第30話
夜、男子寮へとおもむき、談話室に入った。
いまはイダンさんとゴッカのほかにはだれも他に生徒がいない。ここにきてもらうようあらかじめ伝えていた。
暖炉のまえで、俺はマリルから手を離し透明化を解く。
「ようデュラント。今や生徒会長になったこの俺のまえで、部外者立ち入り禁止の時間に寮にしのびこむとはバカなやつだ。俺の一声でお前なんざ退学にできるかもなぁ?」
魔法科で最も優秀な部類に入るらしい生徒、ゴッカが挑発的に言ってくる。どういうわけか彼はよく俺につっかかってくる。今では昔よりその頻度は減ったが、あいかわらず仲良くなれそうにはない。
「そんなことはどうでもいいんだ。とにかく、イダンさんも集まってくれてありがとうございます」
もうひとり呼んでおいたのは、今では研究院生でいずれは教授になるであろうイダンさんだ。気性の荒いゴッカとは真逆で冷静沈着、そしておだやかで接しやすい人物でもある。
ゴッカが俺をにらみ、声をかけてくる。
「テメエの腐った生活態度は教師方に報告済みだからなぁ? 合宿をたのしみにしとけよ?」
「合宿? なんのことだ」
ニヤニヤとして目つきを彼は投げかけてくる。まあいい、とにかく用件だけ伝えておこう。
「それより、わざわざこの時間に呼び出すなんてなにか話があるんじゃないのかい」
イダンさんが俺の顔を見て話をすすめてくれた。
用と言うのは、例の神聖機関のことである。
『神』を召喚するために禁術にも手を出している犯罪宗教組織。いちどは俺が壊滅させたはずだが、どうやら昔の資料を知る者によるとその勢力は想像以上に大きいらしく、残党が残っている可能性が高い。
それのなにが問題化というと、わが友であるロビーのことだ。もし機関が王都を狙って来ればロビーにも危険がおよぶだろう。労働を嫌う俺でも、さすがにそれは見過ごすことができない。
できれば機関に対抗できる人材を増やしておきたいのだ。
神聖機関について俺が知っていることを、二人にそれとなく伝えた。
ゴッカの方は腕を組み興味なさげにしていたが、イダンさんのほうは真剣にきいてくれた。
「君は冗談をあまり言う人ではないからね。信じるよ。街の平和は、学園の平和。元生徒会長として助力するつもりだよ」
さすがはイダンさんだ。頭が切れる。彼は優秀すぎて実は機関員なのではないか、と疑ったこともあったがここ数週間監視していて何も出なかった。その線は薄いだろう。
しかし、横で同じ話をきいていたゴッカはまるでちがう反応を示している。あきらかにめんどうくさそうで、自分には関係がないと考えているのが表情から見て取れる。
「君ももちろんそうだろ?」
イダンさんがゴッカのほうを向く。
「あ!? いや、俺はですね……」
「自分の利益にならないようなことはしたくない、か?」
俺は核心をつく。俺が知っているゴッカはそもそも試験の点数にこだわるような人間だった。生徒会長になったのも私欲があるようにしか思えない。
しかし実力はある。野心もあるようだ。協力してもらえればありがたいが。
「なんだと? 俺はなあ、貴様が信用ならないだけだ。ふだん隠居なんて呼ばれてのらりくらりしてるやつが、どうしていきなり王国のためにとか言い出す? どうも怪しいもんだぜ」
敵対心をむざむざとぶつけられる。
「だけど、だからこそこうして彼が伝えてきたということは、真に危機がせまっている、とも考えられる」
イダンさんが言う。
「さすが会長。そういうことです。俺だって本当はめんどうごとには首をつっこみたくはないさ」
「ッチ。ま、ご隠居のテメェのことだ。めんどうなことは俺たちに押しつけて、自分は安全なところに逃げようってつもりだろ」
まあできればそうしたいが。
「そういうわけにもいかない」
「まさか……守りたい女性(ヒト)ができた、とか?」
イダンさんが薄ら笑いを浮かべながら、そんなことを言う。
「……」
そんなわけがない。逆に言葉を失ってしまう。
「いいだろう。どんなことが起きるのかはわからないけどね。なにかあったら対処すると約束するよ」
イダンさんはにこやかに承諾してくれた。
「そこで提案なんですが」
すかさず俺は切り出す。
「手っ取り早く言います。俺がふたりの戦闘の練習相手になろうと思っています」
とたんに、二人の顔色が変わる。純粋な興味か、それとも上から目線な物言いへの不快感か。
