第23話
23
それからほどなくして俺たちは王都へともどり、まず軍の顧問官のところへ行った。
「……まさか本当に神聖機関だというのか」
「おそらくは」
「たしかに、わずかに残っていた資料は禁断の儀式などにも関わることだった。それにとらわれていた人たちの証言もある。……しかし……すぐに断定はできない。証拠がない状態で発表しても混乱をまねくだけだ。軍がリゴディバステについたときには、すでに神聖機関は全員砂になっていたのでな……」
「機関員は口封じのために、ひん死になると消える呪いがかかっていました」
「うむ。そのようだな。調査を進めて、王都に報告するつもりだ。対策はそれからになる」
俺は話をきいてうなずく。
顧問官どのが、急に怪訝な顔になってきいてきた。
「ひとつ聞きたいのだが、支配されていた村落の人からは、竜がいた、魔物が大量に出た、などと言っているのだが、本当かね」
「……はい」
「それが……軍が到着したときにはなにも脅威となるようなものはなかった。君も見たのか」
「見ました」
「……竜がどうなったのか、なにが起きて機関員が消えたのか、なにかわかるかね」
これは――うたがわれているな。
たしかにいきなり竜や魔物が消えるのは不自然だ。だれかがやったと思われるのは仕方がない。
とはいえ、名乗り出て目立つのも避けたい。俺はただの隠居者だからな。
「妖精を見ました」
「よ、妖精?」
顧問官はあきらかに困惑する。
「妖精と――すごい凶暴で強そうなケモノを見ました。彼らが退治してくれたのかも」
「……は、はあ……? 妖精か……なんだかますますわからなくなってきたが、とにかくもう竜が出ないのであればよかった。まだ竜が生きていたら、王都どころか大陸の危機だったろうな」
嘘は言っていない。あいつらも討伐に協力してくれたしな。
それから学園へといき、竜や神聖機関のことをフリッツ教授に相談した。
彼からも神聖機関関連のことはたしかに聞きたかったが、まずは俺たちがいきなり学園を抜け出した経緯を説明しなくてはいけなかった。
主に、ミスキがだが。
「……と、いうわけで、カレンさんの従妹を救出するために、ああせざるをえなかったんです」
フリッツ教授は話の通じる人だ。困った顔をしながらも、話を受け入れてくれた。
「そうか。軍からもだいたいのことは聞いている。……時にデュラント君。軍がリゴディバステについたときには、すでに竜と機関員は全滅していたときくが……」
またそれか。
「まさかとは思うが……」
「それより聞きたいことがあるんです。あの神聖機関って、なんなんですか」
さえぎって、俺はたずねる。
「し、神聖機関か。彼らは……歴史の闇にほうむられた存在なんじゃ」
歴史の闇、か。それは前にも聞いたな。
「その実態は謎に包まれている。邪悪な儀式を行っていたということしかわかっていない。具体的にどんなことをしていたかまではわからない。あきらかにあらゆる資料が喪失してしまっている上に、しかも、すでに400年近く前のことだ」
「資料が喪失……なくなってるってことですか」
「うむ……なにがあったかは不明だがな。あまりに闇に落ちすぎている禁断の術として隠ぺいされたのか……。おそらくそのことに詳しい者は今や数少ないだろう。今は引退されたときくが軍の諜報につとめていたというアイク殿……彼は超記憶の持ち主で神聖機関のことも知っているかもしれん」
アイク、というのはあの顧問官の名だ。諜報機関にいたのか。
しかし彼が知っていることは教えてもらっている。目新しい発見はなしか。
「あとは、……賢者ルーフーシャ。……彼は、かつて神聖機関の……構成員。メンバーだったと言われている」
「構成員……」
「400年前の人物だ。今も生きているかはわからんが、賢者のひとりに数えられるほどだからな。今もどこかにいるのやもしれん」
謎に包まれた組織、か。
俺たちは話を終え、教室へともどった。
「神聖機関……ってなんのこと? ねえ、セルト」
ミスキがそんなことを言っている気がしたが、俺は考えに集中していて聞いていない。
リゴディバステにいた構成員は、まだ一部かもしれない。
情報はあまり残っていないが、邪悪な儀式によって実際に見たような禁断の魔法を使っていた、ということはわかっている。
まだ残党がどこかにいるのだろうか。
そんなのがいるならロビーを一人にさせるのは危なすぎるな。
