第4話、敗北
血の止まった右腕の状態を確かめる間もなく、対戦相手が突っ込んで来る。
凄まじい速さだけれど、反応出来なくはない速さ。この速さは知っている。
闘った魔獣の中に、これぐらいの速さのが居た。
上から振り下ろされる剣に合わせる様に、左の拳で横から殴りつける。
完全に直撃して剣は―――――弾かれる事無く私の右肩を薄く切り裂いた。
「うくっ!?」
そんな。何で弾けない。何で折れない。何時も簡単に折れて砕けるのに。
混乱しながらも追撃を恐れて、その場から大きく飛びのく。
「ふふっ、腕が痺れたよ。やはり君は、力を持っているね」
けれど対戦相手は追撃に来ず、そしてやけに闘技場が静かだった。
『グ、グロリアが斬られたああああああああ! 初対戦時に刃物を素手で受け止め、握りつぶしたグロリアが! 幾多の魔獣をその拳で叩き潰してきたグロリアが! 英雄の剣技の前になす術なく腕を斬り落とされたぁ! これはグロリアの敗北かぁ!?』
「ま、マジかよ、あいつが斬られたぞ!?」
「す、すげえ、何が起こったのか解らなかった」
「アレが、英雄・・・」
「あれでも、血があんまり出てない気がすんだが」
「何かしらで止めたんじゃねえの。あの紅蓮の暴食、グロリアだぜ?」
「ははっ、こりゃすげえ!! 今回ばかりは自分の血で赤く染まるかも知れねえぞ!」
けれど一瞬にして歓声が沸いた。その中には私が血にまみれる事を期待している声もある。
何時もの様に私が勝って食らうのではなく、私があの剣で切り刻まれるのを期待して。
思わず客席を見回す。けれど誰一人として、私を案じる様子は見えない。
「大人気だね、グロリア。観客はいつも通り、君が血にまみれるのを期待している様だ」
やけに通る声で、楽し気に語り掛けて来る。けれどその動きに油断は無い。
踏み込めば斬られる。さっき切り落とされた右腕の様に。そんな気がする。
けれど勝たないと、飛び込まないと、私はきっと――――――生き残れない。
「ふうっ・・・!」
歯をぎりッと食いしばり、左の拳を握り込む。
恐怖を考えない様にして、震える足にもぐっと力を籠める。
力が、張る。体の感覚が変わる。
「ああ、綺麗だ。君の力はとても美しい。君の眼と髪と同じ、紅く輝くその力」
何を言っているんだろう。全然わからない。私の力って何の事だろう。
良い。余計な事は考えるな。考えたらきっとまた怖くなる。
私は力の限り戦って、目の前の生き物を倒して、今日の食事を口に入れる。
そして今日も、生きるんだ。生き残るんだ。
「がああああああ!!」
全力で踏み込み、声を上げながら殴りかかる。
けれど簡単に避けられ、反撃の剣が降って来た。
躱して今度こそ拳で弾き飛ばし、全力で飛んで左膝で蹴りに行く。
それも当たり前の様に躱され、ただし頬に掠り傷をつける事が出来た。
傷をつけられた。血が出てる。ならきっと、勝てない相手じゃ、ない。
「っ、いいね、獣のような咆哮もまた美しい。君は何処までも私の好みだ。小柄な体躯。それに見合わぬ膂力。赤い髪と赤い目は可愛らしい容姿に良く映える。まだ未熟な手足も愛おしい。良くその足で私に傷をつけられたものだ。だが―――――」
楽し気に語るのを気にせず、追撃にと足に力を籠める。
けれどガクンと膝が落ち・・・違う、膝が、無い。左足が、無い。
一瞬光の筋が見えた。多分すれ違いざまに斬られた。
「すまないね。反射的に切り落としてしまった。だが血は止めておいたよ」
切り落とされた足から、地面に落ちる足から血が流れる。
けれど自分の身からは血が流れていない。腕と同じ様に、血が止まっている。
またあの光る魔法を、今度は知らない内に入れられたのかな。
『ま、またグロリアが斬られたああああ! 目にもとまらぬ攻防の最中、はた目にはグロリアの猛攻に見えた戦いが、まったくもって反対の結果をみせられているうううう!』
「うっそだろ!? いつ斬った!?」
「やっべ、まじで見えねえ。何だあの化け物・・・」
「流石英雄ー! ベルエルス様ー! かっけー!!」
「良いぞ英雄様ー! グロリアをそのまま切り刻んじまええええ!」
また歓声が沸く。そして誰も、私の応援を、してくれない。
私が死ぬ事を、望む声が、沢山響く。何で、何でなの。
今まで応援してくれたのに。私が生きる事を望んでくれたのに。
「何ていい顔をするんだグロリア。辛いかい。悲しいかい。今まで君の勝利を望んでいた者達が、一瞬で君の死を望む様が。ここはそうい所さ。どちらが死のうが、どちらでも良いのさ」
「・・・どちら、でも」
そんな、だって、皆、喜んでいた。私が生き残るのを、食べるのを。
勝てば食べて良いって、主人も言ってて、だから、私、ずっと闘って。
「・・・だが少々残念だ。もうちょっと強いと思ったんだけどな。それでも多少は満足出来た。君の様な者に会える機会はあっても、斬れる許可を貰える機会なんて最近は滅多に無いからね。さようなら、グロリア。死ねばもう闘わなくても良いからね。ゆっくりとお休み」
剣を振り上げる。ゆっくりと刃が、上に。そしてきっと振り下ろされて、私は死ぬ。
死ねば、もう、闘わなくて良い。闘わなくて良いなら、勝たなくても、もう良い。
でも勝たなかったら――――――――――私は、食べられない。
「あぁぁあぁああっぁあああああああ!!」
「っ!」
残った足で思い切り地面を蹴り、勢いのままに殴りに行く。
焦った表情で剣を拳に合わされたけれど、そのまま殴りぬいた。
「今のを弾かれた!?」
「があっ!」
剣を弾く事は出来たけど、私は体ごと吹き飛ばされた。
地面を無理やり手で掴んで転がる体を止め、また右足で地面を踏みしめる。
今のは惜しかった。もうちょっとで顔を殴れた。もうちょっとで勝てた!
