閑話、英雄の試案

「~♪」


 鼻歌を歌いながら事務仕事を進める。面倒な仕事も今日はご機嫌にやれる。

 部屋に戻れば愛しの御姫様が居るというだけで、こんなにも楽しい物か。

 次は何をしよう。なにをすればあのお姫様は苦しんでくれるだろう。


 どうすれば壊せるのか。まるで壊せる気がしないのが嬉しい。

 彼女には何も無い。大事な物は自分の命一つだ。

 だからこそ彼女には、彼女自身しか傷つく物が無い。


「それが異常なのだけど」


 ふふっと笑いを漏らしながら、そんな事を思わず呟いてしまう。

 生に執着する事は誰しも在る事だ。だが彼女の生への思考は凡人のそれと違う。

 彼女は四肢を無くしたあの状態であっても、まだ戦う気でいるのだから。



 彼女にとって生きる事とは、戦って勝って命を食らうと言う事。



 だから彼女は折れない。生きている限り戦うつもりだから。生きる為に食らうつもりだから。

 そんな彼女だからこそ「紅蓮の暴食」などと渾名されたのだろう。

 あれは誰もが狂気を感じたが故の名前だ。淡々と魔獣を倒して肉を食らう彼女の姿に。


「美しかったな」


 ただ生きる為だけに食らう様子。

 他者を殺し、命を食らい、生に喚起する笑み。

 それを成し得るだけの力と技。

 どれこれもが素敵で・・・壊したくて堪らない。


 闘っている時の彼女の姿を思い出すと血が湧きたつ。

 そんな彼女を手に入れ壊そうとしている事に更に興奮する。

 更に言えばどうあがいても彼女を『壊す』事が出来ない事が何より心地よい。


 殺すのは簡単だ。私なら彼女を斬れる。だが、それでは意味が無い。

 私は彼女を殺したい訳ではない。壊したいんだ。だがその壊し方が解らない。

 それを考えながら過ごすだけで、退屈な時間も色が付いた様だ。


「入るぞ」


 そこでノックも無しに、低い声の人物が執務室に入って来た。

 目を向けずとも声で解り、椅子から立ち上がって膝を突く。


「ご機嫌麗しゅう、皇帝陛下。一体どのような御用で」

「気持ち悪い。立て」

「ご命令とあらば」


 勿論お慕いする皇帝陛下が嫌がるのを解ってやったのだが。

 この人は私が従順な部下のふりをすればする程に嫌な顔をする。

 ああ、今日もいい顔を見れた。本気で嫌そうだ。


「相変らずムカつく笑みを見せるな貴様は」

「それは失礼。で、一体何の御用でしょう」

「・・・お前に保留していた褒美はどうだった」


 褒美。私は戦争でそれなりに活躍をした。本当にそれなりだ。

 ただ活躍した事は事実で、私への褒美が有るはずだった。

 けれど私はその場で彼に一つ提案をしたんだ。


『一人でも金のかからない方が今は良いでしょう。褒美は『私がどうしても何かをしたい』と言う時に手を貸してくれるだけで構いません。勿論無理な願いはしませんよ』


 皇帝陛下は『何を企んでいる』という顔をしながらも了承した。

 聞けない内容ならば突っぱねる、とは言われてしまったが。

 そうして願った事がグロリアとの試合。

 彼は闘技場が嫌いな為最初は止められたが、褒美の事を話して押し通した。


「強かった。間違いなくこの国で上位に入る強さでした。アレは私と同じです」

「貴様と同じ人間など居て堪るか。変態の狂人が」

「あっはっは、そんな私を手元に置いて使っている陛下に言われるとは」

「貴様は放逐する方が害があると思っているだけだ。従っている内は使えるだけ使い潰す」


 実際その通りだろう。私は彼を、皇帝陛下を何だかんだと慕っている。

 彼の近くで彼の嫌がる表情を見るのが、退屈な日々の中で数少ない楽しみの一つだ。

 もし彼が私を手放せば、私の存在を感じられる様にあの手この手で嫌がらせをする。


「それでも殺さない皇帝陛下の温情に感謝しておりますよ」

「殺せないの間違いだろう。こんな事なら貴様を戦場で使うんじゃなかったと後悔している」


 そうでしょうね。まさか私もこんな事になるとは思っていませんでしたから。

 英雄なんて持て囃されているけれど、私はただ殺して来ただけだ。

 指示通り殺して、殺して、殺して、殺していたらいつの間にかそう言われていただけ。


 陛下はその英雄を殺せない。面白い事に私を慕う人間は中々に居る様だから。

 私を殺せる『力』を持っていても、私が余程の事をしないと斬れなくなった。

 それ以前なら私を簡単に切り捨てられたが、今は大事な駒の一つとなってしまっている。


「貴様が楽しめたようで何よりだ。国民共もあんな気持ちの悪い場所の気持ちの悪いショーで大分盛り上がったそうじゃないか。胸糞の悪い事だ。貴様共々早く潰してやりたい」

「なんだ、報告は受けてるんじゃないですか」

「当り前だ。常に監視を付けている」


 知ってますよ。この部屋にも常に監視されていますし。ね?

