第21話


21


「<モス、マリル、カレンととらわれてる人々を解放してくれ。だが透明化は解くなよ。相手はなにをしてくるかわからない。手加減なしでいい、手段を問うな>」


 攻撃の指示を出し、俺自身もリゴディバステの領地に入る。


 すでにマリルたちが敵を倒していた。カレンは無事で、俺を見て安堵の表情を浮かべていた。


「セルト……」


「無事か」


「タクヤ、あいつら……」


 モスが、道に落ちている砂塵とローブを見て言う。


「ああ……カレン、状況を話してくれ」


「……そうだった。村の人たちが……このままじゃ危ない。なにかの儀式のイケニエにされるって……!」


「落ち着け。順を追って話してくれ。あいつらはなんなんだ。<モス、マリル、先に行って敵っぽいやつらは全員無力化してこれるか?>」


「<楽勝だぞ!>」


 二人に任せ、俺はカレンから話を聞くことに専念する。


「顧問官から、【神聖機関】じゃないかと教えてもらった。なにかの思想集団だと。そうなのか」


「うん。……聞いた話だけど、やつらは魔物や、強力な魔術をつくってるみたい。ここにいる村の人たちを、武力で支配して、奴隷にして、その手伝いをさせてる……。あと、イケニエを集めて、強力な魔物をつくるって言ってた。私もそうされそうだった」


 たしかに危険な連中らしいな。


「ここは危険だ。外に逃げた人たちには感覚共有という魔法で東の街に避難するよう伝えてある。俺の仲間の珍獣たちが敵兵を倒すから、カレンは他の村人たちを誘導してやってくれ」


「わかった」


 後のことはカレンたちに任せて、俺は神聖機関のことに集中する。


 こめかみに指をあて、サーチをかけて、周辺の魔力を探る。村の西側の要塞のような建物の近辺で多くの生体反応がある。


 あそこがここを牛耳っている機関の基地のようなところか。


 いきなり制圧するより、できれば機関の情報を聞き出したい。やつらのことはどうも気にかかる。

 しかしやつらは捕らえてもなぜか砂になってしまう。まずは近くまで潜入して、機関とやらがなにをしているか、探るのがよさそうだ。


 気配を殺して、基地近くの背の高い木の上に上る。山で暮らしていた経験がこんなところで活きるとはな。


 枝の隙間から基地周辺の様子をうかがう。


 警備兵が多い。そのなかで、村人と思わしきボロ着をまとった人々が目に入った。俺はサーチをかけ、彼らに意識を集中させる。


 一人は肌が泥でくすんでいるがまだ若い金髪の女性だった。手押し車で、黒い石をどこかへ運んでいる。その横には、まだ幼い獣人の少女が、薪を背負ってつらそうに歩いている。少女のほうは、がりがりにやせ細って、今にも倒れそうだ。


