第13話


13


 俺とロビーは商人の荷台に乗せてもらい、近くにあるエムプ公国というところをおとずれていた。


 それでロビーの優秀さをあらゆる魔法学校に売り込むはずだったのだが……


 結果は、全滅だった。


「まさか五つの学校の転入試験で、ぜんぶ落ちてしまうとはな……」


 俺はベッドのうえでつぶやいた。


 俺とロビーは、結局一か月ほどここに滞在しているが、今は宿にいる。

 受けた学校の試験すべてだめだった。原因はわかっている。


「やっぱり、僕なんかじゃだめだったんだよ」


 落ち込むロビーを俺は友人として励ます。


「いや、試験の方がおかしいんだ。どうして機械の学科に入るのに一般教養まで必要なんだ。農民は不利じゃないか。それに……それに、一番腹が立つのは、望遠鏡と顕微鏡(けんびきょう)のことだ。学校の先生たちに見せても、あいつらだれもこの発明の価値がわかってない! 許せるか? 『変なおもちゃだ』と、そう言ったんだぞ」


 さすがの俺も腹を立ててしまった。昔から自分の功績が認められないことはわりとどうでもよかったが、他人がそうなっているのはどうにもむず痒い。


「まあ実際、遊びでつくったものだし……」


「ロビー。自信をもて。これはすごいものだ。だけど、魔法が主流のこの場所じゃあ理解されにくいんだ」


「本当に? ……このひよこのオモチャがかい?」


「……ロビー」


 ロビーはうちのめされ、すっかり自信を失っていた。

 俺にも感じるところはある。神様代行計画は置いておいても、これだけできるやつが歴史の知識や、魔法の理解、読み書きが不得意だからという理由でこんな目にあわなければいけないなんて。


 陰鬱な雰囲気が充満した部屋に、ノックの音がとびこんだ。


 ロビーはひよこを見つめたまま動かなくなってしまったので、俺が出る。

 そこには白いひげの老人が立っていた。


「私はロビーどのが試験を受けた学校の教職者なのだが……話をしてもよろしいか」


「先生? どうぞ」


 いまさら何の用だろうと思いながら、あがってもらう。


「ええと、どちらがロビーどのか」


「あの子です。ロビー、なんか学校の先生がきてくれたよ」


「……え?」


「ロビー君。君の発明品を見たよ。私はとてもユニークだと思った。特にごく小さいものまで見ることのできる顕微鏡とやら、あれは多くの可能性を持っていると思う。その歳で思いつくなんてすばらしいことじゃて」


「ほ、本当ですか? ありがとうございます」


「私は君を会議でも推したのだが、魔力を見ることができないものに価値はないという結論になってしまったんだ。望遠鏡も似たようなものだ。遠くを見るなんて、魔法でいくらでも代用できるからと……」


「わかってないな」


 俺の言葉に、教授も同意する。


「うむ。いたしかたあるまい。現在の学会では、ああいった純粋な工具よりも、魔力を使った魔導機械の研究が主流じゃからな……」


 教授はそう教えてくれた。


「そこでなんだが、実は王都でおもしろい催(もよお)しがあってな。見てごらんなさい」


 教授がロビーに、一枚の洋紙を渡す。読むのに時間がかかるロビーのために、俺は読み上げてやった。


「世界万国(せかいばんこく)ユニークスキル発表大会……これはいったい?」


「うむ、そこでは珍しい魔法や魔導機械、特技などを持ち合って、お披露目する大きなイベントがひらかれる。投票によって優秀賞や特別賞が決まり、賞金も出ると言うわけだ。大人の部とは別に、子どもしか出ないチャイルド部門というのがある。その子供部門に、新たな発明をたずさえて出てみてはどうか。わかりやすいものがいいだろうな」


