第10話、初めての食事

「さて、こんな物でしょうか。ガン、キャス、そちらはどうですか?」

「私の方もそこそこ採れたよー」

「はぁ・・・はぁ・・・と、とれたぞ」

「何ですかガン、採取ぐらいでそんなに息を荒げて。情けない」

「お前が崖に生えてる分を取れって言ったからだろうが! 俺だって地面に生えてる分で良いならそっちが良かったよ! 何度も上り下りしてキッツいんだぞ!」

「崖を上ると言ってもせいぜい2、3人分程度の高さでしょう。それに集まったから良いじゃないですか。集まらなかったら困るのは私じゃなくて、安請け合いしたガンですよ」

「そうそう。集まったんだし、良しとしようよ」

「ぐぬぅ・・・」


 崖壁に背を預けながら、三人が草を集めているのを眺める。

 あの草で何をするんだろう。もしかして食べられる草なのかな。

 そういえば、随分前は私も草を食べてたような気がする。

 どんなだったっけ・・・うーん、思い出せない。魔獣の肉しか出てこない。


「さて、グロリアさん、私達はやる事も済んだので、そろそろ街に向かおうと思います。ただ街への道行きはそこそこありますので、暫く野営を共にする事となります。ですがご安心下さい。あの男が余計な事をしない様に、私達が見張っておきますので」

「おい、人聞きの悪い事を言うな! 誰がこんな小さいの相手にごはっ!?」

「ガン、あんまり小さいとか、そういう事言うの、良くないよ」

「キャ、キャス・・・み、みぞおちは、みぞおちは止めろ・・・後意味が違う・・・!」


 余計な事って何だろう。ううん、解らない事は別に良いか。

 取り敢えず街まで一緒に付いて行けば、何か食べさせて貰える。


「では、行きましょうか、グロリアさん」

「解り、ました」

「ガン、何時まで蹲ってるの。行くよー?」

「お、お前のせい、だろうが・・・!」


 指示に従い、リーディッドさんの後ろを付いて行く。

 すると何故か隣にキャスさんが来て、私の手を握った。

 どうしたんだろうかと顔を上げると、彼女は笑顔を向けている。

 なん、だろう。良く解らないけど、手が、暖かくて。変な、感じ。


「グロリアちゃん、もし嫌な事あったら言ってね。出来るだけ気を付けるから」

「嫌な事は、別に、ない、です」

「そうなの? なら良いんだけど。それにしても凄いね、この魔道具。固い様な、柔らかい様な? 不思議な感触。初めて見るけど、グロリアちゃんって何処かの武家の人?」

「・・・武家? 私は―――」

『グロリア。奴隷という事は黙っておいた方が良い。闘士とでも名乗っておけ。嘘ではない』


 ガライドの言葉が頭に響いて咄嗟に口を塞ぐ。

 奴隷って言わない方が良いんだ。闘士は確かに嘘じゃない、かな。


「ど、どうしたの、聞いたら不味かった、かな。ごめん」

「キャス。人の事情を無暗やたらに聞くものじゃありませんよ。話せない事情の人間だっているんです。綺麗なドレスと強力な両手両足の魔道具。傍に浮いているソレも見た事が無い。何かしらの事情がある可能性は少し考えれば解るでしょう」