「っ、がああああああ!!」
「―――――美しい」
がむしゃらに地面を蹴って、とにかく殴り掛かる。
私にはそれしかない。それしか出来ない。それでずっと勝って来た。
けれど何度殴り掛かっても、飛びかかっても、簡単に弾かれてしまう。
「力の強さは君の方が上か。ああ、なんて素晴らしい。惜しむらくは君の力の本当の使い方を学べなかった境遇か。だがそれも、その星の巡りあわせもまた実力。私は君に同情はしない」
「あぐっ、ぐうっ、ぐがあああああ!!」
それどころか拳を弾かれ、その合間に斬りつけられる。
手足を落とされた時の見えない速さじゃない。
けれど躱せる速さでも無くて、体中傷だらけで血まみれになって行く。
「ははっ、止まらない。やはり君は止まらない。そう、君はそうだ。生きる為に、生き残る為に、食らう為に戦い続けている。そうしなければ生き残れないから。君はただそれだけを考えて戦っている。何て純粋で、美しく、目を奪われる光景か。良かった。期待した通りで」
痛い。痛いけど、まだ動く。まだ生きてる。生きてるなら、死にたくない。
なら生きなきゃいけない。生きる為には食べないと。食べるには、勝たないと!
「ああ、綺麗だ――――――私の姫君」
突然、相手の体が光った。さっき腕に飛ばされた光と同じ。
何をする気なのかは解らないけど、何故か怖くて後ろに飛んでしまった。
「――――あ」
光が煌めいた。最初の一撃と同じ様に。つまり、それは――――。
「あぐっ!」
着地出来ずに、体が地面に落ちて跳ねる。
だって着地する足が無いから。
咄嗟に起き上がろうにも、手を突く事が出来ない。
さっきまであった腕がもう無いから。
『グ、グロリア、とうとう両手両足を失ったぁ! 完全決着だぁ!』
「ひゅー! 英雄様ぁー!」
「くっそつえええええ!!」
「いいぞー! そのまま刺し殺せー!!」
「死ぬ前に綺麗な顔を皆に見せてやれ、グロリアー!」
楽し気な声が響く。私の死を願う、楽しげな声が。
ここで頑張れば、生き残れば、喜んでもらえるって思ってた。
私が生きてる事を喜んでくれるって。
あれはあの人の言う通り、私の間違いだったんだ。
「ふふっ、グロリア。四肢を失ってしまったね。さて、どうする。このままでは決着となってしまうね。君は負けて、もう食べられない。紅蓮の暴食は、その名を果たせない」
「っ、い、やだ・・・!」
「ふ、ふふっ、これでも目に闘志が有るのか。ああ、美しい。グロリア、君は私の想像以上だ」
彼はそう楽し気に言うと、いきなり目の前が真っ暗になった。
「っ!?」
驚きに目を見開くも、やっぱり真っ暗なまま。
そしてその後に少し遅れて、目に痛みが走るのを感じる。
何で、一体、何が。何も、見えない。
「あぐっ・・・!」
理解出来ない状況に焦っていると、多分首を掴まれた。
そのまま持ち上げられたのか、苦しさと酷い痛みが首を襲う。
抵抗しようにも腕が無い。蹴り飛ばすにも足が無い。
体を振ってどうにかしようとしたけれど、首に更なる痛みが走った。
「おおおおお! グロリアが、あのグロリアが完全に負けたああああ!」
「うわぁ、四肢切り取った上に、止めも刺さずに目をやるか。流石に引くわ」
「何言ってんだ、ここは闘技場だぞ! 降参しなかった以上そうなるだろうが!」
降参。もし降参していたら、私はこうならなかったのかな。
でもそれだと食べられない。私は食べる為に勝たなきゃいけない。
勝たなきゃ、食べなきゃ、生きられない・・・!
「・・・ああ、美しい。とても美しい。こうなってもまだ君は闘志が在るのか。見つけたよ、私の愛しい姫君。これ程に心惹かれる存在を、私は二度と見つける事が出来ないだろう」
「うぐっ・・・!?」
あ、だめ、意識、が、薄れ―――――。
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