第17話


17


 懐かしい夢を見た。


 社畜の神になるための、最初の試練。


 俺はそこで、ずっと戦っていた。得体のしれない生物たちと戦争する、兵士として。


 神格の力のかけらがあった俺は、その戦争を生き延びていた。

 戦友たちとともに――だがある日、空間が歪み戦場に巨大な怪物があらわれた。まるで悪魔の神のようなそいつは、どんな破壊兵器もきかない。


 しかし敵の味方でもないようで、宇宙生物たちを魔法か何かで爆発を起こし虐殺している。


 敵が壊滅したら、次のターゲットはこちらだった。

 そこにいる自軍のだれもが死の未来を予感した。


 ああ、このままじゃ全員死ぬ、そうわかった。


 その神の放つサイキックかなにかによる爆発は、すべてを破壊した。神格の力のある俺にはその爆発を食い止めることができると思い、俺は隊員たちをかばって……


「うああああ!!!」


 叫びとともに俺は目を覚ます

 また……昔の夢か。


「タクヤ、だいじょうぶ? うなされてたよ」


 モスが俺を揺さぶって起こしてくれたらしい。


「……ああ。ありがとう」



 王都学園に入ってから、はやいもので5年近い月日が経った。いろんなことがあり、いろんなものが変わったが、結論から言うと俺は学園をやめることができていない。


 だが今年こそは、という思いはある。時間こそが必要なものだった。

 社畜の神にならないために、この5年間あらゆる努力を尽くした。その成果はきっと裏切らないはずだ。


 その日も学園の敷地のちょうどいい木陰のそばに寝そべって、読書をしていた。ここはめったに人は来ない。敷地の外だと生徒には思われているからだ。

 しかし寝不足のためか、いつのまにかとうとうととしていた。気づかぬうちに寝てしまっていたらしく、モスが起こしてくれる。


「またサボってる」


 ローブを着た女子生徒が見えた。ミスキか。会ったころよりずいぶん成長したものだ。ま、それは俺もだけどな。


「どうしてあなたはそんなに意識が低いんですか。魔法の実践授業も、学期末試験のときも、あきらかに手を抜きますし……」


「サボるのも勇気がいるんだぞ」


 小言に対して、屁理屈で返す。ミスキは乱暴に俺のえりくびをつかんで、校舎のほうへと引っ張る。


「いいから来てください。今日は小テストがあるときのう伝えたでしょう」


 そういや錬成陣の構築式の小テストがあるとかないとか昨日言ってたな。別のことで頭がいっぱいですっかり忘れていた。


「呼び来てくれてありがとう。助かった」


「……いつものことです」


「でもこれが最後になるかもな」


「……え? ど、どういう意味――」


 講堂のまえで立ち止まったミスキを追い越して、俺は答えずに先に席に向かう。


「ご隠居様、また遅刻か?」


 仲の良い男子生徒がからかってくる。


「ああ」


 俺は短く返す。


「私より点数低かったら、今度頼みを聞いてよね、ご隠居君」


 別の席の女子が俺をおちゃくるように言った。こいつは仲がいいというか、俺のことをちょっと舐め腐っている。

 名前はカレン。俺の事なんかを気にかけてくれる優しいやつだが、どちらかというと面倒見のいい姉さん肌みたいな人だな。


「そんな義理はない」


 ご隠居様――それが俺の通称。いつものんびり、自由気ままにしていることからみなそう呼ぶ。入学試験のときにわかった職業のことも影響している。

 最初こそ生徒たちは俺を怖がっていたものの、さすがに三年ほどなにもしなかったあたりから普通に接してくれるようになった。まあちょいちょい問題は起こしていたのだが、実際には俺がやったことでもほとんどがモスの仕業、つまりモスを手なずけられていないせいということになった(モスには悪いが)。生徒たちが勝手にそう言っているのである。


