第17話、洗浄

 わしゃわしゃ。わしゃわしゃ。体中を洗われている。

 お湯いっぱいの所に来て、何故か三人がかりで。


 抵抗する事も出来ず、そもそも抵抗する気にもならない。

 背中も頭もお腹も優しく洗われていて、なんだかちょっとむず痒い。

 この白い物は何だろう。いっぱい泡だってて不思議な感触だ。

 一緒に来た人た達は皆ニコニコしていて、それ所か他の人もニコニコして私を見ている。


『悪くない大衆浴場だ。道中の街も汚くはなかったし、最低限の衛生観念は有る様だな。これならば衛生面からの病気の心配はしなくても良さそうか。まあグロリアが病気になるのかどうか、若干疑問は有るが・・・いや、警戒するにこした事は無いな』


 ガライドは『お湯』の中にぷかぷか浮いていて、また独り言を呟いている。

 何かお湯が地面から湧いてるとか何とかも言ってた。


 流石に私も井戸は知っているから、地面から水が出て来るのは知っている。

 でも暖かい水まで出るのは知らなかった。お湯が出るのは知らなかった。

 水が出るのも不思議なのに、お湯が出るのはもっと不思議。世の中は不思議だらけだ。


「グロリアちゃん、気持ち良いかしらー?」

「・・・気持ち、良い、です」


 多分気持ち良いんだと思う。ただ初めての感覚で、ちょっと確信が持てない。

 けれど私の返事を聞いた人は、嬉しそうにニッコリ笑ってくれた。


「手足は洗って良いのかしら」

『洗う必要は無いが、洗っても問題無いと言ってくれ』

「・・・洗って、大丈夫、です」

「はいはーい、りょうかーい」


 手足を持ち上げられ、胴体と同じ様に洗われてしまう。

 そしてやっぱり不思議な事に、自分の手足じゃないのに感覚がある。

 肩口から指先まで、フニフニとみんなの指が柔らか・・・結構固い?


 凄く優しく洗ってくれてるんだけど、三人とも手の平が固い。

 固いけど柔らかい触り方で、凄く不思議な感覚。


「ガライドちゃんって、お湯につけても壊れないんだね」

「・・・まさか壊れたからお湯に浮いてる訳じゃないですよね」

『妙な心配をされているな。ちょっと浮くか』

「おお、浮いた。やっぱり大丈夫みたいだよリーディッド」

「みたいですねぇ・・・うーん。やっぱりこれ、そこいらの魔道具じゃありませんねぇ」

『・・・そこいらの魔道具とやらは、湯に付けただけで壊れるのか』


 そうなのかな。奴隷の首輪は水につけても壊れなかったけど。

 もしかしてお湯につけると壊れるのかな。

 今までお湯を被った事は無いし、もしかしたらそうなのかも。


 だからと言ってもう一度つけたいかと言えば、二度とつけたくはない。

 首の拘束もそうだけど、全身の激痛はもう味わいたくないと思う。アレは痛い。


「グロリアちゃんって、ガライドちゃんの性能、全部把握してるのー?」

「キャス、余りそういった事は聞くべきではないと思いますよ」

「えぇー。でもグロリアちゃん傭兵じゃないし、良いんじゃない?」

「彼女は闘士と言っていたでしょう。ならば名の売れていない今は能力を伏せて当然です。こんなに人の多い所で聞いて、どこかに漏れたらどう責任を取るつもりですか」

「あ、ご、ごめん・・・」


 闘士って能力を伏せるんだ。初めて知った。でも私に出来る事なんて殴る事だけだ。

 私の能力に関しては隠す必要は無いけど・・・ガライドはどうなんだろう。

 良く考えたらあの赤く光るのは、ガライドを身に着けているからだと思う。

 本当は見せない方が良かったのかな。でも今更遅い気もする。


『ふむ、出来れば伏せておきたいな。現状一般の魔道具の性能が解らない。何処までならばやり過ぎかどうかの判断も出来ない。だからと言って知らないは不味いか。言えない、で頼む』

