第12話


12

 それから数か月の月日が経った。


 俺たちは気ままに旅をし、人里に出ることはほとんどなかった。


 そうして俺とモスはとうとう、故郷の村へともどってきたのである。


「ここがタクヤのふるさとなの?」


 モスがきいてくる。


「ああ。もう二年近く顔出してないし、ちょっと寄っていこうと思って」


「二年も帰ってないのにふらっと寄るだけでいいの~?」


 モスが不思議そうにつぶやいていた。

 まあ正直本当に、クワルドラへの道の途中にあるから顔をちょろっと出すくらいのつもりだったのだが……


 村の様子は二年前と全く同じで、道に迷うこともなかった。いつもの木陰を見ると、だれかがいる。

 遠目でもあいつだとわかった。


「ロビー」


 俺は彼のもとに向かい、再会をよろこんだ。


「セルト……かい? 本物だ……!」


「元気にしてたか?」


「こっちがききたいよ。ねえ、どこにいってたの?」


 ロビーはあいかわらず、親しく話してくれる。


「ここを出る前に言った通りだよ。働かず自由きままに……。ロビーお前こそどうしてた。そりゃなんだ?」


 ロビーの手には、長い筒のようなものと、レンズのようなものがある。


「これかい? これは、趣味でつくってみたんだ。これで遠くを見れないかと思ってね。こっちは小さな生物でもよく見えるようにしたものなんだ」


「それって……」


 まさか望遠鏡、顕微鏡のことか。俺は道具を借りてもいいかたずね、試しに使ってみる。

 そしてそれは、本物だった。


「すごい……。これってお前がつくったのか」


「うん。まだ改良中なんだけどね」


「いやすげえよ。でも昔から変なものつくるの好きだったもんなぁ」


「……タクヤ、もう家にはいったの? お母さんたち心配してたよ。僕もいろいろ聞かれたけどどこいるかなんて知らないし……」


「あ、そうだったな」


 挨拶もそこそこに済ませ、坂を降りて実家へと向かう。

 村人たちがちょうど仕事を休んでいるお昼時だったので、特に人目を気にすることもなく到着した。


 家の前で葉っぱを掃いていた母を見つける。あまり変わっていないな。俺はどんな感じで話していたのだっけと思い出しながら、明るく声をかけた。


「母さん。おひさしぶりです」


 母はこちらを見て、最初は知らない子供が声をかけてきたかのような表情になる。それがすぐに驚愕へと変わっていく。


「せ、セルト……あなたなの?」


「はい」


 セルト、という名前も久々だな。モスはなんだろうそれ、という風に首をかしげていた。


 母は近寄ってきて、まず俺の頭をさわった。目には涙が浮かんでいる。


「セルト、どこに言ってたの……。と、とにかく家に入りましょう。お父さんも呼ばないと」


 腕をつかまれ、無理やり連れていかれる。

 父も俺を見て、母と同じような反応をする。


「セルトお前……どこを探してもいなかったのに……死んだんだと思ったぞ!」


「いえ、生きています」


「このばかやろう。心配かけやがって」


 父がずんずんと近寄ってくる。

 さすがに殴られるかと思ったが、父の太いからだが自分を包むのを感じた。そして、泣いているらしい。


「す、すみません……」


 まさか泣かれるとは思っていなかったので、俺は困惑した。


「すみませんじゃないだろ」


「ごめんなさい……」


「おかえりセルト」


 母も混ざって抱き着いてくる。


「……はい。ただいまもどりました」


「落ち着いたら話をきかせてちょうだいね。いつでもいいから」


「いえ、落ち着いています」


「そうだ、実はお前に弟ができたんだぞ。それも三人も同時にだ! おどろいただろ」


 言いながら、父は俺の背を押して三つ子が眠る寝台へと案内する。

 顔と格好の同じ男の子が三人、ぐっすりと眠っていた。とても健康そうだ。


「すごい。三つ子ですか」


「あれ、そっちの子は……」