「キャスは本当に能天気だよな」

「ガ、ガンに能天気とか言われた・・・今まで生きてて一番ショック」

「どういう意味だよ!?」


 ただ私が答える前に、私の事情は聞かない事になってしまった。

 別に話せない訳じゃないんだけど・・・まあ良いか。

 話さなくて良いならその方が助かる。下手な事を言って怒られたくない。


 ああでも、今はもう気にしなくて良いのかな。

 奴隷の首輪は無いし、私に指示を出してくれるのはガライドだ。

 ならもう怒られるとか、余り考えなくて良いのかも。


 そんな事を考えている間にも皆の足は進み、暫くして日が暮れ始める。

 ただその頃には崖から離れ、見渡しの良い所を歩いていた。

 草いっぱいの、何処までも陸地が続いていそうな場所を。


 森の中をずっと走っていたから、こんなに広い所は初めて見る。

 自分の与えられた部屋と、移動の車と、闘技場しか私には無かった。

 今まで見た事が無い広い世界。何だろう。何だか、胸が、ぎゅっとなる。


「魔除けのお香を先に焚きますよー」

「ええー、食事の後にしようよぉ」

「食事中に魔獣に襲われたいならどうぞ。私は別の所で野営しますね」

「うう・・・リーディッドのいけず」

「キャスはお肉がいっぱいついてて魔獣の良い餌になりそうですね」

「ひっどい! そんなについてないもん! ガン、どう思う!?」

「止めて。どう言っても絶対怒られる事を俺にふらないで」


 お肉・・・ついてるかな? 魔獣の方がお肉いっぱいだと思う。


「グロリアさん。どうぞ、ここに座って下さい」

「はい」


 リーディッドさんが地面に布を置き、その上に座れと言われたので頷く。

 座ってみるとふわっとしてて、何だかとても心地いい。

 そういえばキャスさんが握ったときもそうだったけど、この手足は柔らかい物も解るんだ。

 もう慣れちゃったけど、やっぱりちょっと不思議。固そうに見えるんだけどな。


「すぐに食事の用意をしますから、少し待っていて下さいね」

「・・・!」


 手足の指を握って開いてしていたら、凄く嬉しい言葉をかけられた。

 即座に顔を上げてこくこくと頷き、大人しく座って待つ。


 ただじーっと待っていると、三人は不思議な事を始めた。

 木を枝を集め始め、魔法で火をつけ、その上に器を置く。

 器の中には水と何か色々入れていて、ぐるぐるかき混ぜている。

 首を傾げながらその様子を見つめていると、木の器に中身を移した。


「どうぞ、グロリアさん。熱いので、気を付けてくださいね」

「・・・はい」


 頷いて受け取ったものの、これは何なんだろう。

 水、なのかな。でも中に色々入ってる。

 草と、何かの塊と・・・お肉の欠片?

 後この先が丸い物は何だろう。木だよね。


『グロリア、まさかと思うが、コレの使い方が解らないのか?』


 悩んでいるとその木をガライドが指さしたので、コクンと頷く。

 すると目の前に木を掴むガライドの手がもう一つ現れた。


『こう持って、こう使うんだ。スープの・・・その液体の中身を食べる為の道具だ』


 なるほど。食べる為の道具。そんな物があったんだ。

 こう、かな。何だか、手がプルプルする。握り壊しそう。

 こうやってとって・・・口に―――――。


「―――――!」


 ・・・なに、これ。何だろう。何でだろう。


「グ、グロリアちゃん、どうしたの!?」

「な、なんだ、そんなにリーディッドのスープが不味かったか!? そうなら吐きげふっ!」

「失礼な! いえでも、お口に合いませんでしたか?」


 どう、したんだろう。解らない。私にも解らない。

 何で私はこんなに涙が溢れてるんだろう。

 この暖かい物を飲んだら、何故か胸が暖かくて、ぽかぽかして・・・。


 全然足りないはずなのに。元気になるにはもっと量が居るはずなのに。

 だけど何でだろう。コレだけでもう、食べなくて良いかなって、思う。


『・・・美味しいか、グロリア』

「・・・おい、しい?」


 美味しい。これが、美味しい、んだ。そっか、そうなんだ。

 知らなかった。食事って美味しいんだ。こんなに、美味しいんだ。

 なら、ちゃんと言おう。ちゃんと答えよう。


「おいしい、です」

「そ、そうですか。良かった」

「おお、あんた笑うんだな。てっきり表情固まっげふっ!」

「ガンの言う事は気にしないでね。グロリアちゃん、笑った方が可愛いよ?」

「だ、だから、みぞおちは、やめろ・・・」

「ガン、私の作った物を零すとはどういうつもりですか」

「お、俺のせいじゃねぇ・・・!」


 笑ってる? そっか、今私笑ってるんだ。

 でも闘技場で笑ってる時とは何だか違う。

 上手く、言えないけど・・・良いな。


『・・・彼女達との接触は、思ったより良い判断だったかもしれないな』

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