さくら さくころ
僕は高校を卒業してしばらくたったあと、母校の桜を見に行った。
そのころの僕は人よりすこし遅い反抗期の真っ盛り。それまでが「優等生」で過ごしてきた学校生活だったけれど、自分の「夢」をかなえられない現実に直面した僕は、今までと一転して、荒れるようになった。「優等生」が「不良生徒」と呼ばれるようになるまでたいした時間はかからなかった。半ばヤケになって、警察のお世話になったこともある。まったく愚かな時期だった。社会に背をそむけるのはともかく、友人にさえ目を背けた。
卒業式には出なかった。
愚かだった。
孤独だった。
・・・寂しかった。
そんな僕が、ふと、母校のことが気になって、不意に母校の
桜を見に行きたくなったのだ。
門から校舎の入り口まで距離のある学校で、そこには桜の並木がある、よくある風景。ピンクの桜が夕暮色に溶け込んで風が一陣、桜の花びらを散らしていった。ああ、これでこの桜も見納めなのかな、なんて僕らしくもない感慨にふけりながら、くれかけた桜並木を戻ろうとすると・・そこには見知った人物がいました。。
クラスメイトの女の子。僕とは違ってずっと優等生で、成績抜群、明るい性格でみんなに好かれている女の子。
当然、僕となんて話したことも無いような、彼女。
「あ・・・なんで卒業式出なかったのよ!!」
彼女に目が会った瞬間、開口一番彼女にすごい剣幕で迫られた。
「・・・心配・・してたんだからね・・・」
二言目には、目を赤らましていた・・
なんの価値もない、人間のくずだと思っていた僕のこころ。
こんなにも心配してくれていた人がいる・・
自分の心の壁が崩れていくのが自分でも・・分かった。
それからどれくらい彼女と話したんだろう。
いままでのこととか、これからのこととか・・・
いままでの時間の埋め合わせをするように・・。
夢中でしゃべって、気付けば真っ暗な空には大きな月。
「月と桜を一緒に見れてラッキーだ」
僕がそんなことを言ったら
「もし私と君が大人だったらお酒でも飲みたい気分だね」、と彼女。
僕はその言葉、表情に思わずドキリ、とした。
たまらず近所の酒屋に飛び込み、ワイルド・ターキーを一瓶、買った。酒の知識の無い当時でもワイルド・ターキーのことは知っていて、精一杯のカッコつけ。夜の校庭に二人で忍び込み、紙コップで二人で祝杯を挙げた。
バーボンなんて飲むのはもちろん初めてだった彼女。一口、ワイルド・ターキーに口をつければ、
「にがぁぁぁ~~~い!!」
顔をくしゃくしゃにする彼女。
ふと、目があって、ふいにおかしくなって、二人、声を上げて
笑った。
その彼女が、自ら、自分の命を絶った、と聞いたのはそれからしばらくあとのことだった。
あの日、彼女が何を考えていたのかなんて分からないけれど、
あの日のワイルド・ターキーの煙る香りと、夕暮に染まる桜、
妖しいまでに美しかった月。そして、彼女の笑顔は忘れることが出来ない。
いまでも、桜の季節にターキーの煙る香りを嗅ぐと、少しだけ胸が切なくなるような気がする。
すこしだけ、切ない春の初めのお話。
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