第19話
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家の戸がノックされ、俺が出る。ロビーがカギを忘れたのかと思ったが、そうではなかった。
扉の前には、疲れ切った表情のカレンがいた。
「リゴディバステから、冒険者の部隊が帰ってきたって……。でも、ラルフィンは見つからなかったって」
カレンが視線を落として言う。
「……そんなばかな。本当によく探したのか?」
「妹みたいに思ってたのに。やっぱり……死んじゃったのかなぁ」
カレンはそう言って、その場にうずくまった。
彼女は生きてる、とそう伝えたかった。
カレンの肩に手を置こうとしたが、途中でとめた。ダウジングが間違っていたとも思えない。しかし、俺の魔法では見つけることができなかったのも事実だ。
「ギルドにいってみよう。冒険者たちに確認する必要がある」
俺はカレンとともに、ギルドへと向かった。
冒険者たちがちらほらと見受けられる。さすがにこの夕方の時間帯では人は少ないらしい。
カレンは意識がもうろうとしているようで使い物にならないので、俺が受付の女性に話しかける。
「リゴディバステへの依頼をした者です。担当した方々に詳しい話を聞きたいのですが」
「あ、はい……あ、でも……」
受付の金髪の女性は、カレンを見てなにかあたふたとしていた。
「実は、この任務を担当した人たちは、みなさん体調不良らしく教会横の病院で休んでおられます」
と受付の人は言う。
「体調不良? ……全員が?」
こくり、と彼女はうなずいた。
どういうことだ。そんなことあるのか。
とにかく、俺たちはその病院とやらに行くことにした。
病院、と言っても大した設備があるわけではないが、ベッドがずらりと並び看護婦に事情を話して患者の元へと案内してもらう。
たしかに冒険者のようだった。普通の人間とは筋肉のつき方などがちがう。
男の患者ふたりは、たしかに異常な症状を抱えているようだった。意識を失っているようだが、大量に発汗してもがき苦しんでいる。
「これは……。毒を盛られたな」
「えっ……見て分かるの?」
カレンは驚いていた。
「ああ。だが普通の薬じゃ効かないように作られてるようだな。……強力な毒薬だ」
神眼でそれがわかる。
症状を見れば毒を盛られたのは想像がつくが、それは医師も気づいているだろう。
ただの毒ではない。リゴディバステから帰った冒険者は、【洗脳】状態にある。これはいよいよおかしなことになってきたな。
「間違いなくなにかあったな。治して、事情を聞ければいいが……薬はないし、魔法を試してみるか」
俺は改変魔法で、毒を治す魔法を改良し【ポイゾナヒール】というものを使ってみようとする。
……が、そこで踏みとどまった。こんな病院のなかで、さらにはカレンの前でそんなことをしたら俺の力が疑われる。
たまたま持っていたただの風邪薬を、患者に飲ませる。同時にポイゾナヒールをかけた。
「か、患者に勝手に薬を飲まされては困ります!」
修道服の看護婦があわてて言う。
「いえ自分は薬草学者です。見てください」
患者のうちの一人がむくりと起き上がる。意識をとりもどし、きょとんとした顔であたりを見回していた。
「あなたはリゴディバステの探索隊のひとりですね? くわしく話を聞かせてもらえませんか」
言いながら、俺は他の冒険者も治してやる。
その男の一人が落ち着いたころに、遠征についてを語ってくれた。
「……なんてことだ。私たちは毒を盛られて、さらに魔法をかけられて洗脳状態にあったらしい。見たものを言えぬように口封じされていた……」
男は混乱しているようで、情緒不安定な様子だった。
「あそこは異常だった。……村人が……なにかの集団に支配されてる……」
そう言って、頭を抱えて震える。
「どういうこと……なんだろう」
つぶやいたカレンのほうを見ると、顔が青ざめている。
「わからん。だがラルフィンさんはなにかに巻き込まれた可能性があるな」
「……やっぱり事件に巻き込まれたんだ……どうしたらいいかな」
「俺たちでは手に負えないレベルのことかもしれん。軍に話して、任せたほうがいい」
そうして病院を後にし、軍のある王都の基地をおとずれた。
係りの者にラルフィン少尉の家族だと伝えると、すんなり招かれた。
階級は不明だが、顧問官と言うそれなりに高位の役職のであろう男性アイクが応接室で対応してくれた。あらましを伝え、彼は真剣に聞いてくれた。
「なるほど……」
「軍の方に、もう一度調査をお願いしたいんです」
と、カレンが言った。
「用件はわかった。しかしそもそも、ラルフィン少尉がリゴディバステにいるというのはどこからの筋の情報なんだ?」
アイクが言う。
「……それは……」
「我々としても同軍の士官を救出したい。だがその不確かな情報ですぐに軍を動かすわけにもいかん。とはいえ、なにかあるのも事実なのだろう……時間はかかるだろうが、私が話をまとめてみよう」
「かかるって、どれくらいですか?」
カレンが食い気味にきいた。
「冒険者でも対応できなかったとなると、小隊ひとつでは足りんかもしれん。中隊程度……それをこの戦時下ではないときに動かすのに三日程度かかるだろう。移動には一日か二日かかるかもしれん」
「五日……それじゃ遅すぎます! ラルフィンが今どうなってるかもわからないのに……」
「では、リゴディバステの情報のことを教えてくれ。いったい誰が、どうやって、その情報をつかんだというんだ」
「情報は……」
視線を落としたあと、カレンがこちらを見てくる。
「言わないでくれ、カレン」
俺は小さくつぶやくように言う。
「でも……!」
「頼む」
結局、カレンは言わなかった。だが目をすこし赤くして、立ち上がって声を荒げる。
「……どうして? なんであなたはいつも……。もういい、だれかに頼った私がバカだった」
失礼します、と言って、彼女は先に出ていってしまった。彼女には同情するが、こちらにも事情というものがある。
「あの」
残った俺は、アイクに声をかける。
「村を支配しているという集団……なにか心当たりはありませんか」
「うーむ……支配か。そんな話は聞いたことがない。それに、おそらく警備隊を倒せるほどの戦力。……だが、あるいは、というのはある」
「ぜひ教えてください」
「……【神聖機関】という思想集団が大昔にあった。彼らは……一種の、神をこの世に降臨させようとしていたんだ。そのために……邪悪な儀式なども行っていたという。犯罪行為が過ぎ、各地の国家によって粛清されたと聞くが……その残党かもしれん」
「……神聖機関……」
聞いたことがないな。歴史の闇に葬られたのだろうか。
「彼らは外法な魔術を使い、大きな戦力を有していたという。そうであれば警備隊が襲撃されたとしても説明がつく。そうでなければいいがな……」
アイクも、それ以上は話してはくれなかった。機密なのかもしれない。
思想集団か。となると、もはやだれも信用できるような状況で気はないな。……この顧問官でさえ。
基地を出て、帰路につく。
「神、か」
どうにもひっかかる言葉だ。
なにか俺にもつながりがあるのだろうか、といやでも思ってしまう。そうは考えたくない。
しかし結局その晩はそのことばかりを考えていた。
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