第5話、新しい命令
「う・・・あれ・・・私」
薄れた意識をはっきりと取り戻し、きょろきょろと周囲を見回す。
けれど周りは真っ暗で何も見えなくて、ただ柔らかい所に転がっている事だけが解る。
立ち上がろうとして足に力が入らず、転がる体を手で支えようとしても何も起きない。
「・・・ああ、そうか、そうだっけ」
両腕と両足を切り落とされた事を、思い出した。
そして多分、目もやられた。何も見えないのはそのせいだ。
私はきっと負けたんだ。そっか、負けちゃったのか。
「・・・もう、食べられない、のかな」
勝たなきゃ食べられない。私に許された事はそれだけ。
なのに負けてしまった。食べないと死ぬのに。死にたくないのに。生きたいのに。
「お目覚めかな、私の姫君」
「・・・!」
この声は、あの時の声。私を斬った人。
ならもしかして、まだ戦いの途中? なら―――!?
「ぐがぁ・・・うぐぅ・・・!?」
突然全身に激痛が走る。何で、これは、首輪の魔道具の痛み。
「ふふっ、痛いかい? そうだろうね。君は主人を害そうとしたのだから。今奴隷の首輪に登録されている主人は私だ。今までの君の主じゃない。解るかい?」
「・・・ご、主人?」
「ああ、そうだ。解ったなら良い」
コクコクと頷くと、さっと痛みが引いた。そうか、戦う相手じゃ、ないんだ。
新しい主人。この人がこれから私の主人。
「前の主人は喜んで君を売ってくれたよ。何せこの後君は一切金にならないのが目に見えていたからね。四肢を斬られ、目も見えず、だからといって闘技場で生き残った奴隷をその辺に捨てる事は流石に不味い。特に私の様な身分ある者が命を絶たないと決めた場合はね」
死んでほしかった。そう言われても納得しかない。
だから食事も抜かれて、その上で戦わされた。
勝てば食べて良いと言われて、闘技場で魔獣を食べた。
それからはずっと、魔獣を食べ続けていた。
「だからと言って気が付かれない様に処分するのも難しい。何せ君の体に普通の刃物は通らない。それに多少の傷は異常な速さで治ってしまうはずだ。君を殺せる技量を持った人間は、そんな事に付き合わない。いやまあ、探せば居るだろうけどね。けど滅多に居ないと思うよ」
私を殺す事は、多分前の主じゃ出来ない。
殴られても蹴られても欠片も痛くない。刃物も砕ける。
魔道具の痛みは辛いけど、我慢出来ない程じゃない。
そんな事よりも、お腹が空く方が、辛い。
「君の力は強過ぎる。一般人では傷一つ付けられない。それが恐ろしかったんだろう。奴隷の首輪も完璧ではない。抜け穴がある。実際奴隷が主人を殺した例が何度か有るしね。一番は何も知らない誰かに君を売ってしまう事なんだろうけど、ちょっと警戒される事をしたみたいだね」
売り手が無い。お前のせいで売れない。
確かそんな事を、かなり前に言われた様な気がする。
「だから君の主は君を公的に殺す手段を探した。それがあの闘技場での、君の人生だ。まあ君が勝てば金が入るから、どちらに転んでも良いと考えたんだろうね。とはいえ勝ち続ける君に更に恐怖を覚えた彼は、君にもっと無茶な試合を組み続けた。まあ、勝ち続けちゃったけど」
そもそも主人が私の死を願っていたのは知っている。
何時だってそう言っていたから。早く死んでくれと。
「そんな折国から話が来た。私が君と戦いたいと言っていると。最初は断られたよ。私に傷をつけたら大事だと。ただ少女程度に国の英雄が負けると思うのか、とごり押させて貰ったけどね」
こぽこぽと水の音がする。カチャカチャという音も。
目が見えないせいで何も解らない。
けど解らなくても良い。私に出来る事は主人の言葉を静かに聞く事。
下手な事を言えば、考えれば、首輪が私を締め付ける。
「因みにあの猪は私が捕まえたんだ。これぐらいは出来るよという証明だったのだけど、何故か君を消耗させる為に使われてしまってね。そうして君と私の戦いは成立し、私は御姫様を手に入れた。というのが今の状況かな」
お姫様。私が勝てば食べられる様に、主人も何かを貰ったんだろうか。
