第43話、義務

「お、来たか。丁度良いタイミングだ」


 ガラガラと車の走る音が聞こえると、ギルマスはそう言って立ち上がった。

 そして私の頭を軽く撫でてから出入り口に向かい、車の音がギルドの前で止まる。

 すると皆の視線が出入り口に向き、少ししてリーディッドさんが入って来た。


「連れて来ましたよ」

「おう、お疲れー」


 ただギルマスさんが労う様に声をかけると、彼女は方眉を少し上げる。

 それから私をチラッと見て、すぐに視線をギルマスさんへと戻した。


「何か有用な話が聞けたようですね」

「良く解るな、お前」

「貴方が顔に出過ぎなだけですよ」

「そうか? だとしても、種族が違うから解り難いと思うんだが」

「ギルマスは自分で思ってるより解り易いので、本当に気を付けた方が良いですよ」

「まじか・・・もうちょい気を付ける」


 ギルマスさんの表情は解り易いと思う。だって私でも解るぐらいだし。

 楽しい時は口の端が上がってて、怒る時は目が鋭くて、考えてる時は眉間に皴が凄く寄る。

 確かに私達とは違う顔の形だけど、表情が読めないと思った事は少ない。


 さっきもリーディドさんに声をかけた時、ニッと笑いながらだったし。

 私には未だ何を考え付いたのか解らないけど、きっと良い事を思いついた表情だ。

 それが私にとって『良い事』かは解らないけれど。


 ただガライドが少し楽し気だった事を考えると、少し期待したいと思う自分が居る。

 そう思ってガライドを抱きしめていると、領主さんがギルドに入って来た。


「そろそろ俺に声をかけてくれても良いと思うんだ、ボール」

「お前がとっとと入って来ないからだろ」

「急遽呼ばれてきたんだから少しぐらい持て成しの心が有っても良いだろう」

「じゃあ今回の件お前に伝えないままで良かったのか?」

「・・・凄く困る」

「だろうが。良いから座れ」

『気の抜ける光景だな・・・相変らず普段は領主という感じがしない男だ』


 ギルマスさんに早く座る様に促され、とぼとぼと私に近付いて来る領主さん。

 けれど私の前に座ると、彼の様子ががらりと変わった。

 さっきまでのどこか緩い様子じゃなくて、初めて会った時と同じ感覚を覚える。


「では無駄な前置きは止めておくとして、早速本題に入らせて貰おう。グロリア、君が回復魔法を使い、それが魔道具の力というのは事実か?」

「はい、事実、です」

「君の力、ではないんだね? 間違い無く魔道具の力なんだね?」

「はい、ガライドの、力、です」

「そうか・・・」


 領主さんの質問に答えると、彼は小さく溜め息を吐きながら手で顔を覆った。

 指の隙間から見える表情は眉間に皴が寄っていて、怒っているのか悩んでいるのかは解らない。

 けれど何かしら不快にはさせている、という事だけは解る表情だ。とても気まずい。


「領主様、ここで傭兵ギルドのマスターからちょっとした補足が有るんだが、聞くかい?」

「ボール、もったいつけずに話せ」

「へいへい、仰せのままに」


 そこでギルマスさんがニヤッとしながら声をかけると、領主さんの眉間に皴がもっと寄った。

 返事の声音はとても不機嫌で、今まで聞いた事無いぐらい低い声。

 怖くないのに怖い。もしかすると領主さんも魔道具持ってるのかな。

 ガンさんも普段は怖くないけど、魔道具使ってる時は怖かったし。


「お前も不思議に思ってたその球体。どうやら意思があるらしくてな。グロリア以外に魔道具を使わせる気が無いらしい。つまりグロリアから取り上げたとしても、使えるかどうか解らない」

「・・・成程。それなら、何とか、行けるか。だがそれを証明出来るか?」

「そんなもん『存在しない物を存在しないと証明しろ』って言ってるのに等しいぞ。魔道具の声がグロリアにしか聞こえない以上、無理に決まってる。だが声が聞こえた所で同じだろう」

「そうだな・・・同じ事か」


 声が聞こえても聞こえなくても、ガライドの意思は変わらないのだろう。

 それは確かに同じ事だ。そしてそれと同じく私の意思も変わらない。

 ガライドは渡さない。絶対に、誰にも、渡さない。


『私の声が聞こえると、会話が出来るなら懐柔出来ると思うかもしれない。聞こえないのであれば、グロリアが嘘を言っていると思うかもしれない。どちらにせよ同じ事だな。だがグロリアから引きはがせない理由にはなり得るし、真実であると思えば手は出しにくいはずだ』


 ・・・私が考えていた事と全然違った。やっぱり私、ガライドが居ないとまだ全然駄目だ。

 何となく今のは、私が見当違いの事を考えていたから、さっと訂正してくれた気がするし。

 まだまだ自分の未熟だなと痛感していると、領主さんが私に目を向けた。


「グロリア、私はこの件を国に報告する義務がある。隠し通す訳にはいかない。万が一君が人目の有る所で回復魔法を使った時、何故黙っていたのかという話になる可能性もある。そうなれば困るのは私だけでは済まないんだ。だからどうか、その点はどうか許容して欲しい」


 とても真剣な表情で告げられたものの、少々困惑してしまう。

 だって私には、何故そこまで真剣なのかが解らない。

 むしろ報告するしかないのであれば、気にせずしたら良いんじゃないだろうか。


『グロリアには難しい話になるが、この件を報告する事でグロリアが思い通りに動けない事態が起きる、という事を告げているんだ。真剣なのは君の不評を買わない為に、適当な事を言っている訳ではないと、どうしても避けられない事なのだと伝える為だろう』

「・・・そう、ですか。解り、ました」


 困惑する私を見かねてガライドがまた説明をしてくれた。

 首を傾げながら内容を一度咀嚼するも、やっぱり良くは解らない。

 そうなんだ、という感じだ。けれど取り敢えず話は解ったと頷いて返す。


「ありがとう、グロリア。勿論最初に君と約束した以上、私は出来る限りの事はするつもりだ。ただ君に不快な事が起こりえないとは言えない。回復魔法が使えるとなると尚更だ。だからお願いだ、その時出来る限り、短気は起こさないで欲しい」

「短気、ですか・・・?」

『いきなり怒って暴れないでくれ、という事だろうな』

「・・・わかり、ました」


 領主さんは知らないはずなのに、まるでさっきの私を見たかの様な事を言って来た。

 皆から見て私はそんなに危ない人間に見えるんだろうか。

 いや、実際危なかった事を考えれば、きっとそうなんだろうとしか言えないけれど。


 ・・・ガンさん達も、同じなのかな。それは、少し・・・凄く、悲しい、気がする。


『さて、報告を受けてどう出るか・・・それ次第では、私も全力で行こうか』

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