第18話



18


 行方不明になっている若き剣士の名前は、ラルフィンというらしい。

 ギルドで任務を請け負ったあと、いったん学園に戻る。


 カレンに、これから探す人物の持ち物などはないかと言い、彼女の家までついていく。そこで彼女が使っていたというリボンを受け取り、そこでサーチという探索魔法を使った。


 この魔法は道具の持ち主を探すと言う中級魔法だ。術者の力量によって捜索できる範囲は変わる。俺ならば王都の周辺諸国までならばカバーできるだろう。


「どうするの?」


 カレンが聞いてくる。


「中級魔法サーチを使う」


「それって、落とし物の持ち主を探すような魔法じゃない。それじゃこのあたりまでしかわからないでしょ?」


 カレンの言う通りだ。これはそこまで便利な魔法じゃない。


「俺は王都の外まで調べられる」


「なっ……本当に?」


 カレンたちがおどろいていた。 

 ためしに周囲にサーチをかけるが、いない。

 少なくともこの国のまわりにはいない。


「だめだな。……ここらにはいない」


「ほ、本当にさがしてるの? 疑うわけじゃないけど……」


「やるって言ったらやるよ、タクヤは」


 カレンの言葉に、マリルが答える。


 そこでいったん学園へ戻り、史学で使う備品から大陸の地図を借りる。

 そして空き教室へとうつり、机のうえに地図を広げて準備をはじめた。


「なにをするんですか?」


 ミスキがたずねてくる。


「ダウジングだ」


「ダウジング……って、きいたことある。でもたしか水とか鉱山とかをあてるような魔法じゃないの?」


 さすがミスキ。よく知ってるな。


「ああ、だがあの魔法のプログラムを俺なりに書き直した」


 これが神格の創造の力を抑えた、作り出すのではなく既存のものに変化を加えることで俺自身への負担を少なくした魔法。改変魔法。


 これであれば神格の力が成長しすぎることもない。この5年間をかけて生み出した力のひとつだ。


「プログラムぅ? なにを言ってんだか、さっぱり……」


 カレンは混乱していた。まあ無理もない。


「5年かけてようやくできるようになったんだ。わからなくても仕方ない。……ミスキに迷惑をかけてたばかりじゃない。俺なりにやってたってことだ」


 俺はミスキにむかって微笑みかける。彼女もさすがに驚いていた。


「改変魔法……ダウジング」


 大陸の地図をひろげ、自分たちがいる地点に針を立てる。ダウジングの魔法によって針は立ったまま浮かびあがり、ゆっくりと動き始める。


 そうして、ある地点で止まり針がそこに刺さる。ヒットしたのは、リゴディバステという辺境の田舎村だった。


「ここだ。彼女はここにいる。間違いない」


「……本当にここにいるの?」


「断言する。例を見せてやろうか?」


「……ううん、わかった。信じるよ、セルト。ギルドの人にいって、『ここで似た人を見たって情報が入った』とでも言えばうごいてくれると思う」


「それがいい」


 もう夕日もしずみはじめ、その日は解散する。


 二人を送って、帰ったらもう夜だった。ロビーはベッドで寝ている。作り置きのものを先に食べたようだ。


 結局今日は聞けずじまいだったな。まあいい、明日がある。


 俺も色々あって精神的に疲れたので、すぐに寝ることにする。



 翌朝、ロビー、それとミスキといういつもの三人で登校する。


「へえ、セルトそんな魔法も使えるんだ。まあ昔から色々できたよね」


 きのうの話をきいて、ロビーが言う。


「いやできるようになったのは最近なんだ」


「ただサボってるだけじゃなくて、意外とちゃんとやってたんだね」


「まあな」


 ロビーに微笑み返す。


「背も伸びてるのに、向上心だけはどこかへ置いてきてしまったみたいですね……」


 ミスキが言う。


「いつも活躍しないようにしてるし、それどころか目立たないことに全力ですものねセルトは。いったいなぜなのですか……」


「さあな……」