「……お披露目……機械を」


「ロビー、王都だってさ。そこで優勝できれば、どっかの学校が拾ってくれるかもしれないぞ」


「……う、うん!」


「近々私も王都に移る予定がある。君がそこで結果を出せたら、私も推薦すると約束しよう。……王都随一の魔導学院に」


 これは光明が見えて来たな。

 自分のためにも成功させてみせるぞ。神様代行計画を。




 そうして、三か月後にひかえた王都のユニークスキル大会に向けて、俺とロビーは新しく、そしてわかりやすく、そして派手な発明を見せてやろうと心血をそそいだ。


 そして三か月後――


 ついにロビー、それからモスとともに、王都をおとずれる。


「なあロビー、どうしても俺も出ないとダメか?」


 俺はただの付き添いのはずだったのだが、なぜか大会に一緒に出ることになってしまった。


「む、むりだよ。あんな大勢のまえでしゃべったり、パフォーマンスするなんて……」


 大会会場は、ひらけたコロシアムのようなところである。そこに満員の観客が押し寄せる。

 ロビーは気が小さいので、そのなかでいつもどおり振る舞うのは無理だろう。

 しかたなく、俺も補助役として出ることになる。


 まあ子供の部はただの前座だし、そんな緊張する必要もないんだけどな。


「ロビーさん? そろそろ出番ですよ」


 なかなか出番が来ないなと控室で待っていると、関係者らしき人が呼びに来てくれた。


 そうして布をかけた魔導機械を台車で運び、会場へと上がる。


 ものすごい人の数と、拍手の量だった。あれ、これって子供の部だよな。


「三組目、『機械神』ロベルタ」


 進行役らしき男の人の張り上げる声がする。

 俺たちを見て、ざわ、と会場がどよめいた。

 おっかしいなぁ。子供の部はもっとなごやかな雰囲気でやると教授からきいていたんだが……。


 観客席中央にいる審査員らしき人たちが、もにょもにょとなにか話している。


 これはおそらく、俺が書類の書き込みをミスったな。


 まあいい。やることは別に変わらないしな。それに、俺はただロベルタが道具をつかうのを手伝うだけでいい。

 ちゃんと役割分担は決めてある。


 モスが俺の肩から飛び降りて、声を大にする。


「それではみなさん、『機械神』ロベルタの発明した世紀の魔導機械をごらんあれえー!」


 おお、と歓声があがった。人の言葉をしゃべれる魔獣はそう多くはない。つかみはばっちりだ。

 しょうしょう舌ったらずなのは目をつむろう。


 ロビーのほうを見ると彼は完全に石になってしまっていたので、俺が無理やり彼の手をとって天に向かって持ち上げる。


「最初のサプライズはこれぇ! 『嘘発見器ぃー』!!」


 しらけていた会場が、ざわ、とどよめき出す。


「しんさいんのかたぁ! どうぞ壇上へきてご協力ください。いまからいくつか質問をするので、そのうちいくつかをはいかいいえでお答えくださいー。嘘をついている方が答えると、発見器が光りますで。ではだいいちもん! エムプ公国をおとずれたことがある、ひだりのかたから教えてください」


 ひとり、またひとりとそれぞれ答えていく。そのたびに発見器は光ったり光らなかったりした。


「では、当たっていたかたは、挙手をお願いしますー!」


 当然、全員正解だ。おお、と小さいが歓声があがる。あの嘘発見器は魔力を感知しているのでその仕組みに気づかなければごまかすことはできない。

 審査員たちも、最初こそとんだ茶番だ、まあ子供の頼みだから聞いてやろうみたいな態度だったが、それがだんだんと変わり始めた。


「では次に、審査員の方が考えたお題でやってみましょう。なにかいい考えがあるかたはいませんかあ」


「では私が」


 女性が手をあげた。


「そうね……自分にしかわからないことがいいわね。じゃないと、身辺をしらべればある程度のことはわかってしまう」


 そうきたか。なかなか賢い人だ。もちろんそんなことはしていない。しかしそのお題なら審査員もかなり驚いてくれるだろう。


「じゃあ、こうしましょう。紙をちいさくきりわけて、何人かがにぎり、何人かはにぎらない。そして、紙を持っているかどうかの問いに、それぞれ自由に答える。これならこの嘘発見器が本物かどうかわかるんじゃないかしら」


 考えたな。いいお題だ。


 モスがこちらを見る。だいじょうぶかな、という目だ。


「かまいません! この嘘発見器は100%当たります!」


 俺は久々に声を大きくしていった。


 俺たちは目隠しをし、審査員たちがそれぞれ準備を済ませる。そしていよいよ質問のときだ。


「あなたは、紙を持っていますかぁ」


 とぼけたモスの質問に、左端の男は「いいえ」と答えた。そして嘘発見器は赤く発光する。


 次だ。


「あなたは、紙を持っていますかぁ」


 今度は、女性が「はい」と答えた。すると発見器は光らない。

 それが続き、いよいよ当たっていたものが手をあげるところまでくる。


 見事に全員が手をあげた。ざわ、と観客の声の色がいよいよ変わる。


「タネもしかけもありませぇん!」


 モスが叫んだ。

 そう、これでいい。


 この嘘発見器は観客にとってはすこし地味だが、審査員を巻き込むことができた時点で成功だ。彼らはこのインパクトを忘れはしない。

 この大会の仕組みは観客と審査員の投票システムだが、審査員の特別票は30票分ある。これを取れるかどうかで大きく結果は変わる。いいぞ。


「では、最後の魔導機械のおひろめですぅ……それはこちら! 『魔法蓄積機(まほうちくせきき)』! これはなんと、使った魔法をとっておくことができる世紀の発明ですー! さっそくお見せしましょー!」


