第22話
22
「なにしてんの!? 早く逃げて!」
後ろからカレンの声がした。となりには合流したのか、ラルフィンと獣人の少女もいる。
「セルト殿。あの竜はおそらく災厄級です。王都の軍隊をもってしもて危うい相手……ここは退くべきです」
ラルフィンが言う。その通りだろう。さすがは的確な形勢判断だ。
「……俺があいつを引き付けてる間に、隣町の人たちを連れてできるだけ遠くに避難した方がいい」
「ムチャです! いくらあなたでも……」
ラルフィンが悲痛な声で言う。
そこに、竜が巨大な魔法を放ってきた。俺は魔法結界を五重まで展開し、衝撃をふせぐ。
――結界は二層まで破壊された。かつてないほどの強大な魔物を前に、さすがに身がこわばった。
「心配してくれてありがとう。たぶん食い止めるくらいはできる」
できる限り余裕を見せようと言った。
ラルフィンはうつむき、ひどくつらそうに言った。剣士であり、少女をかばうほど正義感の強い彼女にとっては取りたくない選択だろう。
「あなたは恩人です……だから生きていてほしい。……どうか無理をなさらず」
俺はうなずき、竜へと集中する。
無理をするな、か。俺には痛すぎるほど響く言葉だ。無理をすればするほど必ずなにかの反動が返ってくることはよくわかっている。
「……ああ、無理はしない」
自分のできる範囲のことだけをやると決めている。そのために、この17年間自由気ままに暮らしてきたんだからな。
竜がふたたび魔法を放ってくる。俺は防がず、【終電】で撃ち返した。
こちらの雷撃は敵の魔法を食い破り、竜に襲い掛かったが、巨大な体をつつんでいる魔力の結界にはばまれ首の下に火傷のような傷をつけるにとどまった。
竜の様子を見ても、弱ったような感じはない。とうとう俺を明確な敵とみなし、怒りに任せて魔法を連発してくる。
かなり頑丈だな。魔法で相殺されているとはいえ、終電を喰らってもあの程度なのか。
しかし今のでわかったこともある。あの竜は額の黒い宝石から魔力を放出している。攻撃のときも、バリアを張るときもそうだ。あの竜が意識的に結界を張ったわけではなく、あの魔石がこちらの魔力に反応したのだろう。神眼があるからこそわかることだ。
「モス、マリル。竜の額の石、あれが魔力の源になってるのかもしれない。やつは俺がひきつけるから、その隙に攻撃をあててみてくれ」
やつを完全に倒すにはゼロ距離から、最大威力の終電を当てなければならないだろう。
それにまだやつは全力ではないはず。
モスとマリルが浮遊魔法で空へと浮かび上がる。
そのあいだに俺は【散炎】の魔法を使い、敵に攻撃を放った。対竜であるため、さきほどよりも威力を強化している。
竜が咆哮すると、宝石から無数の黒い闇のような魔法が出現する。黒い炎は俺の魔法を焼き焦がしすべて撃ち落としただけでなくいくつもの矢が的に集中するようにこちらに向かってくる。
なんだこの魔法は。そもそも魔法なのか。やはり神聖機関は独自の魔術に通じており、そこから生み出されたこの竜もまるで魔法の常識が通用しない。
俺は爆風を受けてもろに吹き飛び、木に背中を打った。太い木が折れるほどの衝撃はすさまじく、完全に防御したはずであるのに殴られたような痛みが腹部に残っている。口から血がつたうのがわかった。
心配するモスの声がする。
「<タクヤ!>」
「<だいじょうぶだ、結界魔法を張ってある。今がチャンスだ>
モスが竜の頭上で、宝石に向かって無属性の魔法を放つ。こちらに意識を集中させていた竜の視界はモスをとらえてはいなかったが、やはり宝石が自動で結界をつくりだし簡単にふせがれてしまう。
竜はそれで気づき、モスに向かって魔法を放つ。しかし透明化し空中を自在に走り回れるモスはそれをかわす。
同時に、俺は魔法をつかった。
「“【ゲート】”!」
出した場所は、竜のすぐ背後である。巨大な穴に竜は飲み込まれ、消えていく。
この魔法は使用者が一度行った座標地点に転移する。つまり……
俺は基地があった場所へと走る。その上に、竜の身体が出現して地に伏せる。
砂ぼこりと風が巻き起こる中、俺はガレキと竜の身体を蹴って飛び上がり、竜の上空へと飛んだ。
竜は俺に気づき、反撃するためにあの闇の魔法と、さらに宝石からすべてを吹き飛ばすほどの衝撃波を放とうとする。
しかし俺の発動のほうが早かった。宝石へと向けて手をかざし、全霊の攻撃を放つ。
「【終電・無限錬禁(ライトニングヘブンブレイク)】!」
竜よりも巨大な雷がいくつも宝石を襲い、砕け散っていく。
なにも残らないほどに周囲が爆散した。
天にとどくほどの爆炎が舞いあがり、それが消えるころにはクレーターのなかに竜の跡はかけらも残っていない。
「終わった……」
俺は砂ぼこりのなかへたり込み、その場に尻をついて一息つく。
これだけの力を出したのは始めてだった。さすがに体が疲れ切っているのを感じた。ひさしく覚えのない感覚だった。
煙のなかから、モスとマリルが笑顔であらわれる。
「やったー!」
「めちゃくちゃだぞ、タクヤ!」」
思い切りよく抱き着いてきて、俺は倒れそうになるが受け止めてやった。
かなりがんばってくれたのだろう。笑ってはいるが、二人ともいくつか体に傷がついている。
「モス……人間嫌いなのに、手伝わせて悪いな」
「いいよ。友達なんだから」
モスは陽気に言った。
こいつらのためなら、疲れるのもそう悪い気はしない。少しそう思った。
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