第11話、短い旅路

「グロリアちゃん、にこーって。ほら、にこーって笑ってみよう!」

「・・・にこー」

「それじゃ口で言ってるだけだよぉー」


 食事が終わると、私の顔から笑顔が消えたらしい。

 キャスさんがもったいないと、もっと笑おうと何度も言って来る。

 でも闘技場で戦ってる時や、美味しい時の感覚が無いので笑えない。


 私はあの時、笑おうと思って笑ってた訳じゃない。

 どちらも自然に出てくるもの。だから笑えと言われても困る。

 困るんだけど・・・嫌じゃないのは何でだろう。


 頬をぐにぐにされるがままになりながら、自分が解らなくて首を傾げる。

 するとリーディッドさんがキャスさんの頭を軽く叩いた。


「あいたっ。何するのぉー」

「何するのは貴方でしょうが。いい加減にして早く寝なさい。交代の時間になったら寝不足でも叩き起こしますよ。ガンを見習いなさい。もうぐっすりじゃないですか」

「ガンは何も気にしてないだけだと思うけど・・・はーい、おやすみなさーい」


 キャスさんの手が離れ、頬から熱が消えていく。

 それが何だか残念で、またその気持ちが自分で不思議だ。

 今までこんな風に、誰かに何かをされなくて残念、なんて思った事が無い。

 むしろされなくて助かった、って思った事しかなかったのに。


「騒がしくてごめんなさいね、グロリアさん。ああ、グロリアさんはゆっくり寝てくれて構いませんからね。何かあればすぐ起こしますし、夜番は私達で交代でしますから」

「・・・寝てれば、良いん、ですか?」

「ええ、ゆっくり寝て下さい」

『グロリア。もし魔獣が近づけば私も起こす。安心して寝てくれ』


 リーディッドさんとガライドの二人に指示されたので、コクリと頷いて布の上に転がる。

 ふかふかだ。気持ち良い。地面の固さは部屋の床を思い出すけど、全然違う。

 うとうとし始めた所で、ふわりと、上から何かをかけられた気がした。

 普段なら起きてたと思う。けど何故か、今日は、起きる事が出来なかった。




「グーロリーアちゃーん! あっさっだよー! おっねぼーうさーん!」


 朝方に聞き覚えのある鳥の声と、ぐにっと潰された頬。

 そして元気なキャスさんの声で目が覚めた。

 この人は私の頬をぐにぐにするのが好きなんだろうか。


 ただ、何でだろう。この人たちが居る事に、ほっとしてる気がする。

 昨日から解らない事だらけだ。私は一体どうしたんだろう。


「お前さっき寝かけてただろうぐっ!」

「余計な事言わない」

「だから、都合が悪くなったら殴んな!」

「おや、元気。打つ位置がずれたかな」

「おまっ、わざとか! みぞおち狙ってたのはわざとか!」


 そこでガンと音がして、見るとリーディッドさんが笑顔で何かを叩いていた。

 あれは昨日の食事を作った器かな。それと器をかき混ぜてた棒。

 彼女は笑顔のはずなのに、何だか怒ってる様に見える。


「はいはい、朝から二人共煩いですよ。グロリアさんの迷惑も考えなさい」

「「すみませんでした」」

「グロリアさん、起きたなら朝食をどうぞ。とはいっても昨日と同じですが」

「・・・食べて、良いん、ですか?」

「お嫌でなければ」

「ありが、とう、ござい、ます」


 お礼を言って昨日と同じ物を受け取り、慣れない道具を使って食べる。

 暖かい飲み物は胸の奥まで暖かくなる様で、昨日食べたのは夢じゃなかったと思えた。

 ・・・そっか。私、今の状況が信じられないんだ。美味しい物を食べてる今が。


『グロリア、ゆっくり寝れたようだな』

「・・・ん」


 ガライドの言葉に頷きながら、ゆっくりと食べる。

 何時もみたいに食べるのが何だかもったいなくて。


 魔獣を食べる時はただ食べていた。

 美味しいとか、暖かいとか、この料理を食べた時に持つ気持ちは一切無い。

 だから何も考えず食べていた。少しでもお腹を膨らませようと。

 けどこの食べ物は、そんな風に、食べたくない。


「ふふっ、そんなに幸せそうに食べて貰えると、何だか嬉しいですね」

「美味いは美味いけど、そこまでありがたがる程かなぁ」

「今後ガンの分は無しで良いですね?」

「すみませんでしたリーディッド様。どうかお許しを」

「よろしい。さて、ではグロリアさんの食事が終わったら出発、という事で」

「「意義なーし」」


 私の食事が終わったら出発に決まったらしい。とてもありがたい。

 食べている間に三人は広げていた物を片付け、小さくまとめてしまった。

 あんなに沢山あった物が、どうやったらあんなに小さくなるんだろう。不思議だ。


 荷物はたいていガンさんが持っている。

 勿論二人も荷物を持っているけど、ガンさんの半分ぐらいかな。

 そういえば私は何も持ってない。持った方が良いんだろうか。


『グロリア、魔獣の反応だ。群れが近くを通る。方向的にすれ違う可能性の方が大きいとは思うが、一応警戒しておいてくれ』


 ガライドが『まっぷ』を出して、赤い点を見せる。

 少し離れた所に沢山赤い点がある。いっぱい魔獣が居る。