 大きな装置にかけられていた布をはずし、俺は遠くへと歩く。

 そして手をかまえ、装置に向かって火の玉の魔法をくりだす。威力はかなり抑えているが、派手さを出すためあえて広範囲にひろげ、装置に当てた。


 わあっ、と歓声があがる。そうだ。あの装置はこんな魔法じゃ壊れやしない。魔法を同じ質に変換させて放出するだけのものだから、吸収するわけではないが、かなり頑丈なつくりにしてあるから問題ない。


「なんだあの子は……!? 杖なしの無詠唱であんな威力の魔法を……!? しかもまだ10歳とかそこらだろう?」


「それにあの装置もびくともしてねえぞ!?」


 ぎゃあぎゃあと、観客たちが何事かざわついている。おどろくのはここからだ。


 モスが設置してくれたカカシの人形に向かって、ロビーが装置の射出方向を調整する。


 しかし動きがかなりぎこちなく、練習より時間がかかってしまっている。俺は彼に声をかける。


「ロビーがんばれ。夢まであとすこしだ」


「……うん!」


 ロビーは装置下部のボタンを押し、ノズルの部分から俺がさっき撃った魔法と同じものが発射される。魔法の当たったカカシは消し炭になり、燃えかすさえ残らない。


 一瞬、しん、と会場がしずまった。そのあとで、獣がほえるようなけたたましい声があがる。

 満員の拍手が起き、俺はロビーを見てうなずく。

 できることはやった。三か月でこれだけできたのは奇跡だ。


「これが魔法蓄積機のちからだぁー! ただし魔法のダメージを吸収するわけではないのでご注意ください。この発明品に興味のある方はホシゼロ宿までどうぞー!」


 モスが締めてくれる。俺たちは会場をあとにし、結果発表を待った。


 待合室にいると、教授がおとずれてきてくれた。俺たちを見るなり、おだやかな表情で拍手をしてくれる。


「素晴らしかったよ。学園長を招待して、さっき話をしたんだ。おめでとう。……学園いりが決まったよ」


 教授が言う。

 ロビーはおどろいて、声も出ていなかった。王都随一の学校か。このロビーがうまくやっていけるといいが。


「ロビー君、それからセルト君。君たち二人ともね」


 教授が言いながら、ロビーと俺に手紙を渡した。

 俺のききまちがえか? 今デュラント家の長男の名前が聞こえ気がしたのだが。


「俺も、ですか」


「もちろんだとも。すばらしい魔法だった。君の歳であれだけの魔法が使えるなんて王都でもそうはいない。もう一人だけ、知っているが……とんでもない才能だ。ゆくゆく偉大な魔導士になれるだろう」


「あ……いや……。学校はあんまり興味ないっていうか、いきたくないっていうか……」


「そうそう、機械科とは別に、錬金術師を育てるための学科や魔法科もある。……薬学研究者のタクヤ君」


 話を聞いていない上に、教授は俺のことを知っているらしい。


「どうして……会ったことありましたっけ」


「いいや。だが生徒が魔法の練習でひどいケガをしてしまったとき、ヒエラさんの店を紹介されてね。その薬がおそろしく効いて、一瞬で治ってしまった。この薬を作ったのはだれなのかとしつこく調べたら、ある男の子が教えてくれたんだ。角の折れた一角獅子を連れている、と……ね」


 おそらく教えたのは、最初に母親を治療してやったあの子か。たしかに宣伝するようには言ったが……そんなに広まっているとは。しかしどうやらこの教授、かなり顔が広いらしいな。


「いやそれはそれとして、俺は学校なんて……」


 そこに、会場のほうから歓声があがった。なにごとかと思っていると、係りのものが俺たちに近寄ってくる。

 そして教授はふっと笑って、下がっていった。わけのわからないままロビー、モスと一緒に会場に出ると、すごい量の紙吹雪が舞っていた。


「世界万国(せかいばんこく)大会、ユニークスキル部門の優勝はロベルタと、その友人、そして一角獅子!!」


 司会の人が叫び、それがかきけされるほどに観客の叫び声がひびく。

 なんだかえらそうな貴族のおっさんがあらわれて、にこやかな表情でロビーに黄金の杯を渡す。


 ロビーは控えめに杯をかかげる。もっと堂々としていいんだぞ、と声をかけようか迷ったが、やめた。あれが今のあいつの精一杯だろう。


 神様代行計画、はじめの一歩は成功したようだな。


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