 入学試験のことはまぐれだったと何度も言い続けていたのが効果あったらしい。

 とにかく、俺自身の環境はすこし良くなっていた。


 しかし課題は、やはりロビーだ。


 正確にいえばロビーもずいぶん周りと打ち解けた。が、俺がいなくても問題ないかどうかはまだわからない。

 今日こそはそのことをたしかめる。


 と言ってもまあ、本人直接言ってみるだけなのだが……

 薬で性格を変えて陽キャみたいにすることも考えたんだが、それはいくらなんでもおかしいというか、あってはいけないからな。


 放課後、向かったのは学生寮だった。ここには主に遠くからきている学生たちが住んでいて、場所も敷地の中にある。


 俺自身がここに用があるわけではない。ようは下見である。ロビーが一人でここでやっていけるかどうかの。


 ロビーはうるさいのを嫌うし、問題のあるやつがいないかちゃんと見ておかないとな。


 そう思って寮の門をくぐった矢先、あまり会いたくない奴らと出くわす。


「おお?」


「あれ、セルト君じゃないか」


 ゴッカにイダンさん……。この二人とは未だに気まずいのだが、俺だけなのだろうか。向こうから話しかけてくる。


「イダンさん、もう大学部を卒業なされたんじゃ……」


「今は院生だよ。いずれは魔法学の教授かな」


「そうなんですね」


「いきましょうイダンさん、こんなやつほっといて。力があってもやる気のないやつに関わったって、時間の無駄ですよ」


 ゴッカは俺に吐き捨てるように言っていた。


「じゃあね、セルト君。ご隠居がんばって」


 地味にイダンさんもひどいことを言うな。


「……ライバルだと思った俺がバカだったよ」


 去り際に、ゴッカはそんな言葉を残した。


 ほのぼののんびりやって何が悪いんだ……。ほのぼの、のんびり、スローライフ、ノンストレス、最高じゃないか。

 まあ彼らの言うことも分かるが、なにかを成し遂げるようなことはあの人たちやロビーみたいな子がやればいい。


 にしても、二人ともここの寮生なのか? クセが強いな。いきなり心配になってきたんだが。


 寮母の方と話をし、建物のなかや空き部屋を見せてもらう。個室もあるというので、ぜひとお願いした。


 個室は部屋代が高いそうだが、ロビーならそんなのはたぶん優秀な生徒の権限ってやつで無料にできるはずだ。俺が出してもいいしな。


 部屋へと案内される。あまり広くはないが、ロビーの私物はたぶんおさまるだろう。


「ふうん……いいな」


「入るのかい?」


「いや、入ることになるのは俺の友達です。俺はただ見に来ただけで」


「ほー友達想いなんだねぇ」


 ニコニコと寮母さんは褒めてくれる。


 壁をノックしたり、部屋を見渡したりしていると、ふと急に俺の顔の前に光の球体が出現した。


 なんだ、と身構えると、それがパッと弾ける。


 本当に突然に、なんの前触れもなく、幼い少女があらわれた。


「よっ! タクヤ、ひさびさだな」


「……マリル!?」


 そう、こいつは妖精のマリルだ。人間の姿になることもできる。それはいいとして、なんでいきなり出て来たんだ。


「うわー。ひさしぶりだねえ」


 のんきにモスが言う。


「いきなりすぎるだろ。どうした? 妖精の里にいるはずだろ」


「また会いに来てやったんだぞ。まったくあいさつもできないとは、身体はでかくなってもまるで成長していないな、だぞ。その調子じゃあいかわらず隠居するーとか自由気ままに暮らす―とか言ってんじゃろうな」


「……お前もあいかわらずだな」


 俺は眉間をおさえる。


「あら、隠れるのが上手な子ね……この私でも見抜けなかったわ」


 寮母さんが言う。隠れていたと言うか多分今ここに入ってきたんだけどな。


 用も終えたので、さっさと寮をあとにする。裏門をめざして、人の姿のマリルと隣り合って歩いた。モスは俺の肩に乗っている。


「なにしにきたんだよ」


 俺は呆れて言う。


「なにしにもなにも、お前5年もなんの連絡もよこさないから死んだのかと思って心配したんだぞ。だいたい二人こそなにしてるんだ。あそこは、学校か? タクヤが一番嫌いそうなところじゃないか」


「事情があって、あそこにいるんだよ。ロビーっていう友達の話しただろ。あいつをサポートするためにな」


「へえ、意外と仲間想いなとこもあるんだな。でも、クワルドラの木屋は行ったか? だれも掃除しないからボロボロになってたぞ。畑だけはゴブリンが自分たちのついでに手を入れてるみたいだったけど……」


