閑話、リーディッドの判断

「すぅ・・・すぅ・・・」

「ようやく寝ましたか」


 グロリアさんが寝息を立て始めたのを確認し、上から毛布を掛ける。

 ガンの毛布は無くなったけれど構わないでしょう。引きはがしても起きませんでしたし。


「・・・気を張っているのか、いないのか。判断に困りますね」


 紅い髪の少女の寝顔を見つめ、ポソリと呟きが漏れる。

 彼女は道中、ずっと私達を見つめていた。

 観察する様に、理解出来ない物でも見る様に、何かを確かめる様に。

 警戒とはまた少し違う様子で、けれどやはり気を張っている様に見えた。


 やたらと構うキャスの行動に対し、理解出来ないという表情。

 手を差し伸べるガンに対し、本当に手を取って良いのか悩む動き。

 そして・・・初めて料理を食べたかの様な態度。




 まるで『人間らしい扱いを受けたのが初めてだ』と言わんばかりですね。




 どう考えても真面な人生を送っているとは思えない。

 そもそも彼女の能力は異常だ。たとえ魔道具を持っているとしても。

 あれだけの力を放って一切の疲れを見せない辺り『化け物』と思わずにはいられない。


 強力な魔道具を使うには相応の能力が要り、彼女はその強力な魔道具を使いこなしている。

 こんな年端も行かない少女がだ。それは才能だけで出来る事だろうか。

 明らかに魔道具を使いこなす為の下地に、異常なまでの訓練の後が・・・実戦の跡が見える。


 それに彼女は空から落ちて来た。間違い無く崖上の魔獣の森から。

 つまりあの魔獣が跋扈する場所に単独で居たという事だ。

 何故そんな力を持った、才能と力を持った子供があんな所に一人で居たのか。


 何より気になるのはあの魔道具。あんな道具は初めて見る。

 手甲や脚甲だけなら兎も角、あの球体の得体が知れない。


 ずっと彼女に追従し、そして彼女はアレに話しかけている様子が何度か有った。

 まさかアレは意思を持っているのだろうか。今は転がっているけれど起動はしているのか。

 気にはなるけれど、問えばまた警戒を持つかもしれない。悩む所だ。

 それに聞いてしまえば後戻りが出来ない可能性が有る。なら下手に聞くのも不味い。


「・・・キャスもガンも、解ってて黙ってるんでしょうねぇ」


 この二人も別に本当に馬鹿な訳じゃない。

 どう考えてもこの子が普通じゃない事には気が付いている。

 けれど私が何も聞かないから、二人はただ彼女を構うだけにしているのだろう。

 この手の判断は私の仕事だ。けれど私も判断を決めかねている。


 あのドレスは明らかに物が良い。良い所のお嬢さんでないと着れない服だ。

 けれど彼女は先の通り、どう考えても教育を受けている様子は見えない。

 食事の際に渡したスプーンにすら首を傾げ、扱う様子はとても恐る恐るだった。


 その割には子供らしからぬ物静かさで、こちらの言葉をよく聞いている。

 一瞬首を傾げる事があっても、少しの間をおいて素直に行動に移す。

 渋々やっているというよりは、指示されたのならば聞くのが当然という様子に見えた。


 怖いのは後ろに立たれた時だ。気配を感じない時が有った。

 時折足音が消える。まるで獲物に近寄る獣の様に。

 彼女の動きに注意して歩いていたのに、数度彼女の位置を見失っている。


 そんな時は彼女に視線を向けると、何時も決まって何処か他所を向いていた。

 まるで戦闘に備えている様な、何かの接近に構えている様子にみえた。

 いや、おそらく実際その可能性が高い。私達に気が付けない何かに気が付いている。


 色々と解らない事が多く、下手に踏み込むには面倒そうな匂いがする。

 何もかもが怪しく、それだけに困る。この子がとても素直で良い子だと思えてしまう事が。


「・・・どうしましょうかねぇ」


 下手な判断は出来ない。けれど見捨てるという選択も出来ない。

 中途半端に善性を捨てられない自分が面倒臭いと思う。

 一番は、こんな訳の分からない娘なんて、その辺に捨てて関わらない事でしょうに。


「・・・ま、一応当ては有りますが」


 少女の赤い髪を撫でながら、面倒事を押し付ける相手を思い浮かべる。

 あの人であれば悪い様にはしないだろう。少なくとも子供を適当に放り出しはしない。

 ただそうなると、結局何処かで自分にも面倒が降りかかるのが、今の時点で解っている。


 仕方ない。所詮私はその程度だ。善人にも悪人にもなれない。

 なら適度に手を伸ばせる範囲であれば、身の危険の無い範囲で行動を決めよう。

 どうせ面倒な事になったとしても、ガンとキャスなら助けてくれる。


 とはいえ、彼女の身の上を私から聞く事は有りませんが。

 それは押し付ける相手に任せましょう、聞いた者の責任という事で。

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