 何時もなら走って倒しに行くけど、今日はあんまりそんな気にならない。

 多分さっき食べたからだと思う。美味しかったから、だと思う。


『・・・私としては、この変化は喜びたいのだが・・・むう』

「・・・ガライド、どうか、しましたか?」

『いや、まあ、今は気にする程ではない。グロリアが快くいられる事が一番だ』

「・・・? わかり、ました」


 ガライドが何か気にしているみたいだけど、気にするなと言われたので頷き返した。

 そのまま赤い点を見ながら歩くと、三人はそれから離れる様に歩いて行く。

 偶々じゃなくて、三人で話しながら魔獣に会わない様に動いてるみたい。


『成程、歩き慣れている。本来は戦闘を避けて行くスタンスなのだな。あの場での戦闘は仕事の為に致し方なく、といった所か。だとしてもここまで慣れているのであれば、その危険も考えた策を取りそうなものだが。いや、切り札を斬る前に我々が手を出した可能性も―――――』


 そんな様子を見ながら、またガライドが私の頭で独り言を呟いている。

 相変らず難しくて解らない事が多いけど、段々慣れて来た。

 むしろガライドが傍に居てくれる気がして落ち着く。


「ガライド」

『――――いやだが・・・む、どうした。珍しいな、そちらから話しかけて来るのは』

「ガライドは、どこかに、行きますか?」

『・・・どうした。何か不安にでもなったか』

「不安・・・これは不安、なんで、しょうか」

『さてな。その心根はグロリアにしか解らん。だから私が言えることは一つだ。私は君が私の事を必要無いと言うまで共に居よう。いや、要らないと言われても居てやろう。相棒』

「・・・そう、ですか」


 解らない。解らない事が、多い。

 胸の内がうにうにするこの感じは、不安なのかな。

 でも居てくれると言われて、また違う感じがする。

 自分の事が自分で全く解らなくなって来た。


『グロリア、君の悩みは、きっとすぐに出る答えではない。時間をかけて学ぶ事だ』

「・・・時間を、かけて・・・わかり、ました」


 ガライドの言葉を聞いて、何故か安心する自分が居た。

 解らなくて良い。今は解らなくて良いんだと言われて。

 やっぱり、自分が良く解らない。でも、何時か、解るんだろう。


 そんな不思議な気持ちを抱えながら、数日5人で歩き続けた。

 草原を、谷を、川を、橋を、その数日だけで知らない物を沢山見た。

 そしてある日、道に出た。整備されている街道だとガンさんが言う道に。


 そこで前から凄い勢いで走る物が見え、私達に近付くにつれゆっくりになっている。

 大きな犬の魔獣が、移動の為の道具を引っ張っている様だ。

 闘技場に行く際に乗せられた物に似ているから、多分そうだと思う。


『・・・変異獣・・・魔獣、だな。人と共存している魔獣が居るのか』


 犬の上には人が乗っていて、笑顔で手を振っている。

 ガンさんが応える様に手を振っているから知ってる人らしい。


「おお、お前ら帰って来たのか。遅いから魔獣に食われたのかと思ったぞ」

「縁起でもない事を言うなおっさん!」

「そーだそーだー。これでも何だかんだ私達長く活動してるんだからねー」

「この二人が食べられても私は一人で生き残りますよ」

「「リーディッド!!」」


 どうやら三人共知り合いみたいだ。

 全員笑顔で話してる。笑顔・・笑顔・・・出来ない。


「はっはっは。相変らずで何よりだ。いやな、ちょっとおかしな事が起きてるから、もしかしたらと思ってな。無事なら何よりだ」

「おかしな事? 何かあったんですか?」

「お前らが出かけた後ぐらいから魔獣の森の様子がおかしくてな。ここ数日魔獣が森から出て来る頻度が高くなってるらしいんだよ。んでお前らが採取に向かった所って、崖の上とはいえ近くに魔獣の森があるだろ? まあでも無事なら良かったよ」

「ここ数日・・・それは確かに、おかしな事、ですね」


 リーディッドさんが考え込む様子を見せると、犬の上に居る人の目がこちらに向いた。


「なあ、このお嬢ちゃん、見ない顔だよな」

「ええ。彼女はグロリアさん。少々助けていただいたので、お礼にと一緒に街に戻る所です」

「助けられた? 助けたじゃなくてか?」

「ええ、助けられました」

「ふーん・・・おっと、余りのんびりしてたら怒られちまう。じゃな。気をつけて帰れよー」

「そちらもお気をつけて」


 犬はポンポンと軽く叩かれるとワフッと鳴き、ゆっくりと速度を上げて走って行った。


「これ帰ったらすぐ仕事させられる感じじゃねーか?」

「可能性は高いだろうねぇー。うえー。休みたかったよぅー」

「仕方ないでしょう。私達はそういう存在です、嫌なら別の商売をなさい」


 仕事。三人はあの草を取るのが仕事と言っていた。

 ならまたあそこに行かないといけない、って事かな。

 もしそうなら、また魔獣に襲われるかもしれない。

 それは、なんだか、胸がもやもやする。


『・・・魔獣の森・・・おそらくあの森の事か・・・まさかな』

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