 マリルの話をきいて、俺は昔の日々を想って遠くを眺める。


「クワルドラ……なつかしいな。色々あってぜんぜん帰れなかったな。今度久々に行くか」


「そうしよそうしよ」


 そうしていると、向こうからミスキが歩いてくるのが見えた。

 なんか面倒なにおいを感じ取ったが、俺が方向転換しようとしたところでマリルはなぜかミスキのほうに急に走り出し、避けることはできなかった。


「あ、あら偶然ですね」


「あ、ああ……そうだね」


「……えっと、この子は……」


「おっす」


 俺が見知らぬ女の子を連れているのに、ミスキは困惑している。


「こいつは妖精なんだ」


 変な勘違いが生まれる前に説明する。


「妖精? ……からかってる?」


「マジだぞ」


 俺ではなく、マリルが言った。


「ええ? だって、妖精がどうしてこんなところに……? ねえセルト、セルトって遠くの村から来てるって言ってたよね。だから家族はここにいないはず……。つまりこの子はこの街の子? しかも親し気に話してたよね……」


 じと、とミスキは冷たい目を俺に向けてくる。


 そこで、ミスキの後ろ髪が風になびいた。正確には、妖精の姿になったマリルがいたずらをしている。


 ミスキは髪の異変に慌てたあとで、マリルが突然消えたことに気が付く。


 マリルはいつの間にかまた少女の姿になってあらわれ、ミスキの前に立って笑う。


「うそ……。本当に妖精なんですね……なんでセルトに妖精の友達がいるの?」


「……むかし、こいつが勝手に俺の家に住み着いた」


「そ、ご飯をめぐんでくれたお礼にな」


 本来だれともつるむつもりはなかったのだが、無理やり追い出すのも面倒なのでそのままにしていたらこのありさまだ。


「あっいたいた。おーいセルトー!」


 カレンが校舎のほうから手を振り、声をかけてくる。

 いつもからかってくるようなカレンが向こうから声をかけてくるなんて。なんだか厄介ごとの予感だな。

 今日はロビーに会いに行って、離さなきゃいけないことがあるんだ。めんどうごとに関わってる場合ではない……


 俺はきびすを返して方向転換し、逃げようとする。


 しかし無理やりカレンに手をつかまれて、振り切ることができない。


「小テスト、私の勝ちだったでしょ。頼み事きくって約束じゃない!」


 俺の手を握って、カレンは言う。やけに必死な様子だ。


「約束したか?」


 よく覚えていない。勝手に向こうがふっかけてきたんじゃなかろうか。


「約束……ってなに?」


 ミスキが俺たちをじろ、と目を細めて言う。


「あ、ミスキさん。小テストで勝負したのよ。負けた方が頼みをきくっていう……」


「……へえ、学生のうちからそんな危険な賭け事をしてるなんて感心しませんね」


 じと目でミスキは俺を見てくる。真面目なやつだな。


「俺から持ち掛けたわけじゃない。ていうか、思い出したぞ。俺たち二人とも満点で、引き分けのはずだ」


「なんであんた今日にかぎってやる気だすわけ……」


 カレンが呆れて言う。


「変なことをやらされたらかなわんからな」


「……ま、それがあんたの実力なんでしょ? そこに期待してるんだけどね」


「……なんの話だ」


「そうですよ。この人はサボり魔のぷー太郎、ご隠居様なんて陰で呼ばれてるんですよ。過剰評価が過ぎます」


 ひどいいいようだな。ひとつも間違ってないので言い返せないが。


「ミスキさんは中等部編入組じゃないから知らないかもね。でも私は忘れてない。試験の日の彼のことを……」


 あの時、カレンもいたのか。


「規格外なんてものじゃない。神話の怪物みたいな力だった。なぜか学園では文字通り隠居してる、わけをきいてもとぼけるだけだけど……私は忘れてない。だから、どうしても頼みたいことがあるの。あなたにしかできないと思って」


