閑話、ギルマスの憂い
「マジで全員行っちまいやがった。一応出て来たのは殲滅したが、逃げたのも居るんだぞ。また戻って来たらどうするつもりなんだ。つか新しいのが来る可能性だってあるってのに・・・」
はぁと溜息を吐きながら、紅い髪の娘を連れて行く一団を見送る。
離れた所で文句は言うが、実際に聞こえる様に言う気は無い。
だって聞こえたら面倒だし。絶対何かしらで仕返しされるからな。
「相変らずギルマスは姐さん達に弱いねぇ」
「うっせ! 良いから早く作業をしろ! まだ運び終わってない魔獣が残ってんぞ!」
「へいへーい」
余計な口を叩く連中に指示を出し、魔獣の回収を急がせる。
折角魔獣を追い払ったってのに、肉を求めてまた出て来られたら面倒くせえ。
血の臭いだけならまだ森に引き返すはずだ。とっとと現物は片付けちまいてぇ。
「・・・しっかし、凄まじいな」
おそらくあの嬢ちゃんが、グロリアがやったのであろう戦闘跡を見る。
紅い光が突き抜け、空へと走ったあの一撃。そう、アレは空に向いていたはずだ。
だというのに地面がえぐれ、森の木も一部吹き飛んでいる。
どれだけ広範囲の攻撃だよ。これをまっすぐ撃っていたらどうなっていたか。
接近戦闘は少しだけしか見れなかったが、凄まじく無駄のない動きだった。
ただ相手の命を狩る為に、ひたすらに殺す為に修練でも詰んだ様な動き。
闘って勝つ為の技じゃない。相手を確実に殺す為の業。
アレはあの年齢の子供が出来る動きじゃなかった。明らかに異常な強さだ。
「それでもあの紅いの無しならやれる自信はあるが、有りなら勝てるかどうか怪しいな・・・」
見ていた奴に聞いたところ、紅に呑み込まれた魔獣は跡形も無いと言っていた。
なら魔獣より脆い人間の体なんざ、簡単に消し飛ぶだろうな。
それこそあの娘と同じく、同じ様に強力な魔道具を使える者でない限り。
更に言えばあの娘、魔獣を生で食っていた。
普通そんな事をすればぶっ倒れる。魔獣に含まれる力に酔う。
多少なら問題は無いが、腹が膨れる程食えば確実に影響が出る。
だから普通は血を出来る限り抜いて、調理する事で食べられる様にする。
そうすれば適度な栄養食になるし、傭兵にとっては活力になる食材だ。
なのにあの娘はむしろ生でないといけないと、命を食らう事で回復している様に見えた。
ただその様子は、ひたすらに、ただひたすらに、必要だから食べている様だった。
キャスがアレを見て言った様に、望んで食べている様には到底見えない。
まるで生きる為に望まぬ暴食をしている様な、そんな風に感じた。
『先程はグロリアさんの前だったので適当な事を言いましたが、実際は違うと思いますよ。と言うかさっきの予想よりもっと面倒くさい予感がします。そうですね、例えば―――――』
奥の部屋に言った途端、リーディッドの奴はそう言った。
真実を当てて刺激をしたくないと。だから本当の予想は別だと。
聞かされた時はまさかと思ったが、アレを見ちまったら信じざるを得ない。
『ですので出来る限り懐柔するつもりですが、余り期待し過ぎないで下さいね』
だからこそ面倒見の良い連中に任せた。ここに居る連中は敵じゃないと思わせる為に。
とはいえそれも、あの嬢ちゃんを捨て置けなかった、というのが真相だろう。
リーディッドの奴は『懐柔』などと言っていたが、あいつは相変らず素直じゃない。
その気ならもっと別の手が有るだろう。どう見ても世間を知らない様子なんだからな。
「・・・はぁ。胸糞わりぃな」
明らかに真面な育ち方をしてない娘。
両手両足を魔道具で補ってる割に、淀みのない高い体術。
魔獣の命を絶つ事への一切の躊躇の無さ。
戦い慣れている。命を絶ち慣れている。
あれは魔道具の力じゃねえ。あの娘本人の実力だ。
事実を並べる程に、思いつく範囲でも碌でもない事しかない。
真実は確かめてみないと解らないだろう。
だがどう考えても、気分の良い話が聞けないのは間違いねぇ。
あんな子供に、あんな小娘に、一体誰が何をさせてやがった・・・!
「イラつくぜ・・・!」
・・・馬鹿野郎。イラついてどうする。こんな様子をあの娘に見せる気か。
幾ら俺相手に恐怖を見せなくとも、警戒は確実にするだろうが。
今は落ち着け。やるべき事を冷静に考えろ。怒りを出すのはその後だ。
「取り敢えず、領主に連絡取るか・・・ま、俺が連絡しなくてもあんな目立つ娘、街に入った時点で兵士から連絡が行ってるだろうが・・・おーい、そこのー」
「はい? なんすかギルマス」
あの魔道具の件も考えると、これが最善の選択だ。
予想が正しければあの魔道具はおそらく・・・。
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