 感覚が研ぎ澄まされているため、彼らの近くでの会話まで聞こえてくる。


「脱走を試みた者がいる」


 大柄な、神聖機関の一人の男が言った。ムチを鳴らし、地面をたたく。フードの下からは邪悪な笑みがのぞいている。


「連帯責任だ。全員、教育として、罰を受けてもらう」


 村人たちは悲痛に満ちた表情になりながらざわつく。


「やはり貴様らでは神への奉仕の心が足りんようだ。……こうすればわかるか?」


 機関員の男は、近くにいた獣人の少女の背中の襟をつかみ引っ張り上げた。軽い体はゆうゆうと持ち上がり、彼女の悲鳴があがる。


「やめろ!」


 叫んだのは、その隣にいた金髪の少女だった。筋肉のつきがいいところから見て、なにか武術をやっていたな。

 もしかすると彼女がラルフィンかもしれない。しかしもはや彼女さえ助けられればいいというような状況ではない。


「ムチ打ちの刑は、その子の分まで私が受ける……それで許してくれないか」


 ラルフィンと思わしき女性が言う。


 機関員は答えなかったが、少女から手を離した。地面に落ちた少女は、のそのそと女性の方へと歩み寄る。


「ラルフィンさん……」


 落ちくぼんだ目で、少女が言う。


「だいじょうぶだよ。私は剣士だから……。すきをみて、絶対にお母さんのところに帰してあげる」


 少女を抱きしめて、ラルフィンは俺にしか聞こえないほどの小さな声でささやいた。


 機関員の男が声を張り上げる。


「動けなくなってもらっても困る。刑の執行は夕暮れが近づいてからとする。さあまだ雑用は残ってるぞ堕落者どもめ」


「おいさっさと働け!」


 別の機関員が、ラルフィンと少女に向かって容赦のない蹴りを入れる。

 ラルフィンはそれと見てかばい、横腹にもろにくらってその場に倒れた。


 どうやらあの神聖機関とやらは、村を支配し、そこの人間を無理やい従わせて怪しい儀式とやらに付き合わせているわけらしい。


「おっと殺しゃしねえから安心しろ。お前らはイケニエになるんだからな」


 生贄……? なんのイケニエだ。


「しかし見せしめは必要だ……」


 ニィッと、邪悪な笑みが機関員の顔にあらわれた。

 機関員の一人が、うずくまっているラルフィンの顔を蹴り飛ばし、さらには持っていた鞭で力いっぱいに叩きつける。


 獣人の少女が、目に涙を浮かべてそこに割って入った。


「やめて……!」


 しかし機関員は声もなく、少女を殴りつける。

 ラルフィンに鞭が打たれる音がひびきつづける。隣の無力な少女は、地面に手をついたままその光景をただ眺めることしかできなかった。


「神様……」


 涙が流れる目を閉じ、悲愴なつぶやきをもらす。


「寝ぼけたこといってんじゃねーぞ! かつて我々を粛清したのは貴様ら愚民だ。この堕落した人間風情が……」


 なにかが機関員の男の逆鱗に触れたか、ついには獣人の少女まで足蹴にされた。


「てめーら奴隷に神なんかいねーんだよ! ギャハハ!!」


 ムチを持つ手が振り上げられ、非情にも少女の頭に向かって降ろされる。


「それはどうかな」


 しかし、その手は止まった。否、俺がその腕をうしろからつかんで止めたのである。


 そのまま機関員の身体に雷魔法の電流を流し、重度の感電を負わせて再起不能にさせる。


「ボーナスだ」


 おまけでもう一発わき腹に雷を帯びた掌底を入れておいてやった。男は派手に吹き飛び、基地の二階の壁を壊して砂煙の中に消える。


 まわりの数名の機関員たちがこちらに気がつく。できれば姿を隠してすべて物事を解決できればよかったのだが、そうは言っていられない。


「どうなってる……結界があるはずだろ」


「なにもんだてめぇ」


 機関員たちが集まってきて、口々に言う。

 やつらはまた黒い石を投げて、魔物を召喚した。あの石が魔物を精製するなにかの力があるのだろう。錬金術の応用か。


「俺か? 俺は……通りすがりのご隠居だ」


 一つの石から数十体近い数々の魔物が出現し、俺の周囲は魔物だらけになった。機関員たちの合図で、数にものを言わせて四方八方から一斉に飛び掛かってくる。


 俺は逃げも隠れもせず、全霊をもって応じた


「【無限残業(むげんざんぎょう)】」


 世界全体の磁気をゆがめて時間を停止させる。原理は終電と同じく雷属性の限界を越えた力であるが、神格の能力の一部である。


 さすがに連発するとまずいが、基礎魔力を5年間鍛え続けた今の俺ならば使いこなすことができる。


 魔物たち、そして機関員たちすべての動きは止まった。俺だけがそのなかを悠々と歩く。


「【終電流し・地歩き】」


 手の平を開き、地面に激しく当てる。するとそこから電流の渦が、地面からイナズマの嵐の落ち乱れるかのごとく発生する。地面から湧き出る雷の魔法は激しく荒れ狂い、機関員たちをなぎ飛ばした。