「いつも言ってるだろ。俺はただの薬草学者で、魔法レベル1のふつうの生徒だって……。あれはただのまぐれで、不破石がこわれたのも近くに爆発しやすい素材があったんだろ……」


 5年間この言い訳で逃げ通してきたんだ。最後まで押し通してやる。


「私は一番近くにいたからわかるの。あれはたしかにあなたの魔力だった……。まわりに言っても、誰も信じてはくれなかったけど……私はセルトを信じてる。とにかく話だけでも聞いてくれない」


「めんどうごとか?」


「……うん」


「じゃあムリだ」


「ええっ!?」


 カレンはおどろいていた。


「私も気になります。セルトの昔の話……教えてくださいよ、セルト」


 ミスキが言う。


「おー、じゃあ教えてやろうか―?」


 マリルが言う。そうだ今はこいつがいるんだった。厄介なことになる前にここは退却だ。


「いや、俺行くところがあるから……」


「聞いて! 私のいとこがいなくなったの!」


 カレンが悲痛な声で叫んだ。


「どういうことだ?」


 ただならないなにかを感じ、俺はたずねる。


「行方不明なの。ギルドにも依頼したけど、もう半年も見つかってない」


「落ち着いて話してくれ。だれが、どうして行方不明なんだ」


「私の従妹に、16才で王都軍の剣士になったすごく優秀な女の子がいるの。だけど、辺境の警備の任務に行ったまま、もうずっと戻ってないんだって……そんなの絶対おかしい」


「死んだんじゃないの?」


 俺は適当に言う。


「あの子が死ぬわけない!」


 カレンは語気を強くして言う。いや死ぬときは死ぬだろ。

 と言いたかったが、それは言うとまずそうだ。


 まあとにかくそれで大方、俺にその従妹とやらを探してほしいとかそんなところだろう。そうはさせないぞ。


「そうか。大変だな。じゃ、俺はこれで……」


「彼女は兵隊だから、見つけてくれたら報奨金も出ると思う。試験の時みたあなたならできるんじゃないかって……私はそう……って話を最後まで聞いてよ!?」


「ギルドが見つけられなかったなら、さすがに死ん……亡くなってる可能性が高いんじゃないのか」


「いいのタクヤ? むかし稼いだ資金がつきかけてる、ってきのう言ってたよ。クワルドラ山にいかないと薬草がとれなくて薬も作れないから、売ることもむずかしいって……」


 ぺらぺらと財布事情をしゃべるモスの口を、俺は手でふさぐ。


「心配してくれてありがとうモス。だがいざとなったらあそこに戻ればいい……だろ?」


「ぷはっ……でも、家計の苦しいロビーにいくらか残してあげたいって……」


 たしかに資金がつきかけているのも、ここらじゃろくな薬草がとれないせいで俺のレシピはほとんど再現できず売り物を作れないのが現状だ。かと言ってギルドでも解決できなかった仕事なんて、きっとろくなもんじゃない。やりがいのある仕事は俺のもっとも忌み嫌うところだ。俺は働く気はないぞ。


「クワルドラ?」


 聞こえた単語に、ミスキが首をかしげる。


「いや気にしないでくれ」


「なんかおもしろそうだな! やってもいいぞ!」


 突然、マリルが満面の笑みで言った。


「は!?」


 お前が決めることじゃ無いんだよ!


「タクヤは友達を見捨てるひどいやつじゃないから安心しろ! タクヤがこの学校にいるのも、ロビーって言う友達のためで……」


 ぽんぽん、とマリルはカレンのスカートをかるくたたく。


「う、うん……タクヤってだれ? ていうかあなたもだれ……」


 カレンがマリルを見て困惑している。俺も困惑していた。


「だろ!? タクヤ!?」


 マリルが眼を宝石のように輝かせてこちらを見てくる。


 いや、たしかにここにいるのはロビーのためだが、それはギブアンドテイクであって、決して学園に通いたかったわけでもないし……


「お金が入ったら、ひさびさに豪華なごはんが食べられるね」


 モスが言う。まあそれはたしかにそうだ。ロビーのためにもお金はあったほうがいい。


 はぁ、と俺はため息をつき、肩を落とす。


「わかった。……できる限りのことはやってみよう」


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