 気が付かれてないと思ったのか、目を合わせた監視者が慌てた。


「そして貴様に付けている使用人からの報告も聞いた。命令だ。悪趣味な事は止めろ」


 口の軽い侍女な事で。まあ解っていて任せはしたが。

 私の近くに私の味方は居ない。居ると何をするか解らないという理由で。

 それがまた陛下の気分を害していると感じれて楽しい。だが―――――。


「流石に陛下の命でも、それは聞きかねますね。私は彼女を愛している」

「貴様の愛を受けるなどただ不憫だ」

「だから殺せと? 流石虐殺皇帝様は慈悲深い」


 顔を歪める皇帝陛下に満面の笑みで返す。この国で一番人を殺したのは彼だ。

 勿論自ら手を下した数は少ない。彼は指示をしただけだ。悉くを殺せと。

 内乱を終わらせる為に、淡々と、何処までも淡々と、邪魔な者を皆殺しにした。

 一切の容赦なく、その強さと容赦の無さに、他の者達が跪くまで。


 勿論望んでの事ではない。だから彼が彼女を解放しろと言うのも気分が悪い事だろう。

 何せ彼女はもう真面な生活を送れる姿には見えない。ならば意味は一つ。


『慈悲を持って殺せ』


 だがそう言われて了承を返すぐらいなら、私は闘技場で既に殺している。

 彼女が壊れないと解ったから、私は壊さずにおいたのだ。

 やっと見つけた愛しいお姫様。そう簡単に手放す気は無い。

 その想いを視線で返すと、彼は突然ニヤッと笑った。


「貴様が『殺したくない』と言う相手か。面白いな。良いだろう、生かしておくと良い。だが貴様からは取り上げる。なに、世話はさせるさ。ああ、会う事も許可してやるぞ。勿論世話をする使用人の目の中でだが。ではその手配をして来る。貴様はこれからも仕事に励むと良い」


 やられた。私が壊せない物を壊したい、と考えている事を逆手に取られた。

 しかも対外的にも誤魔化せる形だ。それではまるで私の為に世話をつける様だ。

 仕事中に愛しい私の御姫様に何事も無い様に、人を増やしてやろうという褒美に見える。


 この様子では今日中にでも彼女を取り上げられるか。それは悔しい。

 皇帝陛下が部屋を去るのを見届けながら、どうするか頭を回す。


 彼を敵に回すか? いや、それは無い。彼とやっても私が殺されるだけだ。

 それはそれで楽しくは有るが、どうせ殺されるなら最大限に嫌がらせをして殺されたい。

 先ず何だかんだと言って彼の事は慕っているんだ。だからこそ私は大人しくしている。


 となればお姫様を何処かに隠す・・・それも駄目だな。一時的な効果しかない。

 私の移動や隠し場所の出入りを、何時までも隠し通せるとは思えない。


「・・・そうだ、どうせ取られるなら」


 この国の端に魔獣が生まれ易い森があったはずだ。そこに彼女を捨てよう。

 あそこはまだ奥地まで人の手が入っていない。ならばその奥には『アレ』が有る可能性がある。

 もし彼女が手にすれば、もしかしたら生き残る可能性だってある。

 それにあそこには丁度良く、最初から奥地に捨てられる場所も有ったはずだ。


「ああ、そうだ、良いな、それは良い。思いつきにしては良い案だ。試す価値はある」


 四肢を捥がれ、目も潰され、それでも壊れない御姫様。

 そのお姫様が手にした物を持ち、森を出て私の前に立つ。

 勿論可能性は低い。何せ御姫様の状態では余程の物が見つからなければいけない。


 むしろ何も見つからない方が当然だ。人の手が奥地に入っていない点だけで選ぶのだから。

 それに幾ら彼女の体が強靭でも、魔獣の牙を通さないという訳ではない。

 彼女の体が防ぐのは、魔力もろくに扱えない凡人の攻撃だけだ。

 死ぬ可能性の方が大きい。生き残るなんて在り得ない。そう考えるのが普通だ。


「―――――それでも、このまま何も出来ない様に取り上げられるよりは、楽しい」


 そうと決めたら監視を昏倒させ報告できない様にして、全力で走って部屋に戻る。

 部屋の前に使用人が居たが、それも軽く殴って昏倒させる。

 どちらも外傷が残らない様にしておいたので、私を咎めようにも咎められまい。


「お姫様には・・・もう少し眠っていてもらおうか」


 魔法を使って彼女の意識を深く落とし、彼女を抱えて急いで外に出る。

 そして車を勝手に動かして、全力で森へと飛ばした。


「もし生き残れたら・・・私を殺しに来ると良い。この国を壊しに来ても良いね。ああ、何だそれは楽しいな。素晴らしいじゃないか。ぜひ全力で壊しに来て貰いたい」


 そうだ、うん、この方がやっぱり楽しい。

 どうせ私の手の届かない所に置かれるなら、誰の手も届かない所で彼女が苦しむ方が良い。

 陛下もきっと嫌な顔をされる事だろう。帰って顔を見るのが楽しみだ。





 奴隷の首輪の破壊はサービスだよ、もう君を縛るものは何も無い。

 まあ彼女が『壊せない』なんて思い込みが無ければ、自分で壊していただろうけど。

 本来なら彼女にあんな物は通用しない。自力で何時でも破壊出来た。

 何にせよ君はもう自由だ。好きに生きて、好きに食らって、私すらも食らいに来ると良い。


 何時か君の噂が耳に入る事を楽しみにしているよ。

 紅蓮の暴食。愛しいグロリア。私の愛しい姫様の道行きに幸あらん事を。

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