だから私は生きてるのかもしれない。これに勝ったと見せる為に。
「・・・君は不安ではないのかい。これからどうなるのか」
黙って話を聞いていると、唐突に話しかけられた。
まさか問いかけられるなんて思ってなくて、思わず固まってしまう。
けれど主人はせかす事は無く、それでも私は慌てて口を開いた。
「・・・不安は、無い、です」
「君は四肢を捥がれ、目も見えず、それをやった男の下に居る。それでも不安ではないと?」
「・・・生きてるなら、それで、良いです。生きてるなら、まだ、戦え、ます」
「――――――くっ、くははは、あはははははは!!」
主人が楽しそうに笑う。良かった、怒られなかった。
怒られると首輪が締まるから、苦しいのは嫌だ。
「冷静になる時間も有っただろうに、それでも君は変わらないか。戦って、勝たなければ、君は食べられない。君の人生はそれが全て。ああ、そうだ、君はそういう存在だ。本当に美しい。愛しくて堪らない。ああ、私の御姫様。愛しい愛しいお姫様」
「がふっ――――!?」
唐突にお腹を蹴られた。前の主人とは違う、鈍い痛みが残る。
「ぎぃ、あ・・・!」
腰の、骨の近くを、固い物で斬られた。
きっとこの前の剣。あの時斬られた感覚に似てる。
痛い。痛い痛い痛い。魔道具の痛みよりよっぽど痛い。
「これでも、不安じゃないと、言えるのかい?」
「あ・・・かぁ・・・!」
首を掴まれた。魔道具の拘束よりも締め付けが強い。
凄く、痛い。みしみし、いってる。
首に力を込めて、折られない様に抵抗する。
死なない為に、生きる為に、必死になって。
魔道具が発動する、その激痛にも耐えながら
「ぐっ・・・がぁ・・・!」
「ああ、愛しい私の御姫様。そうだ、それで良い。君はそうでなければ。これだけ力を込めているというのに、まるで首が折れる気がしない。ただ力を籠めるだけではけして。そしてこんな状況でも君は諦めない。その足掻く姿は何より美しい」
すると今度はまた別の所を殴られ、斬られた。
暫くそんな事が続いて、解放された時には全身が痛かった。
「ああ、赤く染まる君はとても綺麗だ。これだけやっても壊れない君が愛しくて堪らない。体をどれだけ壊そうとも、君はけして壊れない。本当に、本当に素敵だ」
何か主人が嬉しそうだけど、疲れきっていて聞く気が起きない。
どうせ聞かなきゃいけない事は、首輪が無理やり頭に叩き込んで来る。
「ふふ、血まみれの君のままも良いのだけれど、綺麗な君も好きでね。侍女を呼んで来るから綺麗にして貰おう。君も同性の方が良いだろう? 少し、待ってておくれ」
そう言われた後、パタンと扉が閉まる音が聞こえた。
言った通り誰かを呼びに行ったんだろう。
綺麗にするという事は、これから私は闘うんだろうか。
きっとそうだろう。だって何時もそうだったのだから。
「失礼致し―――――なんて、悪趣味」
入ってきた人は、声からすると女の人だと思う。凄く機嫌の悪そうな声だ。
ただその人は私の頬にそっと触れ、知らない触れ方に思わずビクッとしてしまう。
「大丈夫です。大丈夫ですよ。ご安心下さい。私は、酷い事は、致しませんから」
ゆっくりと、私にしっかりと知らせる様に、柔らかい声が耳に届く。
そしてふわりとした何かで体を拭かれ、さわさわと頭を撫でられた。
「・・・ゆっくり、お休み下さい。すぐに、何とか致します」
最後にそんな事を言って、女の人は部屋を出て行った。
すると周囲から一切の音が消え、耳が痛いぐらいに静かになる。
「・・・眠い」
疲れたせいか、急に眠くなって来た。お腹が凄く空いたけど、眠気の方が強い。
その眠気に逆らわず意識を落とし・・・・気が付くと、ガタガタと揺れていた。
こんなに揺れているのに、何で今まで起きなかったんだろう。
「お目覚めかな、私の御姫様。到着したよ。さて、外に出ようか」
「あぐっ!」
そうして私は首を掴まれ、愛していると言われて、崖から落とされた。
やっぱり、綺麗にされたのは、戦う為だったんだ。
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