第15話、補給

「があああああああ!!」


 自然と声が上がる。私の叫びでビリビリと空気が震える。

 赤が、紅が膨れ上がり、体を覆っている。

 今着ているドレスを更に覆う様に、まるで装飾を追加した様に。


 魔獣はそんな私を警戒したのか、じりじりと下がっている。

 森の魔獣は闘技場と違って逃げる。ガライドがそう言っていた。

 だから逃げるのかと思ったけど、どうも違うみたいだ。


 私の横に移動する様に、左右に開く様に移動している。

 かかってくる気だ。なら・・・!


『っ、まて、グロリア! 少し落ち着け! 出力を上げ過ぎだ!』

「がっ・・・うっ・・・!?」


 がくんと、急に力が抜ける。纏っていた紅い光が消えていく。

 倒れる程じゃない。けどさっきまでの、漲るような力を感じない。

 何で、急に。突然力が、紅が消えたの?


『すまない、こちらで無理やり出力を落とした。だがグロリア、今の君はエネルギーが足りていない。なのに先程から出力を上げ続けていて、そのまま続ければ殲滅前に枯渇しかねない』

「でも、魔獣と、戦わ、ないと」

『問題無い。あの蜘蛛の魔獣以外は君にとっては大した相手ではない。だから今は出力を落とし、出来ればエネルギーを補給してくれ』

「えね、るぎー、って・・・どうしたら、いいん、ですか?」

『ああ・・・お腹が空き過ぎると、君は動けなくなると思ってくれ。君はリーディッドと出会って以降魔獣を食べていない。そのせいでエネルギーが足りていない。魔獣を食べるんだ』

「! 解り、ました!」


 それなら何時もの事だ。地面を蹴って、魔獣に近寄って、思い切り頭を殴る。

 頭が吹き飛んで、地面も吹き飛んで、胴体も撥ね飛んだ。

 うん。さっきみたいな力は無いけど、今の状態でも十分戦える。


『戦い続けるなら食べる暇は無いだろうが、魔獣の血を飲んでくれ。今までのデータを見るに、それだけでもある程度の効果は有るはずだ』


 言われた通り魔獣の血を飲もうと、撥ね飛ぶ魔獣の体を捕まえかぶりつく。

 そして思いっきり血を吸いこんで、ごくごくと飲み込む。

 お腹が、少し、膨れる感覚が有る。ああ、そっか。私、お腹空いてたんだ。


「もっと・・・もっと・・・まだ、足りない・・・!」


 がぶっと肉を食いちぎり、次の魔獣に目を向ける。

 私が食べている隙を狙ったらしい魔獣の頭を殴り飛ばす。

 ただし胴体を掴んで殴ったので、今度はすぐにかぶりつけた。

 お腹が鳴る。ぐるぐる鳴ってる。お腹が空いたって叫んでる。


「・・・な、なんだよ、あれ・・・魔獣を、そのまま食ってる?」

「マジかよ・・・なんなんだよあの子供」

「アレは、人間、なのか?」


 ふと後ろの方から人の声が聞こえ、何となくそちらを振り向く。

 すると私を見つめる人達が居て、けれどそれは闘技場の人達とはまるで違った。

 私を怖がるような、そんな目。主人が良くしていた目に似ている。


 ただその後ろに、見覚えのある人が、リーディッドさんとキャスさんが見えた。

 ああ、食べられてなかった。まだここに来てなかったんだ。そっか、よかった。


「っ、グロリアちゃん! 後ろ!」


 キャスさんの焦った声が耳に入り、言われたまま後ろを振り向く。

 私の背後を狙った魔獣が三体。けれどそれは言われる前から気が付いている。

 全部薙ぎ払う様に腕を横に振るい、手に三体の頭が千切れて残った。


「マジかよ・・・強すぎんだろ、あの嬢ちゃん」

「だから言ったじゃないですか。凄腕だって。いやーしかし、あの赤い光を見て『もしや』とは思いましたが、まさか思った通り先行していたとは」


 ギルマスさんとリーディッドさんの声がやけに良く聞こえる。

 かなり遠いし大声でもないのに。またガライドが聞こえる様にしてくれたんだろうか。

 同じ様に魔獣の息遣いもよく聞こえる。見なくても位置が解る程に。


「ごくごくごく・・・はぁっ・・・」


 ただ何故か襲い掛かって来なくなったので、その間に血をいっぱい飲む。

 飲みだすと良く解る。体が訴えている。まだ足りないと、もっと飲ませろと。

 もっと、魔獣の、肉を食えと!


「はむ・・・もぐもぐ・・・んぐっ・・・!」


 美味しくは、ない。美味しいとは感じない。リーディッドさんの食事とは程遠い。

 胸に温かい気持ちも、もう食べなくて良いと思う満足も、どれだけ食べても感じない。

 けれど代わりに力が漲る。食べれば食べるほど力が入る。もっと、もっと食べたい!


「・・・おい、リーディッド。道中ちゃんと食わせてたんだろうな」

「失礼な。むしろ私達より量多めに渡してましたよ」

「なら良いが・・・しっかし、魔獣を生のまま直接か。やっぱ普通じゃねえな」


 うん、いっぱい、貰った。凄く美味しかった。本当に、心から、美味しかった。

 本当に満足したんだ。あれだけでもう良いって思ったんだ。

 けれど体が足りなかった。体が心に追い付いてなかった。


「・・・ああ、あんなに血で汚れて。やっぱ後で浴場連れて行こう」

「うん、賛成。でも・・・なんか、綺麗に見えるのは、変かな」

「あー、ちょっと解る。さっきの腕のひとなぎとか見惚れたもん」

「実戦の経験を感じる動きだったね」

「血に染まって、魔獣に食らいついて赤黒く染まってる姿が綺麗なんて・・・初めて感じた」


 私を構っていた女の人達には、闘技場で言われたような事を言われた。

 肉を食らう私が綺麗だと。魔獣に挑む私が綺麗だと。


「・・・でも、グロリアちゃん、ぜんぜん、美味しくなさそう」


 けれどキャスさんの言葉で、思わず、手が、止まった。

 悲しそうな、辛そうな、声。泣きそうな顔。

 何でそんな目で、私を見ているんだろう。


 解らない。全然わからない。けど、何でだろう。何故か、嬉しい、気がする。


「おらぁ! おめえら何時まで腰ぬかしてやがる! 嬢ちゃん一人にやらせるつもりか! 早く立って魔獣どもぶっ殺しちまえ! それでも傭兵かてめえらぁ!!」

「「「「「はっ、はい!」」」」」


 そこでギルマスさんの声が響き渡り、私を見て居た人達が武器を持って魔獣へ向かう。

 私は何故か動けなくて、呆然と魔獣を見ていた。食べる事も、何故か、出来なかった。

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