「へえ……」
「ああ? えらそうに」
二人の反応はそれぞれだった。
「君がそんなことを言いだすなんて、本当に天変地異でも起こるのかな?」
「うぬぼれるなよデュラント。入学試験のときのようにはいかねえぞ。あのときは油断したが……今なら、毎日なまけてただけのテメエなんざ瞬殺してやる」
ゴッカはそういいつつも、口元に笑みが見える。
生徒同士の私闘は禁止されている。あれからゴッカはリベンジの機会をうかがっていたはずだ。彼にはいいチャンスだろう。
「なるほどよほど嫌われているらしい。じゃあこういうのはどうだろう」
俺はひざに手を置き、ゴッカにちらりと目線をくばる。
「もし、俺が勝ったら有事の際、協力してもらうとするかな。俺が負けたら、この学校をやめよう。目障りなのがへっていいだろう?」
「おもしれえ。こういう時を待ってたんだ……! テメエが喧嘩を売ってくるときをな! 予定より早まったが……」
ゴッカは立ち上がっていった。こういえば乗ってくれると思っていた。社会人の定義はいろいろあるが、事前に対策をたてておく、これが結局なによりの準備となる。
「僕も楽しみだよ。一度はずいぶんがっかりさせられたが……君の実力にまだどこかで期待している自分がいる」
と、イダンさんも乗り気だ。
「じゃあ、訓練場にいきましょう」
さっそく、二人とともに寮を出た。
次の日、俺は日ごろお世話になっているフリッツ教授の研究室をあとにする。彼もまた神聖機関のことを知っている一人だ。
「……はい。ではそういうことで。よろしくお願いします」
クセで丁寧にお辞儀してから廊下を歩く。
となりにいたカレンが「私の方からも上官に伝えておこう」と先に言ってくれる。
「ああ、頼む」
彼女はこの魔法学院の制服を着用している。いまだに慣れないが、意外と似合っている。
「そういえばカレン、お前は留学生ってことでここに通えることになったんだな。よかったじゃないか」
「あ、まあな。ここでは実戦での魔法は使えないが、なかなか奥深いことが学べて悪くない。……セルトも魔法科に来ればいいのに。君ならきっと王都一の、いや大陸一の魔法使いにだって……」
一応、フリッツ教授の講義には顔を出しているが、ほかは特に学ぶ理由が見当たらないな。
「いや、俺はのんびり暮らす以外のことは興味がないな……」
カレンはそれときいて、ふうと笑いながら呆れた顔になる。
「やれやれ、変わった人だ。ところで……」
ちら、と彼女は俺たちの後方を見た。
言いたいことはわかっている。小さな影が柱のうしろから俺たちを見つめている。
いや見つめている、というほどおだやかではない。にらみつけているような、観察しているような感じだ。
アエリシア……こっぴどく打ち負かしていらい、彼女は俺を監視、もとい尾行しつづけている。
気の休まるときがない。教室にもどってあくびをしていても、彼女は教室の外扉にしがみついてこちらを凝視していた。あいだにいるミスキたちが困ったような表情を浮かべている。
「おい、アエリシア……。俺の寝首でもかくつもりなのか。話しただろ。お前がいずれ戦うかもしれない敵は別にいる。俺じゃない」
「いいえ。戦う理由ならあるわ。あの下着盗み事件よ!」
堂々と彼女は言い放つ。目立ちたくないんだが……ムリらしい。
「あんたが犯人じゃなきゃおかしいわ。だってどうやってあんなへんぴな場所を見つけ出したの? 説明して見なさいよ、さあ!」
「……俺のことを探ろうってことか? そんなことしても意味ないぞ」
「さーてね。でも、とにかくあんたは怪しいわ。だから、監視することにしたの。また不審な事件を起こさないか、ね」
監視して、俺の弱みでもにぎろうってつもりだろうな。あるいは戦闘の弱点を探り当てたいのか。プライドが高すぎて逆に考えていることが筒抜けだぞ。
俺の魔法のほとんどは『社畜の化身』の力によるものだ。魔法改変など教えても他人にできるようなものじゃない。こいつにはこいつにあった戦い方を見つけさせないと。
やれやれ。厄介な部下をもった気分だ。
神様見習いだけど、子供のうちから隠居しています -神がかり異世界転生ライフ- isadeatu @io111
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