 一人遠いところにいた機関員が、事態を察したかナイフをもって獣人の少女の首につきつける。


「お、おい動くんじゃねえ! こいつが――!」


「どうなるって?」


 無限残業で時を止め、機関員の首に指を突き刺し感電させる。


 労もなく、魔物と機関員たちを全員戦闘不能にする。


 この程度か。クワルドラのモンスターのほうがまだ強かったぞ。


 感電して倒れている機関員が、なぜかまたも砂になって消えていく。皮膚が崩れ落ち、最後にはローブと靴だけが残る。


 魔力によるひん死攻撃を受けると、この陣が発動するのか

 ……そういう代償をつける代わりに魔力を与えるような呪いのたぐいのものか? あるいは組織の情報をもらさないための口止めか…


 魔物たちも同様だった。本来魔物の頑丈さであればまだ息の根は残っていてもおかしくないが、ただの黒い液体になって地面に溶けていく。


「あなたがラルフィンさんですか」


 俺は獣人の少女に治癒魔法をかけてやりながら、そのとなりで座っている女性にきく。


「え、ええ……あ、あなたは一体……?」


「セルトと言います。あなたの従妹の知人です。あなたは軍人だと聞きました。こいつらはいったい何者なのか、知っていますか」


「……神聖機関よ。私たちの部隊はあの魔物たちに襲われ、奴隷となるか、牢屋に入れられた。ここの村の人たちは力で支配されて、あの黒い石をつくるために必要な鉱石を集めたり、うさんくさい儀式を手伝わされてた」


 なるほど、相当やばい集団らしいな。


 警備隊と言えどあの数の魔物相手では奇襲されてはひとたまりもなかっただろう。大量の魔物を一瞬で生み出すあのなぞの魔術……あんなものは聞いたこともない。


 やはりあの顧問官の言っていたことは当たっていたのか。だとすると、やつらの目的は本当に……


「神聖機関、か……」


「きみ、剣を持っていないか。私もこの街の人たちをたすけたい」


「……それはいいが、あと少しで軍がくるぞ」


 あの顧問官は神聖機関のしわざかもしれないと考えていた。ミスキの説得がうまくいっていてればもう向かっているかもしれない。


「こいつらには世話になったからな。恩返しをしなくては」


 獣人の少女の頭を、ラルフィンは撫でる。


 俺はうなずいて、収納魔法から炎淨闇剣(えんじょうあんけん)を取り出し渡した。

 剣士と言うだけあって、それを持つと様になっている。


 俺はあとをラルフィンたちに任せ、基地の中に入った。


 かなり広い建物で、派手な装飾がほどこされているところもあれば一面真っ白な部屋もある。


 なにか機関について知れる資料などはないかと探していると、ふいにどこかで爆発音がし、建物が揺れた。壁や地面に魔法陣があらわれ、炎が舞い上がる。


 あたりは一瞬で火の海になった。魔法でバリアを張りながら進むと、大きな実験施設のようなところに出る。


 そこでは数人の機関員たちが、おびただしい数の山積みになった動物の死体を囲んでなにか儀式のようなことをしていた。すると黒い光が発せられ、さきほど見た者よりふたまわりは大きい黒の石が空中に出現した。


 そのなから、皮膚の赤黒く、まがまがしい魔力をまとった巨大な竜がからを破るように姿をあらわす。竜は生まれるなり俺を見つけ、方向と共に身体から衝撃波を放った。ただ魔力をまとっただけで、建物が崩壊するほどの威力である。


 俺は吹き飛ばされつつも、ガレキの下敷きにならないようできるだけ上に飛ぶ。気づいたときには、竜も自分も建物の外におり、基地は取り壊されたかのように潰れていた。


 あの竜はなんなんだ。あれも機関によって精製されたなにかなのか。


 しかしもはやだれにも制御できていないのか、竜は激しく暴れまわっている。そこらじゅうに魔法を撃ち散らかし、地形を変えてしまっている。


「タクヤー!」


 モスが到着する。


「なんだかあれ、やばそうだよ……」


 さすがのモスもあの赤黒くもどこか神々しい竜におびえていた。


「ああ……」


 よくわからんが普通じゃないのはわかる。気を放っただけで空気が吹き飛んでいたからな。

 それにあの竜が出てきてから、あまりの魔力で空が暗くなった。

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