「・・・言え、ません」

「ほら、キャス、もう一度ちゃんと謝っておきなさい」

「・・・ごめんなさい」

「き、きにしないで、ください」


 私の答えを聞いて、しょぼんとするキャスさんに焦ってしまった。

 別に私は何も気にしてないし、謝られる必要もない。

 そう思うと居心地が悪くなって、視線を彷徨わせてしまう。


「はいはい、リーディッドはあんまり揶揄わないの。キャスもね」

「すみません。少しばかりやり過ぎました」

「はーい、ごめんね、グロリアちゃん」


 ただ私の頭を洗ってる人が注意をすると、二人はニコッと笑顔を見せた。

 揶揄われたらしい。なら良かった。本当に謝られたかと思った。


「なら、良かった、です」

「・・・キャス、流石の私も罪悪感という物を思えました」

「・・・奇遇だねリーディッド。私もだよ」

「え、な、なんで、です、か?」

「はいはい、グロリアちゃんは気にしなくて良いよ。あの二人が馬鹿なだけだから。頭にお湯を流すから目と口を閉じてねー」


 二人が何故か気まずそうな顔をしてしまい、理由が解らずまた焦る。

 けれど気にするなと言われ、口と目を閉じろと言われて素直に従った。

 じゃばーっと頭からお湯をかけられ、髪をわしわしされる。

 そしてもう一度、今度はゆっくりとお湯をかけられ、丁寧に髪を洗われた。


「はーい、良い子良い子。よーし、綺麗になったぁー。もー、何時から髪洗ってなかったのよ。洗うの大変だったじゃないの」

「ごめん、なさい。覚えて、ない、です」

「あー、今のはおねーさんが悪かったわ。そうよね、洗う暇・・・余裕なんて無かったわよね」

「・・・そう、です、ね」


 洗う暇は無かった。多少はあったけど、多少程度。

 髪も、体も、遠めに見て綺麗に見えれば良い。

 その程度の指示だったし、私もそれで良いんだと思っていた。

 あれで綺麗にしていたと、そう、思っていた。


「・・・感触が、違う」


 洗われた髪を、体を、顔を触ると、今までとまるで感触が違う。

 今まで私がしていた『洗う』という行動は、まったく洗えていなかったらしい。

 初めての感覚がとても不思議で、思わず髪をいじり続ける。


「グロリアちゃん、ご満悦の所悪いけど、湯船に入りましょうねー。あんまり外に出たままだと体が冷えちゃうわよ」

「はい。入り、ます」


 そう答えたものの、自分の足は地に付いていない。持ち上げられている。

 当然そのままお湯の中に連れていかれ、ゆっくりと沈められた。


「・・・あった、かい」


 凄く温かい。優しいと感じる温かさ。リーディッドさんの食事を食べた時に似ている。

 ただ洗っている時も思っていたけれど、このお湯はちょっとぬるっとしてる様な。

 地面から湧くお湯は、全部こうなんだろうか。でも嫌な感触じゃない。


「はぁー・・・気持ち良い」

「仕事を放棄して入る風呂は格別だねー」

「今頃ギルマスは大忙しだろうね」

「偶には良いのよ。偶には。いっつも偉そうにしてるんだから働いて貰わないと」

「一応本当に偉い人なんですけどねー。あーでもフランはかわいそー」


 ギルマスさんは偉い人なんだ。覚えておこう。

 出来れば近付かない様にしたい。

 偉い人は怒らせると大変な事になるから。


 主人は自分が偉いからと私を殴って来た。

 それだけなら良いけど、魔道具を発動させる為に私に解らない事を何度も言った。

 おかげで多少の知識は持っているけど、それでも知らない事の方がまだまだ多い。

 奴隷の首輪が無いから大丈夫だとは思うけど、一応気を付けておこう。


「私とキャスに連絡が無いという事は、もう落ち着いたと考えて良いでしょうね」

「だろうねー。良かったねぇ、私達解決頃に帰って来れて」

「それもこれもグロリアさんのおかげですけどね」

「あ、そうだよね。ありが・・・うーん?」

「どうしました、キャス」


 キャスさんが私を見て、首を傾げながら唸っている。

 私は何かしてしまったんだろうか。


「グロリアちゃん。ありがとう。ただ・・・美味しくないのに食べるのは、止めよう。お腹が空いたなら言ってくれれば、皆今日の事を感謝して用意してくれるよ。ね?」

「・・・ありがとう、ござい、ます」


 キャスさんの言葉は嬉しい。凄く、嬉しい。きっと美味しい物を、食べさせてくれるんだろう。

 それはきっと幸せだ。幸せで、幸せ過ぎて―――――他の物が食べられなくなるかもしれない。


「けど、私は、食べ、ます。そう、決め、ました」


 生きると決めた。戦うと決めた。食らうと決めた。

 ガライドと一緒に在る為に、美味しくなくとも魔獣は食らう。

 魔獣を食べないという選択は、私には、もう無い。


「・・・そっか」


 ズキンと、胸が痛んだような、気がした。

 キャスさんの悲しげな顔を見て、傷も無いのに何故か。

 何だか凄く悪い事をしている様な、そんな気分になってしまう。


「キャス」

「解ってる。解ってるよ、リーディッド。解ってる」

「なら構いません」

「えへへ、ごめんねグロリアちゃん。余計な事言って。気にしないでね?」

「・・・はい、わかり、ました」


 一瞬顔を伏せた後、上げた表情は何時ものキャスさんだった。

 その事にホッとしつつ、胸にもやもやしたものを抱えながら頷いた。


『・・・何かしら、妥協案を探すが優先か』

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