「いつもそうやってごまかすんだから……」


 ミスキの追求をごまかし、呆れられる。神格のことを言うつもりはない。普通の友人としていたいからな。


 そこに、道の向こうからカレンが元気よく走ってきた。俺を見るなり、腕にしがみついてくる。


「セルト! きのうはありがとね」


「ああ……」


 困惑する俺を、ロビーとミスキがぽかんという表情で見つめている。


「ミスキさんも、一緒にきてくれてありがとね」


「え? あ、ああ、はい」


「セルトっていつもやる気ないし、受けてくれるか心配だったの。ちょっと、見直したよ」


 美人だと思われるカレンの顔が、ずいと近づいてくる。なんかいい匂いがする気がしなくもない。


「そうか」


「いつもあれくらい本気だったらいいのに!」


「それは無理だ」


「なんでムリなのよ!?」


「なんでもだ」


 俺はしがみつかれたまま歩き、話をもどす。


「従妹の……なんだっけ、ラルフィンさん? 見つかるといいな」


「もし見つかったら、お礼しなきゃね。そうだ、セルトのやる気が出るように、私がまじめ人間に更生させてあげよう!」


 てへっとはにかんで、カレンは言う。


「……」


 勘弁してくれよ、カレン。


 そこに、ミスキが割り込んできてくれた。


「なに勝手に決めてるんですか。この人を更生させるのは私の役目です。カレンさんはなにもしなくていいですよ」


「あれ、ミスキさんってセルトとはただの友達なんだよね。別に私がセルトの面倒見てあげてもいいと思うんだけど……」


「う、それは……」


「それにミスキさんが見てても、けっきょくあんなズボラな人間ができてるだけじゃない。育て方が間違ってるんじゃないの」


 何が育て方じゃ……


「私は毎朝起こしにいってあげてますし、学業だって……」


「それって甘やかしてるんじゃないの? もっとビシビシいかないと」


「へえ、じゃあ具体的にはどうされるおつもりで……?」


「まあまあ……」


 ロビーが間に入ろうとする。


 俺はほっといて先を急いだ。


「タクヤは探しに行かないのか?」


 マリルが聞いてくる。


「ああ。資金は欲しいが、これ以上する気はないしな。ただ、ギルドでも、軍でも見つからなかったっていうのは、気になるけどな……」


「タクヤの神格の力で、ぱぴっと片付けちゃえばいいのに」


 ぱぴっとってなんだよ。


「いつだったか、前も言っただろ。妖精の里で別れるとき……。神格の力は使えば使うほど神に近づいてしまう。よほどのことがない限り使う気はないし、めんどうごとに関われないのはそういうわけなんだ。社畜の神なんてもの、俺にはつとまらないしな」


「ああ、そういえば言ってたな。タクヤは神様見習いなんだったな」


「話きいてたか? 見習う気はないって。自由に気ままに、余生を生きる。またクワルドラでしずかに隠居するつもりだ」


「ふーん、それでいいのか?」


「ああ」



 そんなこんなで今日こそ授業をサボってでもロビーの様子をうかがうはずだったのだが、そう思い通りにはいかなかった。


 カレンとミスキが、監獄の守衛のように俺の横について常に見張っているのである。


「ほら次は実験室だよ。一緒に行こ」


 カレンが俺のそでを引っ張って言う。


「カレンさん待ってください……。この子はあんまり引っ張られるのは好きじゃないんです。ゆっくり歩かせてあげないと」


「そうやっていつも甘やかしてるの?」


 ミスキとカレンがまたもや小言の言い合いをはじめる。


 それが午前中ずっと続き、俺は昼休憩の時間とともに図書室に逃げ込んだ。


 部屋の角で座り、膝を抱えてうずくまる。


「おかしい……」


 思わず口をついて出た。


「カレンもミスキも、妙にやさしい……気がする。特別なことはしてないと思うが……」


「あ、その理由は私ならわかるぞ」


 マリルが言った。


「ほんとか?」


 一応女の子だからってことか?