隠居できるのはいつになるやら……
それに、アイクさんが言っていた機関の目的、神を降臨させる、という言葉も気になる。
やれやれだな。すこし考えすぎだ。
教室につくと、カレンの姿があった。すぐに目が合い、駆け寄ってくる。その横には、見慣れない女性がいた。制服もここのものではない。
「ねえ、セルトあなたあれって本当なの?」
会うなり俺の肩をつかんできて、カレンが興奮気味に言う。
「なにがだ」
「りゅ……竜をたおしたって」
ほかの生徒に聞こえないよう、ものすごい小声で言ってくる。
「いや、あの時妖精と獣がいただろ。あいつらのしわざだな」
「ええっ!? あのケモノちゃん、そんなにすごいの」
「魔法吸収ができる。ほら、ここにいる」
俺はカバンのなかを見せてやる。そこにややしかめっ面になっているモスがいる。本当にこいつは人間があまり好きではないみたいだな。
「魔法吸収!? すごい……ていうか、それを従えてるあんたやっぱりもおかしいでしょ……!?」
「別にしたがえてないぞ。小さいころから一緒にいる友人みたいなものだ」
「もっとすごすぎるって……」
とりあえず受け入れてくれたのか、カレンは驚いて顔をひくつかせながらも納得してくれたようだった。
「そちらの人は?」
さっきから俺をちらちらとにらみつけているあの金髪の女性は何者なんだろう。
男子生徒が、その少女たちを見て見惚れているのがわかった。そしてざわざわとなにか噂している。よかった、実はクラスメイトなのに俺だけ知らなかったなんてことではないらしい。
少女は俺の前にきて、なんだか言いづらそうにあいさつをしてきた。
「あ、るふぃ、だ。……です」
顔をあまり合わせてくれず、よく聞き取れなかった。アルフィダさん?……そんな知り合いいたかな。
「ラルフィンだよ。見て分かんないの」
カレンが少女の背中に抱き着くようにして彼女の肩を持つ。
たしかによくみると、あのときいた剣士の女性だった。ずいぶん恰好が変わっているのでそれとわからなかったな。
「あぁ……あ。ラルフィンさんか。ずいぶん、なんていうか、……元気そうになってて気づかなかった。でもよかった」
「あ、ああ。いや、はい。あの……あの獣人の子も、親のところに帰れて……その私も……セルトさんに助けてもらって」
なんだか初めて会った時はずいぶん堂々としてたのに、俺と話すのはなんか気まずそうだな。
もしかして、と俺はあることを考える。いや、もしかしなくても、そうだよな。たぶんラルフィンさんは、俺の化身の魔法を直で見てるから、さすがに怖がっているのかもしれない。
無理もないか。マリルが異例なだけで、モスも俺のスキルを見るといつも驚いていたしな。
「お礼を言いにきたんだよね」
カレンがやさしくうながす。
こくり、とラルフィンはうなずいて、俺の目を見て言った。
「ありがとう……」
なんというか、すごくうれしそうな表情だった。ずっと目をあわせるのがむずがゆくなるくらいに。
「……ああ。無事でなにより」
とりあえずそう答えておいた。
俺は長椅子にすわり、カバンを横に置いてから言う。
「だけどまだ全部済んだわけじゃないかもな。もしまだあんなのがいるようなら、王都にひとりロビーを残してはおけない……」
「セルトはそんなにロビーのことが好きなんですね……」
ミスキが含みのありそうに言う。
「その言い方だと別のものに聞こえるぞ」
カレンが俺の机の前に、身を乗り出して言う。
「よくわからないけどさ、セルトがここにいればいいじゃん。セルトがいるってことは、その一角獅子くんもいるんでしょ。そしたら私たちも安全だし、なにかあってもロビーくんも安全じゃない」
「そうかもな……でも」
考えは決まっている。
「俺は諸事情あって働かないから、代わりにお前らをきたえる」
「ええ!?」
一斉にミスキたちが驚愕する。
めんどうだが、自由気ままに隠居するには必要だ。
彼らをきたえて、王都を守れるようにしようというわけだ。
俺は充分やってるし、すこしくらい休んだっていいだろう?
昼休みごろ、するすると教室から抜け出して、人のこない場所へといき芝生の上で昼寝をする。
モスをさわると、毛並みが気持ちいい。
そうしてマリルたちと一緒に、のどかに流れる時間のなか心ゆくまでくつろいだ。
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