「あ、ぼくはベヒーモスのモスです」


 モスに気づいた母に、モスが自己紹介をする。


「セルト、あなたビーストテイマーになったの!?」


「いや、そういうわけじゃ……」


「そうか、お前冒険者になりたかったのか。それならそうと……!」


「いや、全然そういうわけじゃ……」


 いい人たちなのだが、妙に話がかみ合わないんだよな。


 そんなこんなで、気づけば夜になっていた。宴のようなものがひらかれ、村の人たちも盛大に祝ってくれた。


 ロビーも来てくれて、ねじ巻きで動く木で作ったひよこのおもちゃを披露してくれた。

 ふたりで抜け出して、ひさしぶりに木陰の下で夜空を見る。


「大変だったよ。母さんたちに泣きつかれちゃってさ。また出ていくって言いにくいよあれじゃ」


「でもタクヤも嬉しそうだよ」


「そうか? ……うーん」


「すごいなぁ。クワルドラにいたんだって? 僕も外の世界を見てみたいなぁ」


「行けばいいだろ」


「無理だよ。うちの事情は知ってるだろ? 僕は両親が遅くにようやく生まれた子供で……ふたりとももう体のあちこちを痛めちゃってて、置いていけないよ」


「……クワルドラにいたって言ったよな。俺、そこで、薬草の研究をしてたんだ」


「へえ……そういえば、クワルドラ山は未知の薬草が多いって聞いたことがあるかもしれない」


「そう。そこでシップっていうのを作ってみてな。それを使えば、親父さんの腰が悪いのも治せるかもしれない」


「本当?」


「ああ。おもしろい発明品みせてもらったかわりに、な。……お前くらい賢くて、いろんな発明もできるやつが勉強できないなんて、もったいねえよ……」


「うーん、そうかな。ただ好きなことをやってるだけだからなぁ」


「お前みたいなやつがなにかを極めるんだと思うぞ。……ん?」


 まてよ。


 これって神がかり的な幸運じゃないのか?


 ロビーには間違いなく機械づくりの天賦の才がある。でもこの村にいたら埋もれてしまうだろう。


 だが逆に、ロビーがこの分野の才能を極めることがあれば……『神格』にさえ近づくかもしれない。


 俺は考えをまとめるためにまず頭のなかで図式を考える。


 老神は神格が不足していると言っていた。だからぜひ俺に社畜の神になってほしいと。


 しかしやる気のない俺より、やる気のあるロビーの方が向いてるんじゃないだろうか。たとえば機械づくりの神様みたいなのがあれば、俺は、わざわざ神格ならなくてもいい……?


 そのへんにあった木のえだを持ち、地面に図式を書きなぐる。俺とロビーの似顔絵を描いて、自分の画の上にはインキョ、ロビーの画の頭のうえにカミサマと書いた。


 思わず、震える。


「か、完璧だ……。『神様代行計画』……! ロビーが機械づくりの神様になってくれれば、俺が無理やり神格をやらされる必要はなくなるかも……!」


「ど、どうしたのタクヤ」


「ロビー……いやロベルタ・ボートン。お前、機械づくりをきわめたいか」


「へ? とつぜんどうしたの……?」


「いいから教えてくれ。お前が本気なら、俺は手伝う」


 俺は立ち上がって言った。


「科学や機械のことを、もっと知りたいか」


 そう強い調子でたずねる。


「し、知りたい……」


 遠慮がちだったが、ロビーはそう言った。


「機械をきわめたいか?」


「う、うーん、まあ……」


「だれよりも機械のことを知りたいと思っているんじゃないのか。それこそ神様みたいに」


「う、うん。まあそうだね……。できたらの話だけど」


「できる! ……ロビー、お前は神様になれ。機械づくりの神様に」


 俺は彼の眼をしっかりと見て言った。


「そして俺は隠居する」


 ロビーはすこし戸惑っていたが、自分の将来に希望が見えてどことなく嬉しそうにもしていた。


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