 返ってきたのは、問題発言だった。


「私は実は友愛の精霊だから、精霊の加護をうけてるタクヤは人から好かれやすくなってるぞ」


 笑顔でそんなことを言う。


「……もっと早く言ってくれよ」


 俺は強めにマリルの頭をわしづかみにした。


「む、むかし言ったぞ! 精霊の加護があるからタクヤは楽しく暮らせるぞって」


「そんなざっくりした説明は求めてないんだよ。あれってそういう意味だったのか。精霊の加護があれば、安泰だとおもっていたのに……」


「ひどい言い方だぞ。タクヤは私のこと精霊の加護さえくれればいい存在だって思ってたってことか?」


「ああ」


「ひどい! ひどいぞ!」


 マリルは目に涙を浮かべてウソ泣きをする。友愛のことを隠してたお前のほうが悪いだろ。

 しかし神眼をもってしてもそのことには気づかなかったな。妖精が持つ特性のようなものまでは見えなかったということだろうか。やはり不思議な生き物なんだな。


「なに小さい子いじめてるんですか」


 そこにミスキがあらわれて言う。


「いやこれは……」


「ミスキ聞いてくれ! こいつ私が友愛の精霊で、周りの人がタクヤのこと好きになるって言ったら怒るんだぞ!」


「う、うん落ち着いて、ね?」


 マリルがミスキに抱き着き、赤子のように甘えている。


「友愛の精霊って……本当なの?」


 ミスキがきいてくる。


「ああ、厄介なことにな。もう俺には近づかないほうがいい」


「……なんかセルト、ちょっと嬉しそうだよ」


 じとっ、とミスキは見つめてくる。

 そんなつもりはなかったのだが。


「それは……ひさびさに懐かしい顔に会えたからな。めんどうなやつだけど」


「こんくらいの子が、好き? ってこと?」


 ミスキはそう曲解する。


「なぜそうなる」


「私はミスキ好きだ!」


 支離滅裂なタイミングでマリルがミスキの頬にキスをする。なんでもありだな、こいつ。


「めちゃくちゃなやつだな……。ミスキ、マリルを預かっててくれ。俺はロビーのところに行って……」


 そこに、神がかり的なアイデアが舞い降りる。


「そうか……友愛の精霊なら、ロビーの友達を増やせるかも。そうすれば、もう俺がここにとどまる必要もない……?」


「ロビーくん?」


「すごいぞ、マリル! お前はすごいやつだ」


 ミスキの腕の中にいるマリルの頭を撫でてやる。


「当たり前だぞ?」


「よくわからないけど、ロビーくんなら校庭でなにか機械をつくってたよ」


 そうミスキが教えてくれえる。


「校庭にいるのか。教えてくれてありがとう。来てくれ、マリル」


「勝手な奴だな……なんかするのか?」


「マリルの精霊の加護を、ロビーにつけてやろうと思ってさ」


 先にロビーに声をかけようと思って、図書室の窓から顔を出す。


 たしかに校庭にロビーの姿があった。そして意外なことに、彼は同じ機械科と思われる数人の生徒たちと一緒に、手で投げられるようなサイズの飛行機を自作して飛ばしていた。


「ロビー、楽しそうだね」


 俺の肩に乗っているモスが、それを見て言う。

 たしかにそうだった。ロビーの笑顔は自分だけしか見ることができないような気で居た。しかし彼は今あきらかに自分の好きなことを語り合える仲間と、笑い合っている。


 なんだ、確認するまでもなかったな。


 俺が改変魔法を身に着けたように、あいつもまた成長していたんだ。


「……そうか」


 小さくつぶやく。


「すこしさみしいような気もするけど、これでもうここでやり残したこともない、か……」


 しかし俺たちが知らない間に事態は、想定外の方向へと進んでいたのである。


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