第44話、技量

 回復魔法の件から暫くたった。あれから私の日常は、余り変わっていない。

 いや、余りじゃないか。全然変わってないと思う。

 勿論リーディッドさんに色々教えて貰って、少しは成長してる・・・とは思いたい。


 けれどあれだけ大騒ぎをした割に、何時も通りの日常な事に少し気が抜けた。

 領主さんがあんなに真剣な様子だったから、よっぽど大変な事が起きると思っていたのに。

 なんて思い返しつつ上段から振られる薪を弾き、そのまま拳を引かずに突き出す。


「っ、今のをそのまま攻撃に転じますか。いやはや、これではどちらが稽古を付けて貰っているのやら解りませんね。とても勉強になります。無手の達人とやる機会は中々ないので」

「お役に、立てれば、よかった、です」


 つまり今日も今日とて手加減の練習をしている。ただ最近は結構上達してきた。

 受け流しても手袋を破かなくなったし、そもそも薪を叩き割る事もだいぶ減った。

 無くなった訳じゃないから、まだまだ練習が足りないとは思うけど。


 それと弾くのが上手くなって来たから次の段階だと言われ、反撃も込みで動く様になった。

 とはいえ当ててしまうと大変な事になるから、全部少し手前で止めている。

 もっとも止める必要の有る事は少ない。兵士さんは大概避けるか捌く。


 ただ相手に触れる直前で止めるのは、当てて加減をするよりよっぽど簡単だ。

 だからきっと、当てるのは薪を確実に壊さなくなってから、なんだと思う。

 でも出来るかどうかは解らない。というか素直に自信がない。


「しかし、自信が無くなりますね。これでも多少は腕に覚えは有ったつもりなのですが」

「え、あ、え、えっと・・・ご、ごめん、なさい・・・」


 兵士さんは言葉通り、少し悲しそうな表情になってしまった。

 そんな反応をされると思っていなかったから、オロオロと慌てて兎に角謝った。

 謝るのが正しいのかどうか判らないけれど、嫌な思いをさせたのはきっと間違い無いから。

 ただそんな私を見た彼は、何故かクスクスと笑い始めた。


「ふふっ、謝る必要はありませんよ。グロリア様。ただ未熟なこの身を恥じるばかりです。むしろ貴女は誇っていいだけの技量が有る。胸を張って下さい。貴女は素晴らしい闘士です」

「え、えと、ありが、とう・・・ござい、ます?」


 兵士さんの言葉に戸惑いつつも、機嫌が直ったのなら良かったと思いつつ答えた。

 ただ胸を張れと言われても、未だ薪を割り続けている私には無理が有る。

 だって私の攻撃を彼が捌く時は、薪を割る事なんて殆どないのだから。

 どう考えても彼の方が上だ。未熟なのは私の方だ。


「でも、兵士さんの、方が、上手だと、思いますよ」


 だからなのか、不快にさせるか不安になりつつもそう告げてしまう。

 すると彼は一瞬ポカンとした顔をして、その後優しい笑みを向けて来た。


「貴方にそう言って頂けると自信が付きますね。ありがとうございます」


 良かった。喜んでくれたみたいだ。思わずホッと息を吐く。

 その時下がった視線の先に有った拳を見て、自分の『手』を見ると思う事も有る。


「それに、私の力は、魔道具の力、ですし」

『っ、グロリア、それは―――――』


 私の両手両足はガライドの物だ。私の手足はもう何処にも無い。

 ならきっとこの力はガライドの力だと思う。私の力じゃない。

 そう思い呟いた言葉を聞くと、何故か彼は膝を突いて目線を私に合わせた。

 だからなのか、ガライドは何かを言いかけたけれど黙ってしまう。


「グロリア様。貴女の技量は貴女自身の力です。たとえ魔道具がどの様な力を持っていようと、使っているのは貴女です。何より貴女の動きは美しい。生半可な使い手の動きではない。あの動きが出来る理由を魔道具に繋げる者は、目が腐っていると断言しましょう」

『――――ああ、そうだ。彼の言う通りだ。私はあくまで補助器具に過ぎん』


 私の手を握りながら兵士さんが告げ、ガライドも同意を口にする。

 けど良いのかな、そんな認識で。だって私はこの手足が無いと殆どの事が出来ないのに。


「グロリア様、鍛錬中に申し訳ありません、ご友人が訪ねて来られたようです」

「っ、は、はい・・・!」


 ただその事を訪ねようと思った所で、リズさんが声をかけて来た。

 言われて門の方へ視線を向けると、子供達が私に向けて手を振っている。

 今日は訓練後に遊ぶ約束をしていて、きっと来るのが遅い私を迎えに来たんだろう。


「おや、もうそんな時間でしたか。では今日はこの辺りにしましょう。行ってらっしゃいませ、グロリア様。今日も楽しんで来て下さい」

「えと・・・はい。いって、きます」


 聞きたい事はあったけれど、皆を待たせるわけにはいかない。

 そう思い兵士さんに頷いて応え、リズさんにもぺこりと挨拶をしてから門へ駆ける。


「はっや」

「相変らず凄いわねー。目にもとまらぬってこういう事よね」

「足の速さもそうだけど、あの速さで走ってすぐ止まれるのが凄いと思う」


 皆は私の足の速さを褒めてくれて、けれど一人だけ凄く不機嫌そうな顔だった。

 この子は良く不機嫌になるけど、ここで何か言うとリーディッドさんが飛んで来ると思う。

 初めて会った時は足を掴まれて振り回されて、他の日でも会った時は大体何かされているし。


「・・・グロリア、さっき何してたんだ。アイツ、膝なんかついて、グロリアの手まで握って真剣な顔で・・・大丈夫か、なんか変な事されてないか? お前あんまり拒否とかしないから、嫌なのに我慢してたりしないだろうな。変な事されてたなら絶対言えよ?」


 ただ今日は機嫌が悪いんじゃなくて、私を心配してくれてたみたいだ。

 うーん。表情は解るようになって来たつもりだったんだけどな。難しい。


「何も、されてないよ。私を、褒めて、くれてた、だけ」

「・・・ふーん」


 けれど素直に答えると、何故か彼は更に不機嫌そうな顔になった。

 良く解らず首を傾げていると、周りの子供達は呆れた様な顔になっている。


「ハイハイ、つまんない嫉妬してないでいくわよー」

「そうだぞ。告白もしてないのに彼氏面とか気持ち悪いぞ」

「自分がヘタレで出来ないからって妬みはみっともないよねぇ」

「だ、誰が妬んで、そ、そんなこと考えてねえよ!!」

「「「「「はいはい」」」」」

「聞けよお前等!!」

『ククッ、可愛らしいな、男の子は』


 ガライドは彼の事を好ましく思っているらしく、良くこんな事を言っている。

 そして皆は何時も通り彼の言う事を碌に効かず、広場の方へを歩き始める。

 私も彼らを追いかけ・・・ふと、変な視線を感じた気がした。


「ん、グロリア、どうしたの? いこー?」

「あ、は、はい」


 気になって思わず足が止まり、けれど声を掛けられ再度皆を追いかける。

 ただその間もずっと、遠くから見られている様な感覚がずっと合った。

 勿論やけに見られるのは何時もの事だけど、今日の感覚は何時もと何かが違う気がする。


『・・・付けて来ているな。この距離なら会話も聞こえんと思っているんだろうが』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る