニコ笑顔で、とても穏やかな人に見えた。


「・・・貴女の傍にずっと浮いているそれが、古代魔道具、なのですか?」

「はい・・・ガライド、です」


 エシャルネさんの問いに応え、ガライドを掴んで前に出す。


「ガライド・・・さ、触っても、宜しい、ですか?」

「えっと・・・」

『別に触るぐらい構わんが・・・食事の後の方が良くないか?』


 ガライドに確認を取ろうと目を向けるも、彼の言葉にハッとなる。

 せっかくの作って貰った食事が有るのに、後回しは確かに良くない。


「食べて、から、後で、なら」

「っ、失礼しました。興味が先走り恥ずかしい真似をしてしまい、誠に申し訳ありません」

「え、い、いえ、き、気に、しないで、下さい」


 彼女は一瞬慌てた様子を見せ、私もオロオロと慌ててしまう。

 そんな私達をクスクスと笑う人が居た。彼女のお母さんだ。


「エシャルネ。早速仲良くなれた様で良かったわね。貴女の憧れのお姉さまもご一緒なんて、貴女にとって今日は記念日になるのではないかしら?」

「・・・ええ。とても素晴らしい日です。本当に、とても」


 お母さんが穏やかに声をかけると、何故かエシャルネさんは冷たい目になった。

 声音もその視線通り冷めていて、今までとまるで違う雰囲気を見せている。


「すまないね。この子はどうにもお転婆で困っているんだ。この子が先程伝えた下の娘だ。とはいえ顔を既に合わせている様だから、紹介は要らないだろうが」


 おじさんが申し訳なさそうな顔でそう言って、その後に彼女のお母さんも紹介された。

 食堂に入った時に『お母さま』と姉妹が言っていたので、そっちも既に分かっているけど。

 そして紹介も済んだという事で、先ずは食事にしようと促される。


『グロリア、先ずはこれを使って、これから食べるんだ』

「は、はい・・・!」


 ただ今回私は、何時もの様に食べる訳にはいかない。

 テーブルマナー、というものを気にしなければいけないんだ。

 これを失敗するとリーディドさんが恥をかく、とリズさんに聞かされている。

 だからガライドの指示に従い、彼の指さす物を確認して手を動かす。


『その程度の事を彼女が気にするとは思わんがな。一般的にはそうとられるが、グロリアはそこまで気にする必要は無い。リズは最後にそう付け加えていただろう?』


 とガライドにさっき言われはしたけれど、それでも彼女の恥になる様な事はしたくない。

 本当は自分の力だけでやり切らなきゃいけないんだと思う。

 けど自信が無い以上、ガライドに協力して貰ってでもやり切って見せる。


「おい、しい・・・」


 口に入れた瞬間、優しい味が広がるのを感じた。

 その美味しさがとても幸せで、一瞬思考が飛びかけるのを自覚する。


「っ!」


 駄目だ。今日は駄目だ。今日だけは絶対にダメだ。

 何時もなら気にせず食べて良いけれど、今日だけはちゃんとしないと!

 細めかけた目をカッと見開き、神経を集中して周りを見る。

 目だけで見るのではなく、細かな気配すら感じ取れる程に集中する。


「・・・あの、グロリア、さん」

「っ、なん、ですか?」


 ただそこでエシャルネさんに声を掛けられ、何か間違えたかとビクッとする。

 ガライドに協力して貰っている以上、間違いは無いはずなのに。


「あ、いえ、何でもないです。どうぞ食事に集中してください」

「はい・・・!」


 けれど危惧していた様な注意は無く、続ける様にと言われて気合を入れる。

 どうやら問題は無かったらしい。ならこのまま続ければきっと乗り切れるはず。


 食べる度に解けそうになる意識を、全身に力を入れて耐え続ける。

 美味しくてにやけそうになる頬を、ぐっと堪えて歯を噛み締める。

 その間皆何か会話をしていた気もするけど、食事に集中し過ぎてよく覚えていない。


 けど声をかけられた覚えはないし、ガライドも私に注意をしなかった。

 だから多分問題は無いし、このまま食べ続けていれば無事終わるはず。


「食べきった・・・!」

『うん、頑張ったな・・・まあ、うん、本当に頑張ったと思うぞ・・・』


 食事を食べきり、食器の置き方もすべて問題無い事を確認する。

 物凄く美味しかった。どれもこれもすっごく美味しかった。

 けど今日の食事はどんな戦いや訓練よりも疲れた・・・!


