第16話、暴食のグロリア

 ギルマスさんが走り出してからはあっという間だったと思う。

 前の方に居た魔獣達は瞬く間に倒され、後ろの方に居た魔獣達は森に逃げて行った。

 倒した魔獣達は物を運ぶ道具の上に乗せられ、何処かに運ばれてゆく。

 私の傍に有った魔獣もそれと一緒に運ばれていった。


「グロリアちゃん、大丈夫? 怪我してない?」

「・・・大丈夫、です」


 キャスさんに応えながら、けど言葉とは裏腹に自分が解らない。

 お腹が空いていたはずだ。もっと食べたかったはずだ。もっと飲みたかったはずだ。

 なのにキャスさんの言葉を聞いて、キャスさんの顔を見て、手が止まってしまった。


 本当に自分は大丈夫なんだろうか。

 何かおかしくなったんじゃないだろうか。

 解らない。あの森でガライドに会ってから、解らない事だらけだ。


 闘って、勝って、食べてれば、それで良かったはずなのに。

 生きていられるなら、食べて生きていられるなら、それで良いはずなのに。


「あーあーあー。もう、血まみれじゃないの」

「ギルマスー。ちょっとこの子攫ってくわよー?」

「ドレスも洗わないと。血の色に似てるから目立たないけど、大分汚れてるもの」


 自分で自分が全く解らなくて、両手をじっと見つめていた。

 けれど唐突に視界が高くなり、女の人に抱えられた事に気が付く。


「おいおい、まさか全員で行くつもりかよ。後の事全部俺がやれってか?」

「フランが居るでしょー」

「それでも二人じゃねえか。勘弁してくれよ・・・って誰も聞いてねぇ・・・俺本当にギルマスなんかな。自信なくなって来た。リーディッドとキャス・・・は仕方ねえか。居た方が嬢ちゃんも安心だろうしな。はー・・・面倒くせぇ」


 ギルマスさんは頭を抱えていたけど、女の人達は私を抱えたまま歩き出す。

 リーディッドさんとキャスさんも一緒だったから、されるがままに運ばれた。


「グロリアちゃん、いくらお腹空いてても、生はあんまり良くないと思うわよ?」

「そうそう。最低限焼いて食べるとか」

「おねーさん達が後で食べさせてあげるから、取り敢えず今は身綺麗にしましょうね」

「誰か着替え持ってるー?」

「取り敢えずシャツでも着せてあげれば良いんじゃないかしら?」


 食べさせて貰える。そう聞いた瞬間嬉しくなってしまった。

 やっぱり変だ。食べるのを躊躇してしまったのに、食べる事を喜んでいる。

 訳がわらかなくて困っていると、頭にガライドの声が響いた。


『グロリア。君の体は魔獣を食べる事で体を動かす力に変えているが、ここ数日魔獣を食べない日々が続いていた。勿論普通の食事でも多少は補給出来るようだが効率が悪い。その上食べる量も少なかった。結果、君の体から少しずつ力が落ちている事には気が付いていた』


 魔獣を食べてない日と、食べる量。そうか、私、食べないと戦えないんだ。

 食べる為に戦って、けど食べないと戦えない。戦わないと、生きられない。

 魔獣と戦って、勝って、食べないと、やっぱり生きられないんだ。


『だが幸せそうに料理を食べる君が・・・嬉しそうに笑う君を見ていたら、無粋な事は言えないと思ってしまった。君が幸せに、戦わずに生きる道も有るかと。それでもこれは伝えておくべきだった。必要な伝達事項だった。本当に・・・すまない』


 ガライドが重苦しい声で謝って来た。私に言えなかったと。

 闘わずに済む生活。それはきっと、幸せなんだと思う。


 あの美味しい食事を食べて、胸にほわほわする気持ちを抱えて、のんびり生きる。

 今まで見た事も無い様な所に行って、知らない人と会って、また食べさせて貰って。

 うん。きっと幸せだ。きっと美味しい。きっと満足出来る。






 ―――――けれど、私はそれじゃ、生きられない。






「ガライド」

『・・・なんだい、グロリア』

「私、もっと食べたいです」

『・・・ああ、解っている。君は森でもっと食べていた。それはきっと、私を付けているせいもあるのだろう。私の存在が、君の力を消耗させている。その手足を動かす為―――――』

「だから、闘います。生きる為に。戦う為に、食べます。戦って、勝って、食べて、生きます。その為に、私は、ガライドが要ります。助けて、ください」

『―――――グロリア』


 何も解らない私でも、解っている事がある。

 両手両足が無ければ闘うのは難しい。生きる事は難しい。

 いま私が当たり前に生きられているのは、ガライドが居るおかげだ。


 手足が無くとも戦う気だった。勝って生きるつもりだった。けど、出来たかどうかは解らない。

 闘技場の魔獣達だって勝つつもりだったはずだ。生きるつもりだったはずだ。

 私を、食べて、生きるつもりだった、はずだ。なら、私が食われたっておかしくない。


 だけどこの手足が、目が、ガライドの指示が有ったから、私は今も生きている。

 ガライドが居なければ、生きられなかったかもしれない。食べられていたかもしれない。

 私は生きたい。生きるにはこの手足が要る。ガライドが要る。ガライドの助けが要る。


「ガライド。私は、暴食のグロリア、です。食べます。もっと、もっと食べます」


 そうだ。紅蓮の暴食。私はそう呼ばれた。それが私の生き方だった。

 そうしないと生きられないと、何故か物心つく頃には解っていた。

 ならこれからも食べ続ける。食べる為に戦い続ける。生きる為に戦い続ける。


「ガライド、一緒に、居て下さい。力を、かして、ください」

『――――ああ。任せておけ。君のサポートは私が全力で行おう』

「お願い、します」


 ああ、何時ものガライドだ。私に指示をくれるガライドだ。

 その声にほっと息を吐いて、ガライドを抱き寄せる。


「ねえねえー、グロリアちゃんまだお腹空いてるってー」

「リーディッドってば、本当にちゃんと食べさせてあげてたのー?」

「失礼な。ちゃんと毎日作ってましたよ。ねえキャス」

「うんうん。グロリアちゃん毎日美味しそうに笑顔で食べてたよ?」

「足りないけど遠慮してたんじゃないのー。ほら、リーディッドって子供に警戒されるし」

「ありえる。こんな可愛い子がリーディッドに懐くとかおかしいもん」

「言いたい放題ですね貴女達・・・全く」


 そんな私の言葉を聞いていた人達は、優しい笑顔を私に向けてくれた。

 私を斬った主人とは違う、とても心の安らぐ笑顔。

 闘う事は決めたけど、今は休んでいよう。抱かれる暖かさに体を任せよう。

 それぐらいは、良いよね。


『・・・グロリア。君が幸せになる為に、全力を尽くそう』

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