「ふふっ、グロリアさん、そんなに我が家の料理は美味しかったかしら?」

「っ、は、はい、美味しかった、です」


 エシャルネさんのお母さんに声を掛けられ、慌て目を向けて応える。

 穏やかに笑う彼女は、私の返事を聞くと更に笑みを深めた。


「それは良かったわ。もしよければ、ずっと食べに来ても構わないんですよ?」

「それは、えっと・・・」


 食事は美味しかった。これは本当だ。全部、全部間違いなく美味しかった。

 けどこんなに疲れる食事を何度もしたくない。

 出来れば食事は、のんびり美味しさだけを噛み締めて食べていたいな・・・。


「・・・お母さま、他家の食客を堂々と引き抜くのは失礼ではありませんか」

「あら、堂々と、だからこそではありませんか。裏でコソコソと交渉をする方が、よっぽど印象は悪いと思いますよ。それこそ貴女の嫌う所でしょう?」

「・・・そうですね。失礼しました」

「いいえ、解ってくれたならそれで良いのよ」


 エシャルネさんがまた冷たい声を放つと、正反対に笑顔で返すお母さん。

 そして納得の返事を聞けた事で、またふふっっと笑って笑みを深める。

 穏やかで優しい人だ。思っていたより『怖い人』はこの城には居ないのかも。


『グロリアを子供と見ての発言か、それとも断られるのを解っての言葉か。本音が何処に有るか解らんな、このご婦人は。私にはあの笑顔がどうしても胡散臭く見えるが・・・』


 ただガライドは彼女に良い印象が無い様だ。

 私からは優しい人にしか見えないけど、どの辺りが胡散臭いんだろう。

 不思議に思い首を傾げていると――――――とんでもない事が目の前で起こった。


「美味しかったわ。今日もいい仕事をしてくれたわね。お客様も満足みたいだわ」

「ありがとうございます、奥様」


 何故かまだテーブルに食事が有るのに、全員が食事の手を止めた。

 そしてお母さんが奥様と呼ばれ、そう呼んだ男性が恭しく頭を下げる。

 彼がこの食事を作ってくれた人だろうか。そういえば屋敷の料理人さんと服が似てる。


 なんて思っていると、料理が何故か片付けられ始めた。

 何故と思い少し驚き、疑問で首も傾げてしまう。


『・・・これが貴族の食事、という事だろう。リーディッドの屋敷では良しとされていないが、残す程の食事を出す事も家の豊かさを見せる見栄、といった所なのだろうな』


 私が驚いている事に気が付いたのか、ガライドが説明をしてくれた。

 けれど理解出来ない。あんなに美味しい食事を残すなんて意味が解らない。


「あの料理、どうするん、ですか?」

『使用人達が食べる可能性も在るが・・・まあ、基本は捨てるだろうな。もったいないが』

「っ、駄目、です!!」


 思わず立ち上がって叫んでしまった。だってそんなの絶対におかしい。

 あの料理を捨てる? 許さない。そんな酷い事絶対に許されない。

 丁寧に作られた料理だって私が解るんだ。それはきっと凄い手間がかかってるんだ。

 食べた人を幸せに出来る料理を捨てるなんて、私は絶対に許せない・・・!


「その料理、こっちに置いて下さい。捨てるなら、私が、全部、食べます・・・!」


 最早怒りに近い感情を覚えながら、料理を下げようとした人達に告げていた。


『・・・全員グロリアの迫力で動けなくなっているな。食事への想いが強過ぎる。さて、ご婦人に思うところがあるなら『間違えた』と考えているだろうが・